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16:フェスカ侯爵家夜会へ
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フェスカ侯爵家での夜会まであと数日と言う忙しい時を迎えた日、ギュンツベルク家はさらに慌しい時を送ろうとしていた。
深夜に出産の為に里帰りしていた姉のディートリンデが産気づいたのだ。
先ほど医者を呼ぶために早馬が走って行き、待機していた産婆が姉のいる客室に入っていった。そして今度は客室と、お湯を沸かしている台所とを往復する者がバタバタと廊下を走っているのだ。
「大変そうですね」
僕がそう言って声をかけたのは、所在を無くして呆然と廊下の端に立っていた父だった。
父はチラリとこちらを見るが、返事はしなかった。
「そう言えば、義兄上に知らせは向かったのでしょうか?」
「先ほど馬を走らせた」と今度はちゃんと答えてくれた。
それから暫く、やる事がない男二人で廊下の端に佇んでいた。
「旦那様、フェスカ侯爵様がいらっしゃいました」
それは予想よりかなり早い報告だった。
エントランスへ向かうと、フェスカ侯爵と義兄の二人だけが立っていた。
挨拶をする父とフェスカ侯爵を避け、僕は義兄に話しかけた。
「お早いお付ですね」
そう聞けば、馬を走らせてきたと言う。確かにまだ少しばかり息が上がっているようだ。
夜に馬に乗るにはかなり危険であろう、「侯爵夫人はどうしたのですか?」と聞くと「朝頃には馬車で来るよ」と答えてくれた。
「それはまたゆったりしたことですね」
僕がそう言うと、後ろから咎めるような声が聞こえてきた。
「何を言っているのですか。子供は産気づいてすぐには生まれませんよ。男性陣は気がはやり過ぎなのです。分かったら明日の為にも少し寝ておきなさい」
僕たち男四人は母上に叱られ、二人の客室の準備が終わるまでサロンで時間を潰すように追い立てられた。
そうは言ってもこんな興奮した状態では誰もが眠れるわけは無く、四人揃ってサロンで酒を飲みつつ一夜を明かしたのだった。
なお今日は祝いだから特別と言われて僕も飲んでいた。
明け方頃にはフェスカ侯爵夫人と甥のリーンハルトが馬車で来て、それから少し経ってから部屋の中から産声が聞こえてきた。
それを聞き、無事出産が終わったことに安堵し緊張がほぐれると、今度は途端に眠気を覚えた。
「女の子でございます」
姉のいる客室の前で、産婆からそれだけを聞いて僕は眠りについた。
起きて来ると、赤ちゃんを見ることも無く眠った僕は当然のように皆に笑われてしまった。ちなみに同じ頃に起きてきた義兄に聞けば、しっかりと赤ちゃんを抱っこしてから寝たそうだ。
夜会当日、会場となるフェスカ侯爵家のホールでは準備が終わり、後は来客者の到着を待つばかりになっていた。
その頃、僕は馬車でヴァルター公爵家へクラウディアを迎えにいっていた。
エントランスでヴァルター公爵と挨拶を交わすと、「本当に良いのか?」と静かな声で問い掛けられた。
僕がはっきりと「もちろんです」と、答えればヴァルター公爵は嬉しそうに頷き、そして力強く僕の肩を叩いた。
「あら、男同士で何を話していらっしゃるの?」
その声の方に視線を向ければ、黒と水色のコントラストの美しいドレスを纏ったクラウディアが立っていた。
上半身は黒を基調とし、お腹の部分にはワンポイントに明るめの水色のリボンが結ばれている。しかしドレスのスカート部分は先ほどとは逆で、斜めに黒のレースが一線だけ入り、残りは水色のレースで仕上げられていた。
そしてそのドレスは胸の部分でのみ支えるようで、大胆な事に肩から鎖骨にかけては何も覆うものが無く、彼女の豊満な胸がより一層強調されている。
相変わらず目のやり場に困るな……
結局、僕はどこを見て良いか分からないまま、視線を泳がせて赤面しつつ「とても良く似合っていますね」と言い終えた。
するとクラウディアは、わざと大人びた態度をとり僕をからかってみせた。
「ふふふ、有難うございます。でも、先ほどから視線が泳いでいらしてよ?」
悔しさを覚えて、憮然としていると小さな声で「ごめんなさい」とペロっと舌を出して謝ってくる。その態度がとても愛おしく、僕は剥き出しの彼女の肩に手を回してこちらに抱き寄せた。
「うぉほん」
そのわざとらしい咳はヴァルター公爵のもので、僕たちはここがエントランスだった事を思い出し今度は二人揃って赤面する事となった。
「それではお父様行って参ります」
「ヴァルター公爵、ご令嬢をお借りいたします」
挨拶を終えたクラウディアを馬車に乗せて、僕も挨拶を終えれば、馬車は夜会会場へ向かい走り出した。
馬車の中では、クラウディアは僕の肩に体を預けるように座っていた。そして僕の手は彼女に肩に置いている。
これは間違いなく恋人同士の距離だろう。
「さっきはごめん。公爵閣下の事をすっかり忘れていたよ」
そう言って謝罪をすれば、「わたしも忘れていたわ」と、ふふふっと楽しげに笑った。
その笑顔に釣られて僕もはははっと笑い返す。
僕は先ほどからのクラウディアの態度で、公爵家では今日の夜会の意味をはっきりと理解していると確信を持つことが出来た。
しかし隣で楽しげに微笑むクラウディアを見ても、僕はまだ不安を覚えている。
彼女は本当に年下である僕に、不満ではないだろうか?
そして義兄の友人であり彼女が好きだったと言う、ブレンターノ伯爵令息のモーリッツの存在。
彼に逢ったとき、クラウディアは一体どういう態度を見せるのか?
果たしてこの笑顔を、この夜会が終えた後も僕に向けてくれるだろうか?
馬車は夜会会場のフェスカ侯爵邸に向けて走っていた。
深夜に出産の為に里帰りしていた姉のディートリンデが産気づいたのだ。
先ほど医者を呼ぶために早馬が走って行き、待機していた産婆が姉のいる客室に入っていった。そして今度は客室と、お湯を沸かしている台所とを往復する者がバタバタと廊下を走っているのだ。
「大変そうですね」
僕がそう言って声をかけたのは、所在を無くして呆然と廊下の端に立っていた父だった。
父はチラリとこちらを見るが、返事はしなかった。
「そう言えば、義兄上に知らせは向かったのでしょうか?」
「先ほど馬を走らせた」と今度はちゃんと答えてくれた。
それから暫く、やる事がない男二人で廊下の端に佇んでいた。
「旦那様、フェスカ侯爵様がいらっしゃいました」
それは予想よりかなり早い報告だった。
エントランスへ向かうと、フェスカ侯爵と義兄の二人だけが立っていた。
挨拶をする父とフェスカ侯爵を避け、僕は義兄に話しかけた。
「お早いお付ですね」
そう聞けば、馬を走らせてきたと言う。確かにまだ少しばかり息が上がっているようだ。
夜に馬に乗るにはかなり危険であろう、「侯爵夫人はどうしたのですか?」と聞くと「朝頃には馬車で来るよ」と答えてくれた。
「それはまたゆったりしたことですね」
僕がそう言うと、後ろから咎めるような声が聞こえてきた。
「何を言っているのですか。子供は産気づいてすぐには生まれませんよ。男性陣は気がはやり過ぎなのです。分かったら明日の為にも少し寝ておきなさい」
僕たち男四人は母上に叱られ、二人の客室の準備が終わるまでサロンで時間を潰すように追い立てられた。
そうは言ってもこんな興奮した状態では誰もが眠れるわけは無く、四人揃ってサロンで酒を飲みつつ一夜を明かしたのだった。
なお今日は祝いだから特別と言われて僕も飲んでいた。
明け方頃にはフェスカ侯爵夫人と甥のリーンハルトが馬車で来て、それから少し経ってから部屋の中から産声が聞こえてきた。
それを聞き、無事出産が終わったことに安堵し緊張がほぐれると、今度は途端に眠気を覚えた。
「女の子でございます」
姉のいる客室の前で、産婆からそれだけを聞いて僕は眠りについた。
起きて来ると、赤ちゃんを見ることも無く眠った僕は当然のように皆に笑われてしまった。ちなみに同じ頃に起きてきた義兄に聞けば、しっかりと赤ちゃんを抱っこしてから寝たそうだ。
夜会当日、会場となるフェスカ侯爵家のホールでは準備が終わり、後は来客者の到着を待つばかりになっていた。
その頃、僕は馬車でヴァルター公爵家へクラウディアを迎えにいっていた。
エントランスでヴァルター公爵と挨拶を交わすと、「本当に良いのか?」と静かな声で問い掛けられた。
僕がはっきりと「もちろんです」と、答えればヴァルター公爵は嬉しそうに頷き、そして力強く僕の肩を叩いた。
「あら、男同士で何を話していらっしゃるの?」
その声の方に視線を向ければ、黒と水色のコントラストの美しいドレスを纏ったクラウディアが立っていた。
上半身は黒を基調とし、お腹の部分にはワンポイントに明るめの水色のリボンが結ばれている。しかしドレスのスカート部分は先ほどとは逆で、斜めに黒のレースが一線だけ入り、残りは水色のレースで仕上げられていた。
そしてそのドレスは胸の部分でのみ支えるようで、大胆な事に肩から鎖骨にかけては何も覆うものが無く、彼女の豊満な胸がより一層強調されている。
相変わらず目のやり場に困るな……
結局、僕はどこを見て良いか分からないまま、視線を泳がせて赤面しつつ「とても良く似合っていますね」と言い終えた。
するとクラウディアは、わざと大人びた態度をとり僕をからかってみせた。
「ふふふ、有難うございます。でも、先ほどから視線が泳いでいらしてよ?」
悔しさを覚えて、憮然としていると小さな声で「ごめんなさい」とペロっと舌を出して謝ってくる。その態度がとても愛おしく、僕は剥き出しの彼女の肩に手を回してこちらに抱き寄せた。
「うぉほん」
そのわざとらしい咳はヴァルター公爵のもので、僕たちはここがエントランスだった事を思い出し今度は二人揃って赤面する事となった。
「それではお父様行って参ります」
「ヴァルター公爵、ご令嬢をお借りいたします」
挨拶を終えたクラウディアを馬車に乗せて、僕も挨拶を終えれば、馬車は夜会会場へ向かい走り出した。
馬車の中では、クラウディアは僕の肩に体を預けるように座っていた。そして僕の手は彼女に肩に置いている。
これは間違いなく恋人同士の距離だろう。
「さっきはごめん。公爵閣下の事をすっかり忘れていたよ」
そう言って謝罪をすれば、「わたしも忘れていたわ」と、ふふふっと楽しげに笑った。
その笑顔に釣られて僕もはははっと笑い返す。
僕は先ほどからのクラウディアの態度で、公爵家では今日の夜会の意味をはっきりと理解していると確信を持つことが出来た。
しかし隣で楽しげに微笑むクラウディアを見ても、僕はまだ不安を覚えている。
彼女は本当に年下である僕に、不満ではないだろうか?
そして義兄の友人であり彼女が好きだったと言う、ブレンターノ伯爵令息のモーリッツの存在。
彼に逢ったとき、クラウディアは一体どういう態度を見せるのか?
果たしてこの笑顔を、この夜会が終えた後も僕に向けてくれるだろうか?
馬車は夜会会場のフェスカ侯爵邸に向けて走っていた。
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