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第一部―カナリアイエローの下剋上―
ep.10 我が入館パスポート、チート過ぎました。
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※ここまでの道筋(~ep.12)
「ここが浴室で、これがアキラの寝巻きね。マニーのお下がりになっちゃうけど、着心地はいいはずだから」
アゲハにそう案内されたのは、就寝前の入浴と着替えの手順だ。
まだまだ発展途上のアガーレール王国。自然豊かな代わり、ライフラインが乏しいこの世界で、現代とほぼ同じ様に過ごせる場所があるのはとてもありがたかった。
浴室は、贅沢にも源泉かけ流し。日本の旅館で、良く見かけるタイプのヒノキ風呂。
「すごいな、王宮の中に温泉なんて。入るのが申し訳なくなっちゃうよ」
「そう? なら、小人の森の中にある地下浴場にでも入る? そこでなら、みんなとお喋りしながら暖をとる事だってできるよ」
「へぇ。そういえば、まだこの国の地下に行った事がないな。中はどんな感じなの?」
「見にいく? アキラ、その様子だとまだ眠くなさそうだね」
「うん。初めて訪れた異世界だから、こう、少し緊張で眠れないというか」
僕は自身の後頭部を掻く。
同じ仲間とはいえ、ここでは女王様であるアゲハの負担になるような事をしたら不敬だと思われそうだが、本人のご厚意に従うという意味では、まだ許されるのかな?
という甘んじた思考で、僕はアゲハの案内に付いていく事にした。
王宮の裏側、サリイシュの家とは反対方向の、森へと続く場所。
その茂みの奥に、あのドワーフ達が出入りしていそうなものより、少し大きめの洞穴があった。洞穴というよりは、洞窟への入口――、といった方が正しいかな?
「足元の段差に気を付けて」
どうやら、アゲハもアゲハでまだ眠くない様で、道案内の先頭に立ってそういう。
移動が楽なように、緩やかな階段が作られているから、地下はその分ある程度の整備はされているのだろうと思われた。
♪~
アゲハの周囲から、多くの虹色蝶がフェードインされる。
蝶々それぞれが光源となり、地下へと続く階段を仄かに青く照らした。虹色蝶にも個々様々な性格の子がいるので、光の強さがまばらなのは、ご愛嬌といったところだが。
「うわぁ。なんだここ」
僕は目を大きくした。
階段を下り、到着したそこは、無数の樽が貯蔵された地下渓谷であった。
中の様子をよりよく見通すため、アゲハがここで、虹色蝶をフェードアウトさせる。
薄暗くも、どこか神秘的で、活気のある場所――。
渓谷の壁の随所には、可愛らしいランタンが飾られていて、それが内部をオレンジ色に明るく照らしていた。
それはまるで、ショッピングモールの広場のように、鉄のアンカーやチェーンで繋がれた木製ののぼり廊下も、何層かに分けて設置されている。
様々な角度から、小人たちの生活音も聞こえてきた。
カンカンと金属が鳴り響いたり、女子の楽しそうなお喋りだったり。
「あんちゃんいらっしゃい! けさ仕入れたばかりのツルハシ、今なら安く買えるよー!」
と、通り過ぎた渓谷の壁の一窪みからは、木枠で出入口を囲んだ小さな鍛冶屋がある。
ブーブとはまた別の、これまた屈強そうなモジャモジャ髭のドワーフが、満面の笑みで僕達に商品を勧めたのだった。
対するアゲハが軽く挨拶だけして、歩きながら、この地下について説明した。
「小人、とくにドワーフ族は、日中は外に出ると太陽光で肌が硬質化してしまうから、普段はこの地下街で暮らしている。そんな昔からの知恵で、彼らは掘り当てた鉱物や宝石の質を見極めたり、武器や工具を作るのにとても秀でているんだ。
あとは、同じ小人で『ハーフリング』という、妖精みたいな種族もいるんだけど、そちらの仕事はもっぱら農業と飲食関係かな。彼らは感受性が高く、平和を好む種族だからね」
「へぇ。種族ごとに、それぞれの得意分野というものがあるんだな」
「うん。それにここは地下だから、外敵に襲われる心配は殆どないし、暗所でワインやビールの熟成をさせるにも都合が良かったりする。そこら中にある樽は、全部お酒なんだよ」
あー。そういえばあのブーブのやつ、普段は酒場で飲んだくれているっていってたな。
要はこの国の小人たちは、お酒を飲むのが大好きな種族だという事か。
まだ分からないけど、もしマリア以外にも他の仲間を見つけたり、クリスタルチャームから解放したりした暁には、ここで晩酌用の酒を買う人が出てきたりしてね。
元きた世界の基準で、僕たち全員、成人している訳だし。
しかし、ここはやはり小人向けの地下街というだけあって、僕達ホモ・サピエンスからすれば、少しばかり狭く感じるのは致し方ない。
それに、お店を開くために掘られている窪みを除き、あとは小さな洞穴がチラホラ。
中を覗けば、その殆どが蛇行している。まるで巨大なアリの巣だ。
「この、ところどころ掘られている穴って、もしかして彼らの自宅?」
「そうだよ。一概に地下街といっても、これ以上の掘削は地盤の没落や事故が発生する可能性があるから、必要最低限の範囲しか掘られていないのが現状でね。
この先に、これからアキラに見せたい場所があるんだけど、そこへ辿り着いたら、道案内としてはそこまでかな」
「そうか」
そういって、僕達は地下渓谷のつき当たりにまで、足を進めた。
「なに、あれ…」
僕は度肝を抜かれた。
先程まで、地下渓谷はその殆どが岩盤むき出しの、ファンタジー映画で見かけるような地下街だった。だが、つき当たりのそこだけは、明らかに他と景観が異なるのだ。
出入口だけでなく、その奥の壁も天井も、まるで現代的な見た目の白い建物。
その建物は、全体の半分以上が渓谷の壁に埋もれた形で、生成されていた。
窓ガラス越しに見える白い内壁は、恐らく漆喰で塗ったものと思われるが… そんな、現代アートの如く頑丈そうな構造物が、異世界の地下にあるとは予想外であった。
「博物館だよ。まだ改装途中でね。ここに、地上に置けない大切なものが寄贈されている」
と、アゲハ。
入口には、甲冑を着たドワーフが2人。彼らは扉の両脇に立っていて、手にはトライデント、つまり三つ又の矛が握られている。やけにここだけセキュリティが頑丈であった。
「まて、白い男! ここはお前の様な部外者は立入禁止である。即刻、立ち去るのだ!」
さっそく、僕がその入口へと歩みを進めた真正面から、甲冑ドワーフ2人に道を阻まれた。
両者、手に持っている矛で扉の前に×の字を作り、僕を睨んでいる。
ひぇ~。さっきまで、地下街ではゆる~い小人たちしか見かけなかったから、小柄ながらもそのいかついドワーフ達の眼力、物凄い迫力があるな。到底、力で勝てる気がしない。
「彼は、私が連れてきた旅の仲間だよ。そこを開けてくれる?」
ここで女王、アゲハが前に出た。ドワーフ2人はなお、矛を下ろす気配がない。
「し、しかし…! 女王陛下と、マニュエル近衛騎士殿のお二方ならまだしも、その見知らぬ男を館内へ通すわけには…!!」
「その女王の私が『良い』って言ってるんだ。とにかく、彼も一緒にここを通しなさい」
アゲハの視線が、少しばかり鋭い。
すると、さすがのドワーフ2人も女王の命令には逆らえないのか、静かに矛を下ろした。
僕は、この国のトップという強力なカードによって、特別に入館を許可されたのだ。
「入って」
解放された扉を手に、アゲハが僕を館内へと招く。
申し訳なくも、僕はドワーフ2人にお辞儀をするように、その足を進めていった。
(つづく)
「ここが浴室で、これがアキラの寝巻きね。マニーのお下がりになっちゃうけど、着心地はいいはずだから」
アゲハにそう案内されたのは、就寝前の入浴と着替えの手順だ。
まだまだ発展途上のアガーレール王国。自然豊かな代わり、ライフラインが乏しいこの世界で、現代とほぼ同じ様に過ごせる場所があるのはとてもありがたかった。
浴室は、贅沢にも源泉かけ流し。日本の旅館で、良く見かけるタイプのヒノキ風呂。
「すごいな、王宮の中に温泉なんて。入るのが申し訳なくなっちゃうよ」
「そう? なら、小人の森の中にある地下浴場にでも入る? そこでなら、みんなとお喋りしながら暖をとる事だってできるよ」
「へぇ。そういえば、まだこの国の地下に行った事がないな。中はどんな感じなの?」
「見にいく? アキラ、その様子だとまだ眠くなさそうだね」
「うん。初めて訪れた異世界だから、こう、少し緊張で眠れないというか」
僕は自身の後頭部を掻く。
同じ仲間とはいえ、ここでは女王様であるアゲハの負担になるような事をしたら不敬だと思われそうだが、本人のご厚意に従うという意味では、まだ許されるのかな?
という甘んじた思考で、僕はアゲハの案内に付いていく事にした。
王宮の裏側、サリイシュの家とは反対方向の、森へと続く場所。
その茂みの奥に、あのドワーフ達が出入りしていそうなものより、少し大きめの洞穴があった。洞穴というよりは、洞窟への入口――、といった方が正しいかな?
「足元の段差に気を付けて」
どうやら、アゲハもアゲハでまだ眠くない様で、道案内の先頭に立ってそういう。
移動が楽なように、緩やかな階段が作られているから、地下はその分ある程度の整備はされているのだろうと思われた。
♪~
アゲハの周囲から、多くの虹色蝶がフェードインされる。
蝶々それぞれが光源となり、地下へと続く階段を仄かに青く照らした。虹色蝶にも個々様々な性格の子がいるので、光の強さがまばらなのは、ご愛嬌といったところだが。
「うわぁ。なんだここ」
僕は目を大きくした。
階段を下り、到着したそこは、無数の樽が貯蔵された地下渓谷であった。
中の様子をよりよく見通すため、アゲハがここで、虹色蝶をフェードアウトさせる。
薄暗くも、どこか神秘的で、活気のある場所――。
渓谷の壁の随所には、可愛らしいランタンが飾られていて、それが内部をオレンジ色に明るく照らしていた。
それはまるで、ショッピングモールの広場のように、鉄のアンカーやチェーンで繋がれた木製ののぼり廊下も、何層かに分けて設置されている。
様々な角度から、小人たちの生活音も聞こえてきた。
カンカンと金属が鳴り響いたり、女子の楽しそうなお喋りだったり。
「あんちゃんいらっしゃい! けさ仕入れたばかりのツルハシ、今なら安く買えるよー!」
と、通り過ぎた渓谷の壁の一窪みからは、木枠で出入口を囲んだ小さな鍛冶屋がある。
ブーブとはまた別の、これまた屈強そうなモジャモジャ髭のドワーフが、満面の笑みで僕達に商品を勧めたのだった。
対するアゲハが軽く挨拶だけして、歩きながら、この地下について説明した。
「小人、とくにドワーフ族は、日中は外に出ると太陽光で肌が硬質化してしまうから、普段はこの地下街で暮らしている。そんな昔からの知恵で、彼らは掘り当てた鉱物や宝石の質を見極めたり、武器や工具を作るのにとても秀でているんだ。
あとは、同じ小人で『ハーフリング』という、妖精みたいな種族もいるんだけど、そちらの仕事はもっぱら農業と飲食関係かな。彼らは感受性が高く、平和を好む種族だからね」
「へぇ。種族ごとに、それぞれの得意分野というものがあるんだな」
「うん。それにここは地下だから、外敵に襲われる心配は殆どないし、暗所でワインやビールの熟成をさせるにも都合が良かったりする。そこら中にある樽は、全部お酒なんだよ」
あー。そういえばあのブーブのやつ、普段は酒場で飲んだくれているっていってたな。
要はこの国の小人たちは、お酒を飲むのが大好きな種族だという事か。
まだ分からないけど、もしマリア以外にも他の仲間を見つけたり、クリスタルチャームから解放したりした暁には、ここで晩酌用の酒を買う人が出てきたりしてね。
元きた世界の基準で、僕たち全員、成人している訳だし。
しかし、ここはやはり小人向けの地下街というだけあって、僕達ホモ・サピエンスからすれば、少しばかり狭く感じるのは致し方ない。
それに、お店を開くために掘られている窪みを除き、あとは小さな洞穴がチラホラ。
中を覗けば、その殆どが蛇行している。まるで巨大なアリの巣だ。
「この、ところどころ掘られている穴って、もしかして彼らの自宅?」
「そうだよ。一概に地下街といっても、これ以上の掘削は地盤の没落や事故が発生する可能性があるから、必要最低限の範囲しか掘られていないのが現状でね。
この先に、これからアキラに見せたい場所があるんだけど、そこへ辿り着いたら、道案内としてはそこまでかな」
「そうか」
そういって、僕達は地下渓谷のつき当たりにまで、足を進めた。
「なに、あれ…」
僕は度肝を抜かれた。
先程まで、地下渓谷はその殆どが岩盤むき出しの、ファンタジー映画で見かけるような地下街だった。だが、つき当たりのそこだけは、明らかに他と景観が異なるのだ。
出入口だけでなく、その奥の壁も天井も、まるで現代的な見た目の白い建物。
その建物は、全体の半分以上が渓谷の壁に埋もれた形で、生成されていた。
窓ガラス越しに見える白い内壁は、恐らく漆喰で塗ったものと思われるが… そんな、現代アートの如く頑丈そうな構造物が、異世界の地下にあるとは予想外であった。
「博物館だよ。まだ改装途中でね。ここに、地上に置けない大切なものが寄贈されている」
と、アゲハ。
入口には、甲冑を着たドワーフが2人。彼らは扉の両脇に立っていて、手にはトライデント、つまり三つ又の矛が握られている。やけにここだけセキュリティが頑丈であった。
「まて、白い男! ここはお前の様な部外者は立入禁止である。即刻、立ち去るのだ!」
さっそく、僕がその入口へと歩みを進めた真正面から、甲冑ドワーフ2人に道を阻まれた。
両者、手に持っている矛で扉の前に×の字を作り、僕を睨んでいる。
ひぇ~。さっきまで、地下街ではゆる~い小人たちしか見かけなかったから、小柄ながらもそのいかついドワーフ達の眼力、物凄い迫力があるな。到底、力で勝てる気がしない。
「彼は、私が連れてきた旅の仲間だよ。そこを開けてくれる?」
ここで女王、アゲハが前に出た。ドワーフ2人はなお、矛を下ろす気配がない。
「し、しかし…! 女王陛下と、マニュエル近衛騎士殿のお二方ならまだしも、その見知らぬ男を館内へ通すわけには…!!」
「その女王の私が『良い』って言ってるんだ。とにかく、彼も一緒にここを通しなさい」
アゲハの視線が、少しばかり鋭い。
すると、さすがのドワーフ2人も女王の命令には逆らえないのか、静かに矛を下ろした。
僕は、この国のトップという強力なカードによって、特別に入館を許可されたのだ。
「入って」
解放された扉を手に、アゲハが僕を館内へと招く。
申し訳なくも、僕はドワーフ2人にお辞儀をするように、その足を進めていった。
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