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03:領地
04:西の町
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新たに宿場町となった町ビヒラーを出て一日。いくつもの商人の馬車に交じってぽくぽく道を進むと、太陽が傾いた頃に西の町が見えてきた。いくつもの町があって、自由な日程が組める王都側と違って選択の余地がない行程だった。
やはり今後の課題よね。
さて、荒野に三つきりの建物しかなかった場所には、今ではいくつもの家が建てられていた。建物周りは原っぱだったのも、建物を木で作られた柵が囲んでいた。
さらに柵の周囲には沢山の畑が、作物が疎らなのは収穫を終えて休ませた物と、休ませなかった物の差だろう。
「ほぉ」
「わぁ凄いですね」
新しい町だわ!
柵の前で商人らの馬車が止まり、衛兵らの確認を受けている中、私たちが乗る馬車はその脇を特に止められることなく抜けていった。
事前に護衛が一騎走って行ったから私たちの事はとうに伝わっているのだろう。
私は町の中に建つ家を見て首を傾げた。
「どうかしたか?」
「この町の家は木でも煉瓦でもない物で建てられていますわ」
脇組みは確かに木だ。しかしその隙間は茶色い土の様な物で塞がれていた。
「ああ、あの壁は土や石灰を練って固めたものだな」
「ええっ土ですか? 雨が降ったら融け出してくるのではないでしょうか?」
「はははそんなことは無い。安心しろ、こちらの地域では見かけないが、あれもよくある建築方法だ」
必要とする太く立派な木材の量が減るのと、枠組みだけ組めば後は隙間を埋めるだけで済むので、木材の削減と建築期間の短縮が見込めるらしい。
「フィリベルト様、やけに詳しいですね」
「まあ俺は遠征でいろいろと回ったからな。戦が終わればその地区の救援も仕事の一つだ。やっているうちに覚えた」
この方法は家の修繕をしていた際に知ったそうだ。
「もしやこれをお伝えしたのはフィリベルト様ですか?」
「ああ王都に向かう前に、お義爺様にお伝えしておいた」
木材は有限で、冬までに家が建つかが心配だったけれども、この建築方法のお陰で材料が節約できたから十分間に合うようで安心した。
商業区と決めて仕切っておいた場所には、商人らが入り込んでいてすでに幾つかの店を構えていた。ただし店と言っても彼らの物は、馬車の荷台を流用したお察し程度の物だが……
その中の一つに共同食堂がある。こちらは最初にあった建物のうちの一つだ。
無償で食事を提供するのは収穫までと言ってあったので、いま出している食事は有料だ。しかしここで採れた物を買い上げて、そのままここに卸しているから輸送費が乗ったそこらの店に比べて安価。今でも住人始め、多くの旅人がここで食事をとっているらしい。
今回の目的は視察なので、私とフィリベルト様もここで食事を食べることにしていたのだが、混み過ぎて、護衛の面から見て無理と言う結論に至った。
そういう訳で食事だけ運ばせて、別の場所で食べることになった。
成長の早い芋と玉蜀黍を率先して育てさせたことから、芋料理と、玉蜀黍を薄く延ばして焼いた異国のパンが出てきた。
白でも黒でもない薄黄色のパン、おまけに薄くてペラペラだ。
その周りに並ぶ小さな小皿には挽肉を炒めた物や、みじん切りにされた野菜のくずが入っている。
野菜の入っていない白やオレンジの物はソースの様だけど、えっと……
手元にフォークとナイフは無く、それぞれの小皿にスプーンが刺されている。あれは取り分けるときに使う物だとして、それを受け取る皿もない。
これはどうやって食べるのかしら?
見たこともない料理を前に途方に暮れていると、フィリベルト様が薄黄色のパンを一つ手に取り、その上に小皿に入った物を次々と載せていった。随分と載せたなと思ったところで半分に折って、彼はそのままガブリと被りついた。
なるほど食べ方は分かった。
まさか手づかみとは恐れ入ったわね。
「久しぶりに食べたが美味いな」
「一つお聞きしますが、この料理も軍属時代にお知りになったのでしょうか?」
「ああそうだ。これは南方では日常的に食べられている品だな」
「そうですか……。そのぅ南方でも手づかみで?」
「はははっなるほどな。おい、皿とナイフとフォークを持って来てくれ」
私は済みませんとフィリベルト様に感謝を示した。
馬に乗って高原に行き、バスケットに入れたサンドウィッチなら手づかみで食べたことはあった。あれはそういう物だと割り切って食べていたけれど、テーブルに着いているのに手づかみで食べると言うのは私には出来そうにないわ。
初めて食べたそれは、様々な野菜を一度に摂れる実に合理的な料理だなと思った。
少し早めの食事を終えてから町長のヘルムスの屋敷へ向かった。
さてこの町の町長だが、町で長年暮らした結果で町長になっていたビヒラーと違って、ヘルムスは文官の家臣から役職として任命している。従って彼が使用している屋敷は公用の物、つまり教会が開け渡した最初の三軒のうちの一つだ。つまりここは町長ビヒラーと違って、彼の私宅ではないから滞在するのに何の憂いもない。
町に入った時に外で食事を食べることは伝えて置いたので、玄関で出迎えられたらすぐに応接室に案内された。
ほぼ待たされることなく、すぐにヘルムスが入ってくる。
そのあとすぐ、カートを引いた使用人がやってきた。ここに執事はいないから、使用人はすでに入っているお茶をカップに注ぐだけ。お茶を置いてさっさと帰って行った。
「シュリンゲンジーフ伯爵閣下ならびに伯爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
クラハト領で見知ったヘルムスなので当然『奥様』呼びを許していたが、彼は公私混同はしない性質なのでいまは『伯爵夫人』呼びだった。
昔も『お嬢様』呼びじゃなくて『領主様』だったし当然よね。
「ヘルムス久しいな。よく町を纏めてくれているようで感謝する」
「勿体ないお言葉です」
「それで報告したいこととは、いったいなんだ?」
「実は砂利を取る予定になっていた山を削っていましたら鉄が出ました」
「ほお鉄だと?」
「はい鉄です」
「どのくらいの量かは?」
「それは分かりません。鉄が出た場所を勝手に掘り進めるわけにもいきませんので、ご意見を頂きたくお呼びした次第です」
「地図を出せ」
「こちらに」
事前に準備していたらしく、ヘルムスはこの町の周辺にある山の位置が書かれた地図を机に広げた。鉄が発見されたのならばその周辺の山もその可能性がある。
ヘルムスもそう思ったらしく、念のために調査を行わせたそうだ。
そしてその調査によって、鉄が発見された山の付近であと二つ、同じように鉄が埋まっていることが分かった。そのどちらもが砂利や石を切り出す予定だった山だった。
「鉄がとれれば領内はさぞかし潤うだろうな」
「いいえ残念ながら良いことばかりとは限りません。
まず宝石や鉱石の類は、発見したら国王陛下へ報告する義務がございます」
報告の義務は当たり前。領地は国王陛下にお借りして代理に管理しているのだ。従って領地はすべて国王陛下の持ち物である。
「報告書はすでに作成してここにございます。
あとはシュリンゲンジーフ伯爵閣下のサインを頂ければ、すぐにでも出せるようにしてあります」
「分かった、後ほど書こう」
「しかし困りましたね。今回は鉄です、報告すればきっと掘れと命じられましょう。
ですがシュリンゲンジーフ領では、いま街道を二つ引くという事業がありますのでそちらに人を割くことはできません」
実際に鉄を掘るならばその近くに鉱夫のための町が必要になる。町を造っただけでは鉄は運べないからそこに至る街道も必要で……
ああ頭が痛いわ。
「町もそうですが、鉄鉱石をそのまま運ぶと重量も増し余計な労力を必要とします。それを改善するには、炉の建造も視野に入れなければなりません」
「炉を造ると簡単に言うがな、領地の中にそのような知識を持った者などいないぞ」
「それらの技師は、実際に掘る段階になれば国王陛下もしくは宰相閣下が手配するはずですわ。それよりも炉の建造費の方が問題になると思います」
技師は借りれても、彼らへの賃金や炉の建造費は間違いなく領主が負担しなければならないはずだ。
「むむむ、炉とはいかほどだろうか」
「私には炉の値段は流石に分かりませんが、鉄を精錬するのに必要な物は以前読んだ本に書いてありましたわ」
口にこそ出さなかったが、フィリベルト様とヘルムスから奇異の視線が向けられた。
大方なんでそんな本読んでるんだ、でしょうけどね。自分だって令嬢らしからぬ本だなと言う自覚はあるので、そっと視線を外してやり過ごしたわ。
「……それで。必要な物とはなんだろうか?」
「大量の燃料と大量の水ですわ。
燃料は石炭や石油を使うと聞いておりますが……、私にはそれを取引した経験が無いので、こちらも値段は分かりかねます」
燃料の値段をまったく知らない訳ではなく、大量の燃料の値段が分からないだけ。
そしてそれらの品を買うに当たり、私と同じくムスタファでは駄目だろう。
彼は手が長く色々なところに届くことを売りにしている商人だから、同じ品を大量にと言った取引には向いていない。
むしろお金を与えて、それを扱える商人を紹介させる方が得意でしょうね。
「値が分からんものはいま考えても仕方がない。
それでもう一つ必要だという、大量の水は何に使うのだ?」
「炉の温度を上げるための動力だそうです」
鉄を溶かすには炉に風を送り温度を上げる必要がある、人力では小さな炉しか動かせないから、水の流れで水車に回してその動力で風を生むと本に書いてあった。
「大量の水と言えば、こちらの山の近くには湖があります。ですが水車を回すほどの流れが必要だとすると大規模な治水が必要ですね」
「むむむ確かにそうか……」
三人の間に沈黙が落ちた。
「止めましょう。いまは何を考えても無駄ですわ。
それに私にはこれ以上分かりませんが、宰相を務めたお爺様ならば他にもご存知なこともあるでしょう。報告書をいま送った所でほんの数日の違いです。ですからお爺様を相談してから、改めて出すということで如何でしょう?」
「確かに不測の事態だ、よしここはお義爺様を頼らせて頂こう」
「では鉄の件はそのように、それよりも山が使えないことの方が問題ですね。
ヘルムス、石や砂利を取る候補の山はまだあったわよね?」
「はい。鉄が出た山は避けて、いまは工夫を別の山に入らせています」
「ならいいわ。工夫を遊ばせては駄目よ」
街道を引く大事業だと、工夫を日当で雇うよりは期間雇いする方がお得なので、今回は当然期間雇いしていた。期間雇いの難点は滞在費がこちら持ちなのと、工程の終了と関わらず期間が終わると去っていくことだろう。
天候を見越して十分な余力は持たせてあるが、このようなことに使ってよい予備日でないことは確かだ。
「もちろん承知しております。ですが今の山を掘り終える前に、新たに山を選定しなおす必要がございます」
「そうね」
予想外の仕事が増えて、思わず私の口から苛立ちの声が漏れた。
やはり今後の課題よね。
さて、荒野に三つきりの建物しかなかった場所には、今ではいくつもの家が建てられていた。建物周りは原っぱだったのも、建物を木で作られた柵が囲んでいた。
さらに柵の周囲には沢山の畑が、作物が疎らなのは収穫を終えて休ませた物と、休ませなかった物の差だろう。
「ほぉ」
「わぁ凄いですね」
新しい町だわ!
柵の前で商人らの馬車が止まり、衛兵らの確認を受けている中、私たちが乗る馬車はその脇を特に止められることなく抜けていった。
事前に護衛が一騎走って行ったから私たちの事はとうに伝わっているのだろう。
私は町の中に建つ家を見て首を傾げた。
「どうかしたか?」
「この町の家は木でも煉瓦でもない物で建てられていますわ」
脇組みは確かに木だ。しかしその隙間は茶色い土の様な物で塞がれていた。
「ああ、あの壁は土や石灰を練って固めたものだな」
「ええっ土ですか? 雨が降ったら融け出してくるのではないでしょうか?」
「はははそんなことは無い。安心しろ、こちらの地域では見かけないが、あれもよくある建築方法だ」
必要とする太く立派な木材の量が減るのと、枠組みだけ組めば後は隙間を埋めるだけで済むので、木材の削減と建築期間の短縮が見込めるらしい。
「フィリベルト様、やけに詳しいですね」
「まあ俺は遠征でいろいろと回ったからな。戦が終わればその地区の救援も仕事の一つだ。やっているうちに覚えた」
この方法は家の修繕をしていた際に知ったそうだ。
「もしやこれをお伝えしたのはフィリベルト様ですか?」
「ああ王都に向かう前に、お義爺様にお伝えしておいた」
木材は有限で、冬までに家が建つかが心配だったけれども、この建築方法のお陰で材料が節約できたから十分間に合うようで安心した。
商業区と決めて仕切っておいた場所には、商人らが入り込んでいてすでに幾つかの店を構えていた。ただし店と言っても彼らの物は、馬車の荷台を流用したお察し程度の物だが……
その中の一つに共同食堂がある。こちらは最初にあった建物のうちの一つだ。
無償で食事を提供するのは収穫までと言ってあったので、いま出している食事は有料だ。しかしここで採れた物を買い上げて、そのままここに卸しているから輸送費が乗ったそこらの店に比べて安価。今でも住人始め、多くの旅人がここで食事をとっているらしい。
今回の目的は視察なので、私とフィリベルト様もここで食事を食べることにしていたのだが、混み過ぎて、護衛の面から見て無理と言う結論に至った。
そういう訳で食事だけ運ばせて、別の場所で食べることになった。
成長の早い芋と玉蜀黍を率先して育てさせたことから、芋料理と、玉蜀黍を薄く延ばして焼いた異国のパンが出てきた。
白でも黒でもない薄黄色のパン、おまけに薄くてペラペラだ。
その周りに並ぶ小さな小皿には挽肉を炒めた物や、みじん切りにされた野菜のくずが入っている。
野菜の入っていない白やオレンジの物はソースの様だけど、えっと……
手元にフォークとナイフは無く、それぞれの小皿にスプーンが刺されている。あれは取り分けるときに使う物だとして、それを受け取る皿もない。
これはどうやって食べるのかしら?
見たこともない料理を前に途方に暮れていると、フィリベルト様が薄黄色のパンを一つ手に取り、その上に小皿に入った物を次々と載せていった。随分と載せたなと思ったところで半分に折って、彼はそのままガブリと被りついた。
なるほど食べ方は分かった。
まさか手づかみとは恐れ入ったわね。
「久しぶりに食べたが美味いな」
「一つお聞きしますが、この料理も軍属時代にお知りになったのでしょうか?」
「ああそうだ。これは南方では日常的に食べられている品だな」
「そうですか……。そのぅ南方でも手づかみで?」
「はははっなるほどな。おい、皿とナイフとフォークを持って来てくれ」
私は済みませんとフィリベルト様に感謝を示した。
馬に乗って高原に行き、バスケットに入れたサンドウィッチなら手づかみで食べたことはあった。あれはそういう物だと割り切って食べていたけれど、テーブルに着いているのに手づかみで食べると言うのは私には出来そうにないわ。
初めて食べたそれは、様々な野菜を一度に摂れる実に合理的な料理だなと思った。
少し早めの食事を終えてから町長のヘルムスの屋敷へ向かった。
さてこの町の町長だが、町で長年暮らした結果で町長になっていたビヒラーと違って、ヘルムスは文官の家臣から役職として任命している。従って彼が使用している屋敷は公用の物、つまり教会が開け渡した最初の三軒のうちの一つだ。つまりここは町長ビヒラーと違って、彼の私宅ではないから滞在するのに何の憂いもない。
町に入った時に外で食事を食べることは伝えて置いたので、玄関で出迎えられたらすぐに応接室に案内された。
ほぼ待たされることなく、すぐにヘルムスが入ってくる。
そのあとすぐ、カートを引いた使用人がやってきた。ここに執事はいないから、使用人はすでに入っているお茶をカップに注ぐだけ。お茶を置いてさっさと帰って行った。
「シュリンゲンジーフ伯爵閣下ならびに伯爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
クラハト領で見知ったヘルムスなので当然『奥様』呼びを許していたが、彼は公私混同はしない性質なのでいまは『伯爵夫人』呼びだった。
昔も『お嬢様』呼びじゃなくて『領主様』だったし当然よね。
「ヘルムス久しいな。よく町を纏めてくれているようで感謝する」
「勿体ないお言葉です」
「それで報告したいこととは、いったいなんだ?」
「実は砂利を取る予定になっていた山を削っていましたら鉄が出ました」
「ほお鉄だと?」
「はい鉄です」
「どのくらいの量かは?」
「それは分かりません。鉄が出た場所を勝手に掘り進めるわけにもいきませんので、ご意見を頂きたくお呼びした次第です」
「地図を出せ」
「こちらに」
事前に準備していたらしく、ヘルムスはこの町の周辺にある山の位置が書かれた地図を机に広げた。鉄が発見されたのならばその周辺の山もその可能性がある。
ヘルムスもそう思ったらしく、念のために調査を行わせたそうだ。
そしてその調査によって、鉄が発見された山の付近であと二つ、同じように鉄が埋まっていることが分かった。そのどちらもが砂利や石を切り出す予定だった山だった。
「鉄がとれれば領内はさぞかし潤うだろうな」
「いいえ残念ながら良いことばかりとは限りません。
まず宝石や鉱石の類は、発見したら国王陛下へ報告する義務がございます」
報告の義務は当たり前。領地は国王陛下にお借りして代理に管理しているのだ。従って領地はすべて国王陛下の持ち物である。
「報告書はすでに作成してここにございます。
あとはシュリンゲンジーフ伯爵閣下のサインを頂ければ、すぐにでも出せるようにしてあります」
「分かった、後ほど書こう」
「しかし困りましたね。今回は鉄です、報告すればきっと掘れと命じられましょう。
ですがシュリンゲンジーフ領では、いま街道を二つ引くという事業がありますのでそちらに人を割くことはできません」
実際に鉄を掘るならばその近くに鉱夫のための町が必要になる。町を造っただけでは鉄は運べないからそこに至る街道も必要で……
ああ頭が痛いわ。
「町もそうですが、鉄鉱石をそのまま運ぶと重量も増し余計な労力を必要とします。それを改善するには、炉の建造も視野に入れなければなりません」
「炉を造ると簡単に言うがな、領地の中にそのような知識を持った者などいないぞ」
「それらの技師は、実際に掘る段階になれば国王陛下もしくは宰相閣下が手配するはずですわ。それよりも炉の建造費の方が問題になると思います」
技師は借りれても、彼らへの賃金や炉の建造費は間違いなく領主が負担しなければならないはずだ。
「むむむ、炉とはいかほどだろうか」
「私には炉の値段は流石に分かりませんが、鉄を精錬するのに必要な物は以前読んだ本に書いてありましたわ」
口にこそ出さなかったが、フィリベルト様とヘルムスから奇異の視線が向けられた。
大方なんでそんな本読んでるんだ、でしょうけどね。自分だって令嬢らしからぬ本だなと言う自覚はあるので、そっと視線を外してやり過ごしたわ。
「……それで。必要な物とはなんだろうか?」
「大量の燃料と大量の水ですわ。
燃料は石炭や石油を使うと聞いておりますが……、私にはそれを取引した経験が無いので、こちらも値段は分かりかねます」
燃料の値段をまったく知らない訳ではなく、大量の燃料の値段が分からないだけ。
そしてそれらの品を買うに当たり、私と同じくムスタファでは駄目だろう。
彼は手が長く色々なところに届くことを売りにしている商人だから、同じ品を大量にと言った取引には向いていない。
むしろお金を与えて、それを扱える商人を紹介させる方が得意でしょうね。
「値が分からんものはいま考えても仕方がない。
それでもう一つ必要だという、大量の水は何に使うのだ?」
「炉の温度を上げるための動力だそうです」
鉄を溶かすには炉に風を送り温度を上げる必要がある、人力では小さな炉しか動かせないから、水の流れで水車に回してその動力で風を生むと本に書いてあった。
「大量の水と言えば、こちらの山の近くには湖があります。ですが水車を回すほどの流れが必要だとすると大規模な治水が必要ですね」
「むむむ確かにそうか……」
三人の間に沈黙が落ちた。
「止めましょう。いまは何を考えても無駄ですわ。
それに私にはこれ以上分かりませんが、宰相を務めたお爺様ならば他にもご存知なこともあるでしょう。報告書をいま送った所でほんの数日の違いです。ですからお爺様を相談してから、改めて出すということで如何でしょう?」
「確かに不測の事態だ、よしここはお義爺様を頼らせて頂こう」
「では鉄の件はそのように、それよりも山が使えないことの方が問題ですね。
ヘルムス、石や砂利を取る候補の山はまだあったわよね?」
「はい。鉄が出た山は避けて、いまは工夫を別の山に入らせています」
「ならいいわ。工夫を遊ばせては駄目よ」
街道を引く大事業だと、工夫を日当で雇うよりは期間雇いする方がお得なので、今回は当然期間雇いしていた。期間雇いの難点は滞在費がこちら持ちなのと、工程の終了と関わらず期間が終わると去っていくことだろう。
天候を見越して十分な余力は持たせてあるが、このようなことに使ってよい予備日でないことは確かだ。
「もちろん承知しております。ですが今の山を掘り終える前に、新たに山を選定しなおす必要がございます」
「そうね」
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