赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの

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04:決意

シリル④

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 折角クリスタとの関係が良い感じになってきたと言うのに、実の母親に邪魔されるとは思わなかった。
 翌日から俺はすっかり足が遠のいていたマイヤーリング侯爵家じっかに、足げに通うことになった。
 屋敷に行くと見知った執事が出てきて、
「本日はお会いできません」と言って玄関をそっと閉められた。
「おい待て、俺は公爵だぞ!
 大体俺はここの息子だろう。なぜ実家に入ることが出来ないんだ!?」
 閉めた時と同様に今度は玄関がそっと開いて、
「奥様のご命令です。
 ご不満がございましたら奥様に直接お願いいたします」
「分かった、じゃあ母上を呼んでくれるか?」
「奥様はお坊ちゃまとお会いしたくないと申されています」
 ドアも閉めずにその場で即答する執事。
「おい、いま聞いてないだろ? せめて聞きに行けよ!」
「昨日奥様から、お坊ちゃまがいらしても断るようにと申し付かっております。
 ですから聞きに行く必要はございません」
「じゃあ明日ならいいのか?」
「判りかねます」
「明日くる!」
「畏まりました」

 そんな日が一週間も続けば、俺に会わせたくないのだなと気づく。
 日に日にイライラが増していく。

 一人きりの寂しい昼食を終えて、マイヤーリング侯爵家じっかに向かおうとした所で執事が来客を告げてきた。
 公爵の俺に先触れ無しだと!?
「何処の馬鹿がきた!」
「バイルシュミット公爵よ、悪口はせめて相手の聞こえない所で言えよ」
「ふんボンヘッファー侯爵か。用事はなんだ? 俺はこれから出掛けないといけないから忙しいのだ」
「まあ落ち着けよバイルシュミット公爵よ。ついに犯人が割れたぞ」

 ボンヘッファー侯爵が先日の襲撃をその伝手すべてを使い真剣に調べているのは、同じく襲撃された溺愛する娘を襲われたからに他ならない。
 しかしどのような理由であれ、俺と違ってそちら方面に顔が利くボンヘッファー侯爵が調べてくれているのは有り難く、そして調べが付くのならきっと侯爵であろうとも思っていた。

「ほぉ」
「どうやら興味が惹かれたようだな。話を聞く気になったか?」
「ああもちろんだ。それでどこの家の者だった?」
「バイルシュミット公爵の親族とよく繋がりのある家だ」
「そんな事は知っている」
 侯爵と違って、明確にどの家までは調べられなかったが、こちらでも片手に収まる程度には候補を絞ることが出来ていた。
 そこに挙がった名前の殆どが親族と繋がりのある貴族ばかりだったのだ。
「一言で言えば面倒な相手だ。ゆえに大事おおごとにするのは不味かろうよ」
「気遣いは不要だ。生憎だが俺は今回の件にとても怒りを感じている。
 多少の繋がりなぞ無視して制裁を加えるつもりだ」
「主犯はレーデラー伯爵の令嬢だがそれでもやるか?」
 確かに候補に挙がっていたが確率は低いだろうと思っていた家だ。
 しかし名前を出したのだから、ボンヘッファー侯爵は相当の自信があってそれを伝えたのだろう。

「チッ! レーデラー伯爵か、面倒な」
 レーデラー伯爵の領地は王都からやや離れた所にあり、その付近の下級貴族は彼を頼みにしている家が多い。下手に制裁を加えれば下級貴族らから反感を買うだろう。
 王都から遠く離れた下級貴族の反感など、本来ならどうでも良いのだが、なにぶん例外と言う物は存在する。
 レーデラー伯爵を慕う彼らは、辺境の広い土地を利用して農作物を多く作っている。そしてバイルシュミット公爵領もその一部を購入している。
 だから一言、面倒なのだ。

「さて今日儂がここに来たのはな、一つ困りごとを解決して欲しいからだ」
「……証拠か?」
「そうだ。状況証拠から犯人は特定したが、残念ながら証拠が無い。そこで相手を罠に掛けたいのだが頼めないか?」
「つまりクリスタを危険に晒せと?」
 意味を理解し俺は侯爵を睨みつけた。
「儂の家で夜会を開くゆえ、クリスタ嬢の安全は保障しよう」
「それでも万が一があるだろう!」
「わかった、では今回の襲撃の件は泣き寝入りとしようか」
「アンドリアナ嬢では役不足なのか?」
「生憎な。相手はお前の大切な婚約者をご所望なのだよ」
「ならばうちの護衛も入れさせて貰うぞ」
「ああ構わん」
「それからクリスタの身の安全を最優先とさせて貰う。後で屋敷が壊れたなどと女々しい事は言うまいな?」
「フッその様な事言わぬよ。それに首尾よく解決してみせれば、レーデラー伯爵が修繕費など全額支払うであろう?」

 そして当日。
 罠の夜会を口実にクリスタと会うことが出来た。

 二週間ぶりのクリスタ!
 駆け寄って来たクリスタをしっかりと抱擁して存分に味わった。

 と待てよ?

 ちょっと体を離して頬にキスをする。
 するとなんとクリスタがニコッと笑ってキスを返してくれた!
 おおっ凄いぞ!?
 感動して再びぎゅっと抱きしめる。愛おしくて存分に抱き合っていると、隣から何とも無粋な声が聞こえてきた。
「随分と仲が良いのだね」
 睨みつけたら親父が苦笑いしていた。
「邪魔をするつもりは無かったのだけどね。そろそろ出発の時間だよ」
 今夜の夜会は遅れる訳にはいかない、仕方ないかとクリスタを離した。


 夜会の会場に入りボンヘッファー侯爵に今日の事について確認した。
 屋敷に忍び込もうとした男をボンヘッファー侯爵はあえて見逃したそうだ。
 ここで捕らえれば自分は物盗りだと主張するだろうから、どうしても罠に掛ける必要はある。しかし男が身を隠した部屋は知れているから、最悪の事態が起きる前に防ぐことは出来だろう。
 助けに入るのが見知らぬ護衛よりは、見知った者が良かろうと窓の外にはベリンダたちを配置した。

 これで準備は整ったな。


 タイミングを見計らってベリンダ達が飛び込んで行った。
 同時にガラスがガシャンと割れる音が響く。分厚い外套を着ているお陰で怪我はないだろう。
 一人二人と飛び込んでいき、すぐに「クリスタ様はご無事です!」を報告があって安堵した。

 しかし当事者のクリスタには内緒でやっていたから、彼女はかなりご立腹だった。
「シリル様も知っていらっしゃったのですよね?」
 天真爛漫な彼女らしくない、今まで聞いたことが無いようなとても低い声で問い掛けられた。しかしなぜと問われても、お前は腹芸が苦手だろうとは言えない。
 きっと火に油だな。

「すまん。ずっと先まで厄介ごとに巻き込まれるくらいなら、俺もここらで決着を付けておきたかったのだ」
「結果的に無事だったから良かったのですが~」
 そうだろうそうだろうと表情を緩めたら、
「と、わたしが言うとでも思いますか!?」
 そしてキッと睨みつけられた。
 謝る以外に言えることは無く、なんでもすると謝罪を重ねれば、
「何でも?」
 何やらクリスタが期待に目を輝かせているのだが、果たして俺に出来る事は何かあっただろうか?
「ああ何でもだ」
「コホン。その件は後ほど二人で話し合いましょう」


 そしてそのお願いとやらを後ほど聞いた。
「お義母様からお聞きしたのですが、婚約者同士で同じデザインの貴金属を付ける風習があるそうですね?」
「ああ確かにあるな」
「わたしたちもそれを造って贈り合いませんか?」
 すっかり俺との仲を妨害するだけのババァだと思っていたが、俺は久しぶりに母に感謝した。
「ああ分かった」
 喜びを面に出さないように努めて平静に声をだした。
「詫び金からちょっとだけ拝借しますので、できれば高く無い物で……」
「分かっているとも、こういった品は値段ではなくお揃いと言うのが大切なのだろう」
「はい! ありがとうございますシリル様!」
 こうしてお互いに品を贈り合うと、ついに俺たちも普通の婚約者らしくなってきたなと実感した。
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