妻は従業員に含みません

夏菜しの

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12:妻比べ

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 二人で会場を彷徨っていると突然横合いから声が掛かった。
「あらもしかして貴女リューディアかしら?」
 足を止めて振り返ればそこには見知った顔があった。
「まあカトラインじゃない。久しぶりね」
 彼女は以前のわたしと同じ子爵家の令嬢だ。
 まあ同じ令嬢と言っても、凡庸なわたしと違って、彼女の方はやや男性受けする容姿を持っているので大まかな分類では違う。

 彼女は特徴のある大きな瞳をくるりんと動かして、わたしの腕の先、つまりフリードリヒの方を注視した。
「ねえそちらの紳士を紹介してくださる?」
 媚び媚びの可愛い口調は相変わらず。
 どうやらフリードリヒは彼女の眼鏡に適ったようだわ。

「妻のお知り合いかな。
 初めまして淑女レディ、私はフリードリヒと申します」
「初めまして紳士、わたくしはカトラインですわ。
 ちょっとリューディア! 妻って、貴女結婚したの? いつの間に!?」
「つい最近よ」
 矢継ぎ早にそう言った後、彼女は一歩こちらに歩み寄って扇を使って囁いてきた。
「ねえ、貴女の家って、その……」
「借金で潰れたわ」
 とても言い辛そうなので続きを引き取ってわたしが口にした。
「そちらの旦那様は当然それを知っているのよね」
 気を使った小声が続くが、わたしとフリードリヒの距離が近いからきっと彼にも聞こえているだろう。
 いやワザと聞かせているのかもね。
「知っているから大丈夫よ」
「なんだ、じゃあ良かったわ」
 カトラインはそう言って一歩離れ、神妙だった表情も一瞬で明るくなった。
 それにしてもどういう流れで彼女の中で良かったことになったのかは疑問だわ。

淑女レディ、宜しければ妻を置いていきましょうか?」
「いいえフリードリヒ様その必要はないですわ。
 ね? カトライン」
「ええ大丈夫ですわ。またねリューディア」
「ええまた」
 わたしは軽く会釈してカトラインと別れた。
「彼女、友達なんだろう。良かったのか?」
「大丈夫です、彼女とはただの顔見知りですもの」
 容姿が凡庸なわたしは、彼女の器量を良く見せるための取り巻きの一人。そして結婚した今となってはそれさえもできない、何の価値も無いただの知り合いに違いないわ。



 名前が変わって初めての夜会だったが、特に何事も無く淡々と終わった気がする。
 ちなみにフリードリヒの方はと言うと、帰りの馬車で大層満足げな笑みを見せていた。普段表情に出さない人だから、その上機嫌な様子がとても気になり聞いてみた。
「何か良いことがあったのですか?」
「まあな」
「もしやこれが売れたとか?」
 首に下げた不釣り合いな品を差してそう問えば、「違う違う」と苦笑された。
 じゃあなにさ?
「実はな、いままで妻帯者から鼻持ちならない妻自慢を聞かされて苛立っていたのだが、よくよく聞いてみればリューディアの方がよほど良い妻・・・だと言うことが分かったのだ」
「へ?」
 さも嬉しそうにそんなことを言われても、その様に手放しに褒められるほど何かをした覚えはなく、聞き間違いかと自分の耳を疑った。
 しかし彼は重ねて、「良い妻を貰ったものだ」としみじみと言った。
 今度ははっきりと聞こえた。やっぱり聞き間違えじゃないみたいね。
 少しばかり恥ずかしさで赤面しつつ、「どういうところがでしょう?」と問えば、
「俺の仕事を黙って手伝ってくれるのだ。これ程よい妻はどこにも居ないぞ!」
 ああそっち・・・か……
 完全な肩すかしに、
「あ、そうですか」
 と、我ながら平坦な声が漏れたなと思う。
 その証拠に屋敷に帰るまでひたすら謝罪されたわ。
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