9 / 49
01:序章
09:婚約者
しおりを挟む
朝食を終えると畑に精を出し、昼食の後はシリルとの時間を過ごす。
そんな日が続き、私がここに来てからついに四日が経過した。
今日は朝から緊張しっぱなし。
デビュタントの夜会さえも出ていない私は、今日が初めての夜会だ。これで緊張しない訳がない。
おまけにお昼を食べた後はシリルから応接室に来るようにと言われている。
きっと夜会の話であろうと、また緊張だ。
ノックをして失礼しまーすと応接室に入る。
応接室にはすでにシリルと執事さんが待っていた。今日は執事さんは座っていないので、私は向かい側のソファに座った。
「昼食の少し前の話だが、バウムガルテン子爵閣下に送った書面が帰ってきたぞ」
「左様ですか」
「事情を説明してサインをして頂いた。
これで俺とクリスタは本日より正式な許嫁になった」
あれ『嬢』はどこ行った?
突然呼び捨てされて首を傾げる。
そのタイミングで、執事さんが私にお盆を差し出してくる。
その上には封書が載せられていて、
「バウムガルテン子爵閣下とバウムガルテン子爵夫人から、クリスタ様宛にお手紙を頂いております」
「ありがとう」
封書を二通貰い裏を確認。
確かに家の蝋印で封された二通で、差出人がお父様とお母様の名前でそれぞれ一通。
「いま読んでもよろしいでしょうか?」
「ああ構わない」
ではお言葉に甘えてと。
お父様の方から開けて手紙を取り出した。娘に出す物なので挨拶なんてないと思ったけれどちゃんとあって驚いた。
えーとなになに。
『お前がまさかバイルシュミット公爵閣下と婚約するとは思わなかった。
いったいどういう経緯でその様な関係になったのかは聞くまいと思う。ただわたしの為であれば無理をする必要はない。
相手がバイルシュミット公爵閣下であろうがわたしは戦うつもりがある。
好きな時に帰ってきなさい』
なにこれ? と首を傾げる内容だ。
つまりシリルに頼んで家の為に私が自分を犠牲にしたって勘違いしているのかしら?
気を取り直して次へ。
『貞淑に育てたつもりでしたがまさか一夜の過ちを犯すとは思いませんでした』
いやいやちょっと待って!?
『お父様が病床でなければ、すぐにでも引っ叩きに行く所ですが残念でなりません。いいかしら、今さら後悔しても遅いわよ。
貴女が屋敷に帰って来てもわたしたちはもう他人です!』
お父様とは真逆、相当お怒りのもう帰って来るな通知だわ。
「あのぉ済みません」
「読み終わったか」
「シリル様の送られた使者の方は、一体どういう説明をしたのでしょうか?」
「クリスタと婚約したいからサインを頼んだだけのはずだ」
「偽の婚約と言う話は?」
「していないぞ」
それを聞いてシリルは不思議そうに首を傾げた。
絶対それじゃん!
「どうしてそれを言って下さらなかったのです?」
「確かに発端はそれだが、それを伝える必要はなかろう」
「大有りです!」
「クリスタ様、少々お話させて頂いてよろしいでしょうか?」
私が声を荒げた所で執事さんが割って入って来た。
頭にすっかり血が上っていた事を自覚して、溜息を吐く。
「済みません取り乱しました、どうぞ」
「どうやら勘違いされておられるようですので、確認させて頂きます。
クリスタ様が先日お書きになった書類ですが、正式な婚約届けでございましたが、ご存知だったでしょうか?」
「はい?」
やはりと執事さんは静かに頷いた。
「クリスタ様は十九歳でいらっしゃいましたので、婚約届けにはご当主のバウムガルテン子爵閣下の署名が必要でございました。
それで書類を領地の方へ送らせて頂いております。
婚約者のご両親や領地に対して支援するのは当然の事ですから、旦那様からその譲渡契約書なども贈っております。
その書面にクリスタ様のサインも頂いておりました」
「……つまり?」
「旦那様とクリスタ様は、本日より国王陛下がお認めになった婚約者でございます」
「聞いてない」
「いいや言ったぞ」
「聞いてない! だって馬車の中で婚約者のフリだって言ったじゃない」
「その後に婚約者だと訂正した」
「あっ確かに……」
「えっマルティナ!?」
裏切ったなとばかりに睨みつけたらビクッと怯えられた。
「マルティナに当たるのはよせ、俺は確かに言った。
それに書面を書く際に執事も説明をしたはずだぞ」
「説明って!」
……してました。
ついと顔を反らす私。
「思い出したか?」
「書類の件は確かに……
フリだと思って説明を聞き流したのは私でした。ごめんなさい」
「うむ許そう」
「撤回は?」
「国王陛下が正式に受理されたのだから無理だな」
「じゃあ婚約はしたけど婚姻しないと言う選択「ないな」」
「なあクリスタ、それほど俺が嫌いか?」
そう言う聞き方はズルいと思う。
「逆に聞きます。私のどこが良いのですか、花壇は畑に変えるわ、食事には水を頼むわ、貧乏で平民っぽいのに大貴族の貴方に好かれる覚えがございません」
「クリスタ、お前は俺を金で判断しないな?」
「ええそうですね」
「地位も権力も興味はない」
「無いですね」
「ではそれを差っ引いた俺に何が残ると思う?」
「シリル様はカッコいいですよ」
背も高いけど、特に顔は万人が振り返るほどの美丈夫であろう。
「くっ」
そこで照れて赤面して悶えていないで話を進めて欲しい。
「俺に付きまとう女は金と権力しか見ていない。
本当の俺を見る奴は居なかった。だが貴女だけは違った。だから俺は貴女と結婚したいと思ったのだ。
それに、お前と居ると飽きないからな」
最後の方は照れ隠しなのかそっぽを向いて言われた。
しかし最後のところこそ彼の本心なのかもしれないなと感じた。
「撤回は出来ないんでしたね」
「ああ……、したくない」
今度は素直に出来ないとは言わなかった。
「婚約者の期間はシーズンの終わりでしたか?」
「そうだな」
「判りました」
「いいのか?」
「むしろシリル様は良いのですか? 私はたぶん普通じゃないですよ」
「ああ知っているとも」
こうして私は公爵夫人となる運命を手にした、らしい。
─ 第一部 完 ─
そんな日が続き、私がここに来てからついに四日が経過した。
今日は朝から緊張しっぱなし。
デビュタントの夜会さえも出ていない私は、今日が初めての夜会だ。これで緊張しない訳がない。
おまけにお昼を食べた後はシリルから応接室に来るようにと言われている。
きっと夜会の話であろうと、また緊張だ。
ノックをして失礼しまーすと応接室に入る。
応接室にはすでにシリルと執事さんが待っていた。今日は執事さんは座っていないので、私は向かい側のソファに座った。
「昼食の少し前の話だが、バウムガルテン子爵閣下に送った書面が帰ってきたぞ」
「左様ですか」
「事情を説明してサインをして頂いた。
これで俺とクリスタは本日より正式な許嫁になった」
あれ『嬢』はどこ行った?
突然呼び捨てされて首を傾げる。
そのタイミングで、執事さんが私にお盆を差し出してくる。
その上には封書が載せられていて、
「バウムガルテン子爵閣下とバウムガルテン子爵夫人から、クリスタ様宛にお手紙を頂いております」
「ありがとう」
封書を二通貰い裏を確認。
確かに家の蝋印で封された二通で、差出人がお父様とお母様の名前でそれぞれ一通。
「いま読んでもよろしいでしょうか?」
「ああ構わない」
ではお言葉に甘えてと。
お父様の方から開けて手紙を取り出した。娘に出す物なので挨拶なんてないと思ったけれどちゃんとあって驚いた。
えーとなになに。
『お前がまさかバイルシュミット公爵閣下と婚約するとは思わなかった。
いったいどういう経緯でその様な関係になったのかは聞くまいと思う。ただわたしの為であれば無理をする必要はない。
相手がバイルシュミット公爵閣下であろうがわたしは戦うつもりがある。
好きな時に帰ってきなさい』
なにこれ? と首を傾げる内容だ。
つまりシリルに頼んで家の為に私が自分を犠牲にしたって勘違いしているのかしら?
気を取り直して次へ。
『貞淑に育てたつもりでしたがまさか一夜の過ちを犯すとは思いませんでした』
いやいやちょっと待って!?
『お父様が病床でなければ、すぐにでも引っ叩きに行く所ですが残念でなりません。いいかしら、今さら後悔しても遅いわよ。
貴女が屋敷に帰って来てもわたしたちはもう他人です!』
お父様とは真逆、相当お怒りのもう帰って来るな通知だわ。
「あのぉ済みません」
「読み終わったか」
「シリル様の送られた使者の方は、一体どういう説明をしたのでしょうか?」
「クリスタと婚約したいからサインを頼んだだけのはずだ」
「偽の婚約と言う話は?」
「していないぞ」
それを聞いてシリルは不思議そうに首を傾げた。
絶対それじゃん!
「どうしてそれを言って下さらなかったのです?」
「確かに発端はそれだが、それを伝える必要はなかろう」
「大有りです!」
「クリスタ様、少々お話させて頂いてよろしいでしょうか?」
私が声を荒げた所で執事さんが割って入って来た。
頭にすっかり血が上っていた事を自覚して、溜息を吐く。
「済みません取り乱しました、どうぞ」
「どうやら勘違いされておられるようですので、確認させて頂きます。
クリスタ様が先日お書きになった書類ですが、正式な婚約届けでございましたが、ご存知だったでしょうか?」
「はい?」
やはりと執事さんは静かに頷いた。
「クリスタ様は十九歳でいらっしゃいましたので、婚約届けにはご当主のバウムガルテン子爵閣下の署名が必要でございました。
それで書類を領地の方へ送らせて頂いております。
婚約者のご両親や領地に対して支援するのは当然の事ですから、旦那様からその譲渡契約書なども贈っております。
その書面にクリスタ様のサインも頂いておりました」
「……つまり?」
「旦那様とクリスタ様は、本日より国王陛下がお認めになった婚約者でございます」
「聞いてない」
「いいや言ったぞ」
「聞いてない! だって馬車の中で婚約者のフリだって言ったじゃない」
「その後に婚約者だと訂正した」
「あっ確かに……」
「えっマルティナ!?」
裏切ったなとばかりに睨みつけたらビクッと怯えられた。
「マルティナに当たるのはよせ、俺は確かに言った。
それに書面を書く際に執事も説明をしたはずだぞ」
「説明って!」
……してました。
ついと顔を反らす私。
「思い出したか?」
「書類の件は確かに……
フリだと思って説明を聞き流したのは私でした。ごめんなさい」
「うむ許そう」
「撤回は?」
「国王陛下が正式に受理されたのだから無理だな」
「じゃあ婚約はしたけど婚姻しないと言う選択「ないな」」
「なあクリスタ、それほど俺が嫌いか?」
そう言う聞き方はズルいと思う。
「逆に聞きます。私のどこが良いのですか、花壇は畑に変えるわ、食事には水を頼むわ、貧乏で平民っぽいのに大貴族の貴方に好かれる覚えがございません」
「クリスタ、お前は俺を金で判断しないな?」
「ええそうですね」
「地位も権力も興味はない」
「無いですね」
「ではそれを差っ引いた俺に何が残ると思う?」
「シリル様はカッコいいですよ」
背も高いけど、特に顔は万人が振り返るほどの美丈夫であろう。
「くっ」
そこで照れて赤面して悶えていないで話を進めて欲しい。
「俺に付きまとう女は金と権力しか見ていない。
本当の俺を見る奴は居なかった。だが貴女だけは違った。だから俺は貴女と結婚したいと思ったのだ。
それに、お前と居ると飽きないからな」
最後の方は照れ隠しなのかそっぽを向いて言われた。
しかし最後のところこそ彼の本心なのかもしれないなと感じた。
「撤回は出来ないんでしたね」
「ああ……、したくない」
今度は素直に出来ないとは言わなかった。
「婚約者の期間はシーズンの終わりでしたか?」
「そうだな」
「判りました」
「いいのか?」
「むしろシリル様は良いのですか? 私はたぶん普通じゃないですよ」
「ああ知っているとも」
こうして私は公爵夫人となる運命を手にした、らしい。
─ 第一部 完 ─
0
お気に入りに追加
1,981
あなたにおすすめの小説
【完結】別れを告げたら監禁生活!?
みやこ嬢
恋愛
【2023年2月22日 完結、全36話】
伯爵令嬢フラウの婚約者リオンは気難しく、ほとんど会話もない関係。
そんな中、リオンの兄アルドが女性を追い掛けて出奔してしまう。アルドの代わりにリオンが侯爵家の跡取りとなるのは明らか。
フラウは一人娘で、結婚相手には婿入りをしてもらわねばならない。急遽侯爵家の跡継ぎとなったリオンに配慮し、彼からは言い出しにくいだろうからと先回りして婚約の撤回を申し出る。アルド出奔はみな知っている。こんな事情なら婚約破棄しても周りから咎められずに済むし、新たな婚約者を見つけることも容易だろう、と。
ところが、リオンはフラウの申し出を拒否して彼女を監禁した。勝手に貴族学院を休まされ、部屋から出してもらえない日々。
フラウは侯爵家の別邸から逃げることができるのか。
***
2023/02/18
HOTランキング入りありがとうございます♡
妹が連れてきた婚約者は私の男でした。譲った私は美形眼鏡に襲われます(完)
みかん畑
恋愛
愛想の良い妹に婚約者を奪われた姉が、その弟の眼鏡に求められる話です。R15程度の性描写ありです。ご注意を。
沢山の方に読んでいただいて感謝。要望のあった父母視点も追加しました。
アルト視点書いてなかったので追加してます。短編にまとめました。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
料理大好き子爵令嬢は、憧れの侯爵令息の胃袋を掴みたい
柴野
恋愛
子爵令嬢のソフィーには、憧れの人がいた。
それは、侯爵令息であるテオドール。『氷の貴公子』と呼ばれ大勢の女子に迫られる彼が自分にとって高嶺の花と知りつつも、遠くから見つめるだけでは満足できなかった。
そこで選んだのは、実家の子爵家が貧乏だったために身につけた料理という武器。料理大好きな彼女は、手作り料理で侯爵令息と距離を詰めようと奮闘する……!
※小説家になろうに重複投稿しています。
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
【完結】貧乏男爵家のガリ勉令嬢が幸せをつかむまでー平凡顔ですが勉強だけは負けませんー
華抹茶
恋愛
家は貧乏な男爵家の長女、ベティーナ・アルタマンは可愛い弟の学費を捻出するために良いところへ就職しなければならない。そのためには学院をいい成績で卒業することが必須なため、がむしゃらに勉強へ打ち込んできた。
学院始まって最初の試験で1位を取ったことで、入学試験1位、今回の試験で2位へ落ちたコンラート・ブランディスと関わるようになる。容姿端麗、頭脳明晰、家は上級貴族の侯爵家。ご令嬢がこぞって結婚したい大人気のモテ男。そんな人からライバル宣言されてしまって――
ライバルから恋心を抱いていく2人のお話です。12話で完結。(12月31日に完結します)
※以前投稿した、長文短編を加筆修正し分割した物になります。
※R5.2月 コンラート視点の話を追加しました。(全5話)
悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~
山夜みい
恋愛
「僕が病気で苦しんでいる時に君は呑気に魔法薬の研究か。良いご身分だな、ラピス。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、君にはがっかりだ。もう別れよう」
婚約者のために薬を作っていたラピスはようやく完治した婚約者に毒を盛っていた濡れ衣を着せられ、婚約破棄を告げられる。公爵家の力でどうにか断罪を回避したラピスは男に愛想を尽かし、家を出ることにした。
「もううんざり! 私、自由にさせてもらうわ」
ラピスはかねてからの夢だった薬屋を開くが、毒を盛った噂が広まったラピスの薬など誰も買おうとしない。
そんな時、彼女は店の前で倒れていた男を拾う。
それは『毒花の君』と呼ばれる、凶暴で女好きと噂のジャック・バランだった。
バラン家はラピスの生家であるツァーリ家とは犬猿の仲。
治療だけして出て行ってもらおうと思っていたのだが、ジャックはなぜか店の前に居着いてしまって……。
「お前、私の犬になりなさいよ」
「誰がなるかボケェ……おい、風呂入ったのか。服を脱ぎ散らかすな馬鹿!」
「お腹空いた。ご飯作って」
これは、私生活ダメダメだけど気が強い公爵令嬢と、
凶暴で不良の世話焼きなヤンデレ令息が二人で幸せになる話。
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる