伯爵閣下の褒賞品

夏菜しの

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03:領地

09:結婚式やるよ

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 シュリンゲンジーフ城に戻りお爺様に鉄の件を相談した。だが先だってヘルムスから聞いていたそうで、それほど驚くことは無かった。
「ボンクラ国王でなくとも、今回出たのは鉄じゃからな、誰もが掘れと言うじゃろうなぁ」
「いまや鉄の需要は凄まじいですからね」
 すぐに思い出すのは戦で出始めたマスケット銃だろうか。それ以外にも機械の駆動部や外洋に出る大型船など、言い出せばきりがない。
「いま儂に出来ることは掘る時期をずらすくらいかの」
「それは助かります」
「ほぉフィリベルトよ、そのように簡単に言って大丈夫かや?」
「えっとどういう意味でしょうか」
「フィリベルト様、その交渉するにはお爺様が直接王都に行かれる必要があるということですわ」
「うむその通りじゃ」
「俺もそのつもりで聞いていたが何か問題があったか?」
「お爺様がいらっしゃらない間の穴を一体だれが埋めるのですか?」
「……なるほど、それは困ったな」
 ただの文官が一人減るのならばその穴を埋めることは容易いだろう。しかし仕事の早いお爺様の穴を埋めるには文官三人くらいいるんじゃないかしら?
「どうするフィリベルトよ」
 意地の悪い質問だなぁと呆れた。
 当然の様にお爺様はこちらに視線を投げてきて、お前の助言は禁止だぞと目で合図を送ってくる。
 お爺様の手を借りなければ維持できない仕事量ならば、遅かれ早かれ鉄を掘れと言われて潰れるのは目に見えているから、ここでやるべきなのは一時的に過剰になろうが、今の仕事に目途が立つまで次の仕事を入れないことを優先すべきだ。

 果たしてフィリベルト様は、十分な時間を悩んだ末に、
「王都に向かい、鉄を掘る時期を遅らせて頂きたい」と言った。
 その答えに満足げに頷くお爺様と、ほっと胸を撫で下ろす私はきっと対照的だっただろう。正解を引いてくれて良かった、もし間違っていたら臍を曲げたお爺様を説得し直すという無駄な仕事が増えるところだったわ……
 こうして私たちはお爺様に報告書を託し、王都へ送り出した。

 その後の慣れるまでの一週間が地獄のような日々だった……



 陽がとっくに落ちた頃、私はやっと仕事を終えて部屋に戻った。
 食事はすでに済ませた……と言うか、最近は食堂で食事を取る暇もなく、執務室で軽食ばかり食べている様な気がするわ。
「お疲れ様です奥様」
「楽しんでるから別にお疲れじゃないのだけど、ごめんなさいねディート」
「何を謝っておられるのです?」
「もちろん忙しくて貴方たちの結婚式を挙げる暇がないことだけど」
 私の許可を得ると、二人は正式に籍を入れたのでとっくに夫婦なのだが、書類上の話と教会で結婚式を挙げるのはまた別の話よね。
「領地が忙しいのは重々承知しておりますし、わたしたちは別にそれほど教会での結婚式に拘っておりません」
「あらどうして、一生に一回の事よ?」
「そっくりそのままお返ししますわ」
 前代未聞の褒賞品だったことで、私は書類で妻になってからこちらの領地に来たのだ。初日に離縁騒ぎがあって、ああすっかり忘れてたな~
「そういえば私も結婚式してなかったわね……」
「はい。主人が結婚式をしていないのに、その従者がするなんてありえません」
 この姉は軽い弟と違ってこういうところは堅いなと苦笑した。
「それを言うとこの領地では結婚式を誰も出来ないことになるのだけど……
 う~んそうねぇ旦那様と相談して時期を決めるわ。ちょっとだけ保留にさせて頂戴」
「えっとそんなに大事にされると逆に困るんだけど?」
「大丈夫大丈夫、全部私に任せてよ、お姉ちゃん!」
「ベリーがそういう口調で話すときって、大抵大丈夫じゃない時だからね!?」
「失礼な!」
 こう言い出すと駄目だと諦めたのか、エーディトは「絶対に優先順位を間違えないでね」と言って退室した。



 その夜の睦言で結婚式の件を話した。
「そういえば俺たちもやっていなかったが、なるほどな従者とはそのように考えるものなのか……」
「ええですから私たちも結婚式を上げましょう!」
「費用や忙しいのは理由から外すとして、今さらと言われないか?」
「何を仰いますか! 一生に一度の事に今さらなんてありませんわ!」
「分かった、では俺たちもやろう」
「ありがとうございます!」
「しかし白いスーツか……」
「きっと素敵でしょうね」
 その姿を想像して私がうっとりと目を細めると、フィリベルト様は困ったように苦笑を浮かべた。
「ありがとう。だがそう言ってくれるのはベリーだけだと思うぞ……?」
「他の女性はもっとフィリベルト様の魅力に気づくべきなのです。
 いや待ってください、気づいたら気づいたでライバルが増えますよね。私は困っていないのですし、このままでもいいかもですわ」
 まったくお前はと苦笑いを浮かべつつ、その夜はとても激しかった。

 さて翌朝。
 フィリベルト様は結婚式をやると、執事のエルマーに伝えてくれた。
 ロッホスの件の後、フィリベルト様は執事から領地管理の権限は取り上げていたが、今回は主人の結婚式の話なので、もろ執事の仕事になるのだ。
「畏まりました。では良い機会ですのでエーベルハルトに取り仕切らせましょう」
 結婚式の招待状を出す相手の選定、招待状の代筆、場所の手配に料理やその日の使用人の確保と思い当たるだけでもやるべきことは沢山ある。
「えっと大丈夫なの?」
「何度もは無いとても重要な仕事ですから、自信と箔を付けさせるには丁度よろしいかと存じます」
 それを聞いて、柔和な初老の執事だと思っていたのに『この爺さん結構スパルタね』と思ったのは内緒だ。


 さて結婚式の日取りだが、いまはお爺様が王都に行っているので、それの戻りに時期を合わせることになり、余裕を見て二ヶ月後に決まった。
 互いの両親や懇意にしている方、そしてお義姉さまなどは当然として、私は招待客の中に、クラハト領の侍女長夫婦を入れておくようにとエーベルハルトに伝えた。
 侍女長夫婦は両親を早くに亡くしたエーディト姉弟の親代わり、幼い頃は私も随分とお世話になったものだ。
「ええっ父ちゃん母ちゃんも呼ぶのかよ?」
「エーベルハルト」
 私一人なら黙認したが、エルマーが居る前でその口調を使われれば、流石に注意するしかない。
「あっ済みません奥様。どういった理由かお聞きしてもよろしいですか?」
「私の結婚式の翌日、侍女のエーディトの結婚式を行うからよ」
 私は兎も角、娘の晴れ姿はみたいだろう。
「畏まりました。ですが……」
「私もお世話になった人だから、もちろん移動の馬車代は私が出します。
 それからこれ、クラハト領の領主宛に一筆書いておきました。きっとこれで大丈夫だと思うわ」
 もちろん結婚式のため、お宅の侍女長夫婦を借りますと言うヤツだ。
「はい! ありがとうございます」
「ふふん、ベルハルトも久しぶりに甘えてもいいのよ?」
「ちょ! 俺はもうそんな子供じゃないって」
 今回は私から振ったので、エルマーも黙認してくれた。
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