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翌日、先触れがありわたしは王宮へしぶしぶ足を運んでいた。
「お座りなさい。クラウディア」
わたしの前に居るのは、お叱りモードの伯母様である。
以前叱られたのはいつだろうか、ベッドの上で飛び跳ねて遊んだ時だったろうか? 貰った薔薇の花束で小癪な貴族令息を叩いたときだろうか? ああ、これは確か褒められた気がするな。
しぶしぶわたしが座れば、
「呼ばれた要件は理解しているわね?」
と、思いのほか優しげな声で問い掛けてきた。
お叱りモードではないのか? と、少しばかりわたしが油断したのは仕方があるまい。
「ディートリヒの件でしょうか?」
わたしが素直にそう言った瞬間、伯母様の口撃が火を噴いたのだった。
「わたくしが折角お膳立てして上げたと言うのに、貴方と言う子は! 伯爵令嬢に言い負かされるなど恥を知りなさい!
いいかしら? 貴方は暗にギュンツベルク子爵から婚約者として扱われているのですよ!
それをなんですか。あの程度の言葉に動揺して我を忘れるなんて! 全く貴方らしくない。何をいまさら悩む事があるのです。一般的かどうかなんて、そんな事は関係ないでしょう! 貴方達がどうしたいかだけが大事なのです!」
どうやらわたしは自分でも気づかぬうちに泣いていたようで、それを見た伯母様は口撃を止めたようだ。
「そう、若い貴方は一般と違うことが怖かったのね」
お叱りモードが終わった伯母様は優しい声でわたしを慰めてくれた。
少しだけ、昔を思い出して甘える事にした。
そして伯母様は慰めついでにひとつだけ教えてくれた。
それは有名な歌劇の題材の一つが実話だと言う話であった。
四代前の国王が娶った女性は、市井の人で城で働く侍女だったそうだ。
それを発表した時、当時の国王を含め、周りの貴族らからは大層反対にあったそうだ。
廃嫡の話も上がる中で、しかし王子の意思は変わることなく、愛を貫き通し彼女を王妃に迎えたと言う。
それ以来、確かに貴族の中には市井の人を娶る者がいる。
「いいかしらクラウディア。それに比べれば貴方の年齢差なんて対したこと無いわ。だって貴方の好きな人は神様の悪戯で生まれて来るのがちょっぴり遅かっただけなのよ。だから頑張りなさい」
伯母様は優しく微笑んだ後に、「それに貴方が上手く行けば流行るかもしれないわよ?」と、悪戯っ子のように笑った。
わたしは涙で振るえる唇で、しかしはっきりと「はい」と、頷いた。
※
先触れも無く突然の来客を告げられた僕は、客間へ足を運んでいた。
「先触れもなしと言う事は、今日は君だけかい。コンラーディ?」
「ああ、妹はもちろん置いて来たよ」
僕たちは使用人が淹れた珈琲を飲みながら、他愛も無い話をしていた。
それから暫く経てばコンラーディがなにやら言い難そうな表情を見せ始めていた。きっと妹絡みの話だろう。
そしてこの時期に来たのであれば、フェスカ侯爵家の夜会の話に違いない。だからこそ僕は彼には先に、それを伝えておく必要があった。
「フェスカ侯爵家の夜会の話だろう?」
コンラーディは一瞬だけ表情を変えたが、無言で頷いた。
「今の時期に、フェスカ侯爵家主催で夜会を開く意味が分かったから、僕に会いに来てくれたんだろう?」
再び聞いた問いにも、彼は無言で頷いた。しかし今回は驚きの表情は見せていない。
一般的な貴族であれば、『出産の為に姉が居ないフェスカ侯爵家には、夜会を開催する意味が無い』ことが分かるだろう。
しかし『フェスカ侯爵家主催で夜会が開催される』ことを聞けば、その裏を読む。
この時点でフェスカ侯爵家は主催者であり、主賓ではない事が分かっている。
何の為に開くのか?
フェスカ侯爵家に連なる親族を見れば、自ずと次期フェスカ侯爵夫人の実弟である僕の名前が上がってくるに違いない。
ここからもう一歩考えを進めると、いまだ相手が不在である僕の婚約に関する夜会だと判断できるはずだ。
これで目的は決まった。
ならば相手は?
権力争いの様相を知る者なら、フェスカ侯爵家の傘下にお相手となる令嬢は一人だけだと気づき、コンラーディの妹であるバルナバス伯爵令嬢のブリギッテが最初に上がる。
しかしブリギッテ嬢の年齢は今年で十三歳、夜会には出席できない歳である。
現に伯爵家にはエスコート令嬢の依頼が来ていないのだから、コンラーディの考えもきっとここまでは来ているだろう。
様相を知り、さらに他の貴族を良く知る者なら、あと一人だけ何も違和感無く選ばれる令嬢がいることに気づくだろう。
しかしここでは逆に貴族の一般常識が邪魔をし、それは自然と除外されてしまう。
これで殆どの貴族が答えを失った事だろう。
では誰が?
実は今、ご夫人方のお茶会で一番噂になっているのが、僕のお相手の話題だそうだ。
僕は、先日、フェスカ侯爵夫人が楽しげにそう語っていたのを思い出していた。
なお爵位を持つ紳士達の間では、若干内容が異なるようで、
フェスカ侯爵と他の侯爵が秘密裏に手を結ぶのか? ならば権力争いの様相も一気に塗り変わるぞ! と言う話が上がっているそうだ。
その動きに乗るために、今の内に取り入ろうと言う貴族も少なくないと言う。
こちらはフェスカ侯爵が楽しそうに笑っていたのを思い出した。
「なあ、お前の婚約者発表なんだろう。相手は家の妹じゃないのか?」
「残念ながらどちらも違うよ。だけどそのうち近しい事になればいいと思っている」
モーリッツの事に決着が付かなければ彼女とは婚約発表は出来ない。しかしコンラーディ、これは君の妹のことでは無いんだ。
果たしてどちらの事についてだろうか、彼は無言のまま納得できないという表情を見せていた。
しかし、しぶしぶ頷くと彼は帰っていった。
「お座りなさい。クラウディア」
わたしの前に居るのは、お叱りモードの伯母様である。
以前叱られたのはいつだろうか、ベッドの上で飛び跳ねて遊んだ時だったろうか? 貰った薔薇の花束で小癪な貴族令息を叩いたときだろうか? ああ、これは確か褒められた気がするな。
しぶしぶわたしが座れば、
「呼ばれた要件は理解しているわね?」
と、思いのほか優しげな声で問い掛けてきた。
お叱りモードではないのか? と、少しばかりわたしが油断したのは仕方があるまい。
「ディートリヒの件でしょうか?」
わたしが素直にそう言った瞬間、伯母様の口撃が火を噴いたのだった。
「わたくしが折角お膳立てして上げたと言うのに、貴方と言う子は! 伯爵令嬢に言い負かされるなど恥を知りなさい!
いいかしら? 貴方は暗にギュンツベルク子爵から婚約者として扱われているのですよ!
それをなんですか。あの程度の言葉に動揺して我を忘れるなんて! 全く貴方らしくない。何をいまさら悩む事があるのです。一般的かどうかなんて、そんな事は関係ないでしょう! 貴方達がどうしたいかだけが大事なのです!」
どうやらわたしは自分でも気づかぬうちに泣いていたようで、それを見た伯母様は口撃を止めたようだ。
「そう、若い貴方は一般と違うことが怖かったのね」
お叱りモードが終わった伯母様は優しい声でわたしを慰めてくれた。
少しだけ、昔を思い出して甘える事にした。
そして伯母様は慰めついでにひとつだけ教えてくれた。
それは有名な歌劇の題材の一つが実話だと言う話であった。
四代前の国王が娶った女性は、市井の人で城で働く侍女だったそうだ。
それを発表した時、当時の国王を含め、周りの貴族らからは大層反対にあったそうだ。
廃嫡の話も上がる中で、しかし王子の意思は変わることなく、愛を貫き通し彼女を王妃に迎えたと言う。
それ以来、確かに貴族の中には市井の人を娶る者がいる。
「いいかしらクラウディア。それに比べれば貴方の年齢差なんて対したこと無いわ。だって貴方の好きな人は神様の悪戯で生まれて来るのがちょっぴり遅かっただけなのよ。だから頑張りなさい」
伯母様は優しく微笑んだ後に、「それに貴方が上手く行けば流行るかもしれないわよ?」と、悪戯っ子のように笑った。
わたしは涙で振るえる唇で、しかしはっきりと「はい」と、頷いた。
※
先触れも無く突然の来客を告げられた僕は、客間へ足を運んでいた。
「先触れもなしと言う事は、今日は君だけかい。コンラーディ?」
「ああ、妹はもちろん置いて来たよ」
僕たちは使用人が淹れた珈琲を飲みながら、他愛も無い話をしていた。
それから暫く経てばコンラーディがなにやら言い難そうな表情を見せ始めていた。きっと妹絡みの話だろう。
そしてこの時期に来たのであれば、フェスカ侯爵家の夜会の話に違いない。だからこそ僕は彼には先に、それを伝えておく必要があった。
「フェスカ侯爵家の夜会の話だろう?」
コンラーディは一瞬だけ表情を変えたが、無言で頷いた。
「今の時期に、フェスカ侯爵家主催で夜会を開く意味が分かったから、僕に会いに来てくれたんだろう?」
再び聞いた問いにも、彼は無言で頷いた。しかし今回は驚きの表情は見せていない。
一般的な貴族であれば、『出産の為に姉が居ないフェスカ侯爵家には、夜会を開催する意味が無い』ことが分かるだろう。
しかし『フェスカ侯爵家主催で夜会が開催される』ことを聞けば、その裏を読む。
この時点でフェスカ侯爵家は主催者であり、主賓ではない事が分かっている。
何の為に開くのか?
フェスカ侯爵家に連なる親族を見れば、自ずと次期フェスカ侯爵夫人の実弟である僕の名前が上がってくるに違いない。
ここからもう一歩考えを進めると、いまだ相手が不在である僕の婚約に関する夜会だと判断できるはずだ。
これで目的は決まった。
ならば相手は?
権力争いの様相を知る者なら、フェスカ侯爵家の傘下にお相手となる令嬢は一人だけだと気づき、コンラーディの妹であるバルナバス伯爵令嬢のブリギッテが最初に上がる。
しかしブリギッテ嬢の年齢は今年で十三歳、夜会には出席できない歳である。
現に伯爵家にはエスコート令嬢の依頼が来ていないのだから、コンラーディの考えもきっとここまでは来ているだろう。
様相を知り、さらに他の貴族を良く知る者なら、あと一人だけ何も違和感無く選ばれる令嬢がいることに気づくだろう。
しかしここでは逆に貴族の一般常識が邪魔をし、それは自然と除外されてしまう。
これで殆どの貴族が答えを失った事だろう。
では誰が?
実は今、ご夫人方のお茶会で一番噂になっているのが、僕のお相手の話題だそうだ。
僕は、先日、フェスカ侯爵夫人が楽しげにそう語っていたのを思い出していた。
なお爵位を持つ紳士達の間では、若干内容が異なるようで、
フェスカ侯爵と他の侯爵が秘密裏に手を結ぶのか? ならば権力争いの様相も一気に塗り変わるぞ! と言う話が上がっているそうだ。
その動きに乗るために、今の内に取り入ろうと言う貴族も少なくないと言う。
こちらはフェスカ侯爵が楽しそうに笑っていたのを思い出した。
「なあ、お前の婚約者発表なんだろう。相手は家の妹じゃないのか?」
「残念ながらどちらも違うよ。だけどそのうち近しい事になればいいと思っている」
モーリッツの事に決着が付かなければ彼女とは婚約発表は出来ない。しかしコンラーディ、これは君の妹のことでは無いんだ。
果たしてどちらの事についてだろうか、彼は無言のまま納得できないという表情を見せていた。
しかし、しぶしぶ頷くと彼は帰っていった。
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