伯爵閣下の褒賞品

夏菜しの

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01:奮闘

11:協力体制

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 とある夜。
 晩餐も終わり後は眠るだけと言う段で、ドアがノックされた。
 なにもこんなタイミングで来なくても~と、少々苛立つ。
 何故ならもう眠るからと先ほどエーディトに暇を出したので、部屋の中には私一人しかいないのだ。
 こんな時間、フィリベルト様不在こんな状況で、もしも男性を部屋に入れれば完全にアウト。
 ドア越しに話してさっさとお引き取り願おう。

「もう眠るつもりだったのだけど何か用かしら?」
「お休みになられるところ申し訳ございません。奥様、少しよろしいでしょうか?」
 聞こえてきたのは女性の声。
 記憶を探って声の主を思い出そうと努力するが、私が思い出すより前に、「コリンナでございます」と聞こえてきた。
 コリンナと言えば侍女長だ。

 チェーンを掛けたままドアをそっと開けて彼女一人なのを確認し、
「何か用?」と問う。
「ここでは……、出来れば中でお話を」
 真剣な声色、なんだか重そうな話かなとアタリを付ける。
 きっと私がエーディトに暇を出す機会を伺ってこの時間を狙ったのだろう。つまりエーディトには聞かれたくない話ってことよね。
 そんな話が重くないわけがない。
 とは言え、侍女長の立場にある人のお悩みを聞かない訳には行かないので、私はチェーンを外してコリンナを部屋の中に招いた。

 コリンナをベッドの向かいの椅子に座らせ私はベッドに腰掛けた。
「ありがとうございます奥様」
「いいえ城で働く者たちの声を聞くのも私の役目です。
 気にする必要はないわ」
 コリンナは勿体ないお言葉ですと頭を下げて礼を言った。

「それでこんな時間に何の用かしら?」
「単刀直入にお聞きいたします。
 奥様は旦那様を嫌っておいででしょうか」
 ん、どういう話?
 意図が掴めずに、頭の中でそれを吟味するため無言でいたら、
「あのように無愛想ですが、坊ちゃまはとても親しいお方でございます」
「ええ、知っているけど。ごめんなさい何の話なのかしら?」
 突然の坊ちゃま呼び。
 うんやっぱり意味不明だわ。

「奥様との件は国王陛下が無理に進めた縁談だと理解はしております。しかし坊ちゃまは伯爵閣下になられましたから、お世継ぎの事もございます。
 もし奥様にその気がないのでしたら、どうか離縁して頂きたいと思っております」
 ああやっと解った!
 これを言う為にきっとかなりの覚悟と、そして想いでやって来たのだろう。よく見ればコリンナの手は震えていた。
 不敬罪として処罰することも出来るのだから当然だけど……

 私は震えるコリンナの手にそっと触れた。
 ビクッ! ひと際コリンナが驚き、彼女は慌てて手を引いて胸の前で抱え込む。
 うっ順番間違ったかも……

 はぁと一つため息を吐く。
「勘違いしている様なのでちゃんと伝えるわね。
 私はフィリベルト様・・・・・・・の妻となる令嬢が決まらずに難航していると言う噂を聞いたのよ。だから私は、国王陛下から話が来るより前に、自分から進んでお父様、つまりペーリヒ侯爵に旦那様との縁談のお願いをしたわ」
「えっ……、自分からでございますか」
「ええ、実は私の初恋の相手は旦那様なのよ。
 九年前、私が住むクラハト領に旦那様の率いる軍がいらしたわ。私はその軍を指揮するとても逞しい男性に惹かれたの。
 それが旦那様だったのだけどね」
 最後まで言うと恥ずかしくて、テヘヘとはにかんで笑った。

「でしたらなぜ!?」
「その前に貴女のお話を聞かせて頂戴な。
 この様な意見を言うということは、私に処罰されるのも止む無しとそれ相応の覚悟を持って来ているのよね?
 貴女はなぜそこまでするの」
 いや〝出来るの〟と言い換えても良いだろう。
「あたしは坊ちゃまが幼少の頃からの世話係でございます。
 坊ちゃまがお屋敷から独立されるときに、あたしを連れて行くと言ってくださった時はとても嬉しかった。
 幼い頃からお優しい子で、軍人になるとお聞きしたときはとても驚きました。坊ちゃまは軍人になられてからは、感情を表に出されることも無くなり、人殺しだと自分を苛むようになられました。
 いま思えば、あたしはその時に止めるべきでした」
 感情豊かなフィリベルト様には興味があるが、そこで止められると私と出会う事が無かったと思えば、止められなくて良かったとしか言いようがない。
「つまりコリンナはフィリベルト様の親代わりと言うことかしら?」
「いいえそこまで自惚れてはおりません
 あたしは良いとこ、近所の世話焼きのおばさんですね」
「そう……」
 きっとフィリベルト様は母の様に慕っていると思うが、それは私が言うことではないだろう。

「正直に話してくれたようだし、私の事情、いいえ私たちの事情を話すわね」
 私はベッドから立ち上がり、部屋にある事務机に向かって歩いて行った。いつも首から下げている鍵を取り出して一番上の引き出しを開ける。
 その引き出しには一通の封書だけが入っていた。
 私にとっては見たくもない離縁届それを取り出してベッドに戻った。
 突然立ち上がり、封書を持って帰ってきた私を、コリンナは不思議そうに見つめていた。そんなコリンナに私は封書を手渡した。
「これは?」
「私がここに来た日の夜、旦那様・・・から渡された物よ」
「拝見しても?」
「もちろんどうぞよ。だってそのために持ってきたのだもの」
 コリンナは丁重に封書から書類を取り出してゆっくりと広げた。その書類の意味に気づくと、目を見開き、私を見、書類を見と視線を何度も行き来させる。
 視線が書類の下の方・・・で落ち着いた頃。
 そろそろいいかな?
「一年だけ我慢したらそれにサインを書いて、勝手に出て行っていいそうよ」
「……出て、……いかれるのですか?」
「あははは、まさか。
 最初に言ったわよね、フィリベルト様は私の初恋の人なのよ。絶対に出ていくつもりはないわ!」
「そ、そうですか。奥様……、ありがとうございます」
「あらお礼を言われるようなことは、悔しいけどまだ何もしていないわよ」
「いいえそのようなことは決して……
 今日は奥様のお気持ちが聞けて良かったです。あたしはこのままここを出て行きますが、奥様、どうか坊ちゃまの事をよろしくお願いします」
「あらどうして出て行くの?」
「処分を覚悟で奥様にとんでもないことを申しました。
 あたしなりのけじめでございます」
「でもここには誰もいないわ」
 えっ? と、コリンナは意外そうな表情を見せた。たぶん私がそんな発言をすると思っていなかったのだろう。
 確かに普段のロッホスとやり合っている姿を見れば、私はそれほど寛容には見えないかもだけど……
 うぅ、自分で言ってショックを受けたわ。

「これからも侍女長としてこの城を取り仕切って頂戴。
 でもそうねぇ。けじめと言うのなら一つだけお願いしようかしら。知っての通り旦那様ってとても頑ななのよね。良かったらその書類が無効になるように私に協力して貰えないかしら?」
 ニコッと微笑んでそう言えば、
「あ、ありがとうございます。
 ぜひ、ぜひに協力させてください!」
「ありがとう。これからよろしくねコリンナ」
「はい奥様!」
 やった~親代わり人から協力を得られるようになったわ!
 ふふふっフィリベルト様! 帰ってきたら覚悟しなさいよ!
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