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01:奮闘
08:城下の町
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私がフィリベルト様と食事をするのは朝と晩だけ。お昼は外で済まされるのでご一緒ではない。私は一人きりの味気ない昼食を終えて、町に出かける準備を開始した。
「奥様いいですか。危ない場所には入ってはいけませんよ」
「分かってるわ」
「奥様は考え出すと周りを見ていらっしゃらないことがあります。考える時は馬車の中か、必ず立ち止まる事。良いですか、考えながら歩き回ってはいけませんよ」
「う、うん。気を付けます」
「あと護衛の騎士様に迷惑を掛けないように」
「ねぇディート、私はもう子供じゃないの。分かっているから大丈夫よ」
「やはりわたしを連れて行っては頂けませんか?」
「ダメよ。護衛の数を考えればディートはここでお留守番」
「分かりました。ベルに、いいえエーベルハルトによぉ~く伝えておきますわ」
可哀そうに……
どうやら留守番のうっ憤がエーベルハルトに飛び火したらしい。
支度を終えた私は玄関ホールに降りて行った。後ろには、エーベルハルトに一言、いや二言もしくはそれ以上言付けてやると意気込むエーディトが付き従っている。
玄関ホールには金属鎧を着こんだ騎士が五人立っており、私を見るや皆が胸の前に腕を構えて略式の礼をした。
その後ろにはのんきな表情で、それこそ今にも欠伸をしそうな風体でエーベルハルトが立っていた。
あの顔がこれから泣き顔になるのかとため息が漏れた。
さて先頭に立つ騎士は見覚えがあった。直接話してはいないが、こちらに来るときに何度か報告に来た騎士で、隊の隊長をしていたはず。
その先頭の騎士が歩み寄ってくる。すれ違いにエーディトが後ろに立っているエーベルハルトの方へツカツカと歩いて行った。
可哀そうに……
「シュリンゲンジーフ伯爵夫人、わたしはこの隊の隊長を務めますライナーです。
本日は我らがシュリンゲンジーフ伯爵夫人の護衛を務めさせて頂きます。
なにかと窮屈かと思いますがご容赦ください」
「ええ今日はよろしく頼みます」
前に間に入って口を聞いてくれていたエーディトは城に留守番だし、そもそもクラハト領を護ってくれたと知ったからには、彼は尊敬すべき騎士様だ。
「そう言えばライナー、先日旦那様からお聞きしましたよ。
貴方はクラハト領を護ってくださった騎士様だったのですね。あの時は本当にありがとうございました」
「ははは、懐かしい思い出です。
まさかあの日、あの隊長さんの名前を教えてと言った可愛らしいお嬢さんが、フィリベルト閣下のお嫁さんになるとは思ってもみませんでしたよ」
「えっ貴方はあの兵士さんなの!?」
逞しい騎士様を見て一目惚れした私は、扉を護って立っていた兵士さんにその騎士様の名前を尋ねたのだ。
「ええ当時はただの一兵卒だったわたしがフィリベルト閣下のお陰で、騎士に銘じられるまでに出世いたしました。
今後は閣下と伯爵夫人の為に尽力いたします」
「そうなのね……
ところでライナー、伯爵夫人はやめて頂戴な。
身分が知れないように配慮も必要でしょうし、気安く奥様で構わないわ」
「はっ畏まりました奥様」
「ええそれでいいわ」
さて行先はほんの目と鼻の先、城下の町なので歩いてでも行けるのだけど、それはダメだと言われた。
当たり前だが馬車に比べて徒歩の護衛は難しい。
私は歩きたいからそう言った訳ではなく、歩けるほどの治安なのかを知りたかっただけだ。そしてまだ歩けない程度の治安でしかないことが分かった。
だからハッキリと断ってくれて助かった。
これで歩かなくても済むものね。
私は一人馬車に乗り込み、御者のエーベルハルトに「ベルハルト、まずは馬車でぐるりと一周して頂戴」と告げた。
言われた通りにぐるりと一周。
私が住んでいたクラハト領に比べて、目に見える生活の水準はそれほど変わらないように思うのだけど、ここの住人の表情はみな申し合わせたように暗い。
いいえ、暗いではなくて硬いと言うべきかしら?
小一時間ほどのち、休憩がてらに入ったお店で私はライナーを呼んだ。
「ねえライナー、ここの住人の表情が硬いように思うのだけど、治安が悪いことはどのように影響しているのかしら?」
「はっ申し訳ございません」
すぐさま平伏されて謝罪が返ってきた。
いや謝って欲しくて責めている訳ではなくて、現状が知りたいのだけど……
「あなた達は良くやってくれているのだから責めているつもりはないわよ。
私は治安の悪さが住人の彼らにどんな悪影響があるのかが知りたいのよ」
「そうですね、まず町の外の話ですが野盗の被害が甚大です。
商人は護衛無しでは満足に荷を届けることも敵いません。従ってこの町に入る品は自ずと高くなります。
そして護衛のつけられない商人はやってきませんから、そもそも荷の数が少ない。商品は高く、入ってきても数が少ないから値はさらに上がる。
生活に困った者は人から盗むようになり、町中にも盗人が増えております」
「旦那様は町の外の視察ばかりだけど野盗の討伐はしていないのかしら?」
「いいえ、やっておられます。と言うか視察と言うのはほとんど討伐を指しておられるかと……」
「どういうこと?」
「きっと奥様に心配をかけないようにそのように表現されているのでしょう」
それは全くいらない配慮だわ。それをライナーに言っても仕方がないので、心の中に留めておき後ほどフィリベルト様に言おうと決めた。
「視察がすべてそれだとすると、それほどまでにこの領地に巣食う野盗の数が多いのかしら?」
「いいえそれは違います。奴らは国境付近に陣取っておりまして、追えば国境を越えて逃げます。口惜しいですが我らもそれ以上は追うことが出来ず……」
ライナーは言葉尻りを濁していたが、その後は理解できる。
こちらの軍勢が国境を無断で越えれば新たな戦争の火種になるだろう。たとえ元英雄のフィリベルト様と言えど戦争の発端になったならば処罰は免れまい。
「そう、分かったわ。
ベルハルト、次は教会へお願いね」
「はい畏まりました」
町の中心から少し外れた場所に教会があった。馬車が教会の前に止まると、教会の中から修道服を着た年かさのいった女性が数人出てきた。
貴族然とした馬車を見て慌てて出てきたか、それとも城の方から先触れがあったか。
私はロッホスの顔を思い出し、前者かしらねと独りごちた。あの執事がそのような気の利いた行いをするわけがないわ。
急の押しかけだ、細かい話はライナーに任せて私は馬車で待つことに決めた。その間に教会の様子や中で暮らす人の雰囲気をつぶさに観察しておく。
建物は古くはない。中庭にある畑は土地が痩せているのか、それとも水はけが悪いのか、作物の葉は萎れていた。そして暮らしている女性や子供たちの肉付きは当然の様にあまりよくなく顔色も悪い。
先ほど見た町の住人の表情の暗さを思えば、それよりも下の階層に位置する教会ならば当然かと思った。
ほどなくして、ライナーが馬車に戻ってきた。
「失礼します。
教会の責任者が奥様にお会いしたいと申しております」
「ありがとうライナー、もちろんお会いするわ」
私たちは修道女らに案内されて教会の中へ入って行った。すれ違う人が私たちに深々と頭を下げていく。
う~ん近くで見るととてもよく判るわね。
頬がこけて目が落ち窪んでいる。やはり彼らには栄養が足りてない。
通された部屋には老婆と言ってもよいほどの修道女が座っていた。
向かいの席に座り、お茶が出される前にライナーが断りを入れた。それは事前に私が伝えておいたことによる行動だ。
どうせ出されても、毒見が居ないと飲めないのだから、彼女たちの貴重なお茶を浪費する必要はない。
「ご領主のシュリンゲンジーフ伯爵夫人でいらっしゃいますね。
わたくしはこの教会を取り仕切っております、デボラと申します。先日は大層な寄付金を頂きまして誠にありがとうございました」
ん、寄付金?
聞いていないが、それを馬鹿正直に伝える訳にはいかないので、当たり障りがないように笑みを浮かべて軽く首肯を返しておいた。
大層は社交辞令としてもだ、それにしても引っ掛かる。ここの住人を見れば、とても寄付金を貰っている生活とは思えない。
「今日は少ないけれど大麦とお芋を持ってきました。
皆さんで召し上がってくださいな」
「おお、なんと。本当にいつもありがとうございます。あなた方に神のご加護がありますように……」
私たちは老修道女デボラの祈りを聞いて部屋を後にした。
さて城に戻って寄付金の確認をしないとね。
「奥様いいですか。危ない場所には入ってはいけませんよ」
「分かってるわ」
「奥様は考え出すと周りを見ていらっしゃらないことがあります。考える時は馬車の中か、必ず立ち止まる事。良いですか、考えながら歩き回ってはいけませんよ」
「う、うん。気を付けます」
「あと護衛の騎士様に迷惑を掛けないように」
「ねぇディート、私はもう子供じゃないの。分かっているから大丈夫よ」
「やはりわたしを連れて行っては頂けませんか?」
「ダメよ。護衛の数を考えればディートはここでお留守番」
「分かりました。ベルに、いいえエーベルハルトによぉ~く伝えておきますわ」
可哀そうに……
どうやら留守番のうっ憤がエーベルハルトに飛び火したらしい。
支度を終えた私は玄関ホールに降りて行った。後ろには、エーベルハルトに一言、いや二言もしくはそれ以上言付けてやると意気込むエーディトが付き従っている。
玄関ホールには金属鎧を着こんだ騎士が五人立っており、私を見るや皆が胸の前に腕を構えて略式の礼をした。
その後ろにはのんきな表情で、それこそ今にも欠伸をしそうな風体でエーベルハルトが立っていた。
あの顔がこれから泣き顔になるのかとため息が漏れた。
さて先頭に立つ騎士は見覚えがあった。直接話してはいないが、こちらに来るときに何度か報告に来た騎士で、隊の隊長をしていたはず。
その先頭の騎士が歩み寄ってくる。すれ違いにエーディトが後ろに立っているエーベルハルトの方へツカツカと歩いて行った。
可哀そうに……
「シュリンゲンジーフ伯爵夫人、わたしはこの隊の隊長を務めますライナーです。
本日は我らがシュリンゲンジーフ伯爵夫人の護衛を務めさせて頂きます。
なにかと窮屈かと思いますがご容赦ください」
「ええ今日はよろしく頼みます」
前に間に入って口を聞いてくれていたエーディトは城に留守番だし、そもそもクラハト領を護ってくれたと知ったからには、彼は尊敬すべき騎士様だ。
「そう言えばライナー、先日旦那様からお聞きしましたよ。
貴方はクラハト領を護ってくださった騎士様だったのですね。あの時は本当にありがとうございました」
「ははは、懐かしい思い出です。
まさかあの日、あの隊長さんの名前を教えてと言った可愛らしいお嬢さんが、フィリベルト閣下のお嫁さんになるとは思ってもみませんでしたよ」
「えっ貴方はあの兵士さんなの!?」
逞しい騎士様を見て一目惚れした私は、扉を護って立っていた兵士さんにその騎士様の名前を尋ねたのだ。
「ええ当時はただの一兵卒だったわたしがフィリベルト閣下のお陰で、騎士に銘じられるまでに出世いたしました。
今後は閣下と伯爵夫人の為に尽力いたします」
「そうなのね……
ところでライナー、伯爵夫人はやめて頂戴な。
身分が知れないように配慮も必要でしょうし、気安く奥様で構わないわ」
「はっ畏まりました奥様」
「ええそれでいいわ」
さて行先はほんの目と鼻の先、城下の町なので歩いてでも行けるのだけど、それはダメだと言われた。
当たり前だが馬車に比べて徒歩の護衛は難しい。
私は歩きたいからそう言った訳ではなく、歩けるほどの治安なのかを知りたかっただけだ。そしてまだ歩けない程度の治安でしかないことが分かった。
だからハッキリと断ってくれて助かった。
これで歩かなくても済むものね。
私は一人馬車に乗り込み、御者のエーベルハルトに「ベルハルト、まずは馬車でぐるりと一周して頂戴」と告げた。
言われた通りにぐるりと一周。
私が住んでいたクラハト領に比べて、目に見える生活の水準はそれほど変わらないように思うのだけど、ここの住人の表情はみな申し合わせたように暗い。
いいえ、暗いではなくて硬いと言うべきかしら?
小一時間ほどのち、休憩がてらに入ったお店で私はライナーを呼んだ。
「ねえライナー、ここの住人の表情が硬いように思うのだけど、治安が悪いことはどのように影響しているのかしら?」
「はっ申し訳ございません」
すぐさま平伏されて謝罪が返ってきた。
いや謝って欲しくて責めている訳ではなくて、現状が知りたいのだけど……
「あなた達は良くやってくれているのだから責めているつもりはないわよ。
私は治安の悪さが住人の彼らにどんな悪影響があるのかが知りたいのよ」
「そうですね、まず町の外の話ですが野盗の被害が甚大です。
商人は護衛無しでは満足に荷を届けることも敵いません。従ってこの町に入る品は自ずと高くなります。
そして護衛のつけられない商人はやってきませんから、そもそも荷の数が少ない。商品は高く、入ってきても数が少ないから値はさらに上がる。
生活に困った者は人から盗むようになり、町中にも盗人が増えております」
「旦那様は町の外の視察ばかりだけど野盗の討伐はしていないのかしら?」
「いいえ、やっておられます。と言うか視察と言うのはほとんど討伐を指しておられるかと……」
「どういうこと?」
「きっと奥様に心配をかけないようにそのように表現されているのでしょう」
それは全くいらない配慮だわ。それをライナーに言っても仕方がないので、心の中に留めておき後ほどフィリベルト様に言おうと決めた。
「視察がすべてそれだとすると、それほどまでにこの領地に巣食う野盗の数が多いのかしら?」
「いいえそれは違います。奴らは国境付近に陣取っておりまして、追えば国境を越えて逃げます。口惜しいですが我らもそれ以上は追うことが出来ず……」
ライナーは言葉尻りを濁していたが、その後は理解できる。
こちらの軍勢が国境を無断で越えれば新たな戦争の火種になるだろう。たとえ元英雄のフィリベルト様と言えど戦争の発端になったならば処罰は免れまい。
「そう、分かったわ。
ベルハルト、次は教会へお願いね」
「はい畏まりました」
町の中心から少し外れた場所に教会があった。馬車が教会の前に止まると、教会の中から修道服を着た年かさのいった女性が数人出てきた。
貴族然とした馬車を見て慌てて出てきたか、それとも城の方から先触れがあったか。
私はロッホスの顔を思い出し、前者かしらねと独りごちた。あの執事がそのような気の利いた行いをするわけがないわ。
急の押しかけだ、細かい話はライナーに任せて私は馬車で待つことに決めた。その間に教会の様子や中で暮らす人の雰囲気をつぶさに観察しておく。
建物は古くはない。中庭にある畑は土地が痩せているのか、それとも水はけが悪いのか、作物の葉は萎れていた。そして暮らしている女性や子供たちの肉付きは当然の様にあまりよくなく顔色も悪い。
先ほど見た町の住人の表情の暗さを思えば、それよりも下の階層に位置する教会ならば当然かと思った。
ほどなくして、ライナーが馬車に戻ってきた。
「失礼します。
教会の責任者が奥様にお会いしたいと申しております」
「ありがとうライナー、もちろんお会いするわ」
私たちは修道女らに案内されて教会の中へ入って行った。すれ違う人が私たちに深々と頭を下げていく。
う~ん近くで見るととてもよく判るわね。
頬がこけて目が落ち窪んでいる。やはり彼らには栄養が足りてない。
通された部屋には老婆と言ってもよいほどの修道女が座っていた。
向かいの席に座り、お茶が出される前にライナーが断りを入れた。それは事前に私が伝えておいたことによる行動だ。
どうせ出されても、毒見が居ないと飲めないのだから、彼女たちの貴重なお茶を浪費する必要はない。
「ご領主のシュリンゲンジーフ伯爵夫人でいらっしゃいますね。
わたくしはこの教会を取り仕切っております、デボラと申します。先日は大層な寄付金を頂きまして誠にありがとうございました」
ん、寄付金?
聞いていないが、それを馬鹿正直に伝える訳にはいかないので、当たり障りがないように笑みを浮かべて軽く首肯を返しておいた。
大層は社交辞令としてもだ、それにしても引っ掛かる。ここの住人を見れば、とても寄付金を貰っている生活とは思えない。
「今日は少ないけれど大麦とお芋を持ってきました。
皆さんで召し上がってくださいな」
「おお、なんと。本当にいつもありがとうございます。あなた方に神のご加護がありますように……」
私たちは老修道女デボラの祈りを聞いて部屋を後にした。
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