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03:終章

翌の初夜

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 昼食後、何をしようかと思案している私は、お義母様にドナドナと引っ張られて行きまして、とあるお部屋に連れて行かれました。
 部屋の中にポツンと置かれているのは高そうなピアノです。
 どうやらここは防音の聞いたお部屋らしく、入るとキーンと耳鳴りが。

 これはピアノを弾けと言う流れなのか、弾くから聞けという流れなのか、どちらでしょうか?
 ちなみに前者だと、とっても、とっても、非常ぉ~に困ります!

 幼い頃に貴族令嬢の嗜みとして最低限の教育は受けましたが、レッスンの先生には、貴方には音感がないわ的な事を言われてとてもショックを受けたのですよ……


 そんな私の心配は余所に、弾くから踊れと言う話でございました。
 と言う訳で、遅れてやってきた、顔色もすっかり良くなったアウグスト様にエスコートされてダンスの練習です。相変わらずステップを思い出すのに必死な私と違い、アウグスト様は余裕の笑顔を浮かべていらっしゃいます。
 さすがイケメンは何でも余裕でこなすのですね……




 いつもながらリンデは笑顔で淡々とステップを踏む。
 そのステップは常に正確で、俺が間違いそうになると、スッとフォローを入れてくるほどの腕前だ。
 そしてまたフォローされ俺もまだまだだなと、そして『有難う』と言う意味で笑顔を送った。






 数時間ほどのレッスンの後は、エステと言う名のマッサージでした。

 レッスンが終わる頃に合わせたのか、侯爵家の自室には見知った顔の侍女が実家ギュンツベルクから来ており、ドロテーに手ほどきしています。
 慣れるまで数日は参りますねと笑顔で言う侍女に、そうか~明日以降もレッスンあるのか~と、私は気分が少し落ち込みました。


 三度みたびのお着替えとなり身嗜みを整えれば、今度はアウグスト様より執事見習いのクレーメンスを紹介されました。
 現執事のヨアヒムは、侯爵お義父様と同じ程度の年齢です。見習いのクレーメンスはアウグスト様より少しだけ年上の模様。どうやらこちらも代替わりの準備のようです。
 今後、私達若夫婦の御用聞きはクレーメンスが担当するそうです。
「よろしくお願いします」
 礼儀正しくお辞儀をするクレーメンスに「はいよろしく~」と、笑顔で返します。
 私の笑顔にドギマギと動揺したクレーメンスを見て、なにやらドロテーが微妙な表情を見せました。

 おやおや? と、ドロテーに根堀葉掘り聞けば、二人は婚約者だとか。
 お幸せに~と笑顔を送っておきました。

「奥様、お手紙でございます」
 紹介が終わるや否や、良い笑みを浮かべたクレーメンスより大量の手紙を手渡されました。
「?」
 何かと思い見てみれば、大量に届いていた夜会やお茶会の招待状でございました……
 クレーメンスにより早急に返事が必要なものは仕訳されていまして、「ここまでは書いてくださいね」と、笑顔の彼に侯爵家の立場や関係を確認しながら、お返事を書き続けましたとも!
 いい加減手が痛くなったところで書き終えまして、無事解放されたのです。

 その後、読書をする為に本を手にすれば、アウグスト様から「リビングでお茶にしないか」と誘われまして、お茶を頂きました。

 今日は朝からはお義母様、その後はクレーメンスとお返事書きとやたらオプションが付いていた私でしたが、今は一人です。
 ついでにこのリビングは私達の寝室側にある部屋もので、若夫婦専用わたしたちようのリビングです。つまり私達以外には誰も居ないということですね。

 そして、
「下がっていいぞ」
 アウグスト様のこの言葉で、使用人が皆リビングを出て行きますと、これで本当に二人っきりになりました。

「ねえリンデ、お願いがあるんだけど」
 糖度の高い笑顔に加え、甘え口調のアウグスト様のお願いは「膝枕がして欲しい」でした。昨日の馬車での話は後から聞いたけど、酔っ払って何も覚えていないのが悔しい、だそうです。
 私はどうぞ~と、ソファーに座って腿をポンと叩くと、嬉しそうに横になられました。

 私の腿の上にはアウグスト様の端正なお顔があります。
 何気なく手で髪に触れると、昨日のパーティと違い、髪を完全に固めていませんのでかなりナチュラルな状態で、思いのほかもふもふ具合が高いことに気づきました。
 これは幼い頃の弟のディートリヒと変わらない程度の柔らかさです。意外なもふっと感に酔いしれて、私は夢中で撫でていると気づけば彼から寝息が聞こえてきます。

 あら、寝てしまいました……

 起こさない様に、先ほど手にしていた本を取り読書に耽りました。

 ……。


 先ほどから肩をちょんちょんと突かれる感覚があります。

 振り返れば、アウグスト様が遠慮がちに私を突いていました。
「なんでしょうか?」

「そろそろ晩餐の時間ですよ」
 あぁ思い出した。膝枕も忘れて読書に耽った私を、起き上がったアウグスト様が引き戻してくれたようです。
 いつも本を読み始めると時間が飛ぶように過ぎるんですよね……


 晩餐の席は、朝昼に比べてお皿の数が凄く多く、とても食べられる量ではありませんでした。
 もしや初日でお客様仕様なのでは? と 疑いつつ、「これが普段の量なのでしょうか?」と、問えば普通だと返されました。
 明日からは私の分はハーフポーションにして貰おうと相談しましたとも!


 晩餐ではお酒が出ていますが、アウグスト様は一切手を付けられませんでした。
「まだご気分が悪いのですか?」
 心配してそう聞きますと、
「昨日の様な失態は出来ませんから」と、キリっとした表情で返されました。
 あれはお義姉様とモーリッツ様が悪いと思いますけど?

 しかし、どうやらそう言う話ではなかったようで……

 私は食事を終えると、ドロテーに促されて早々にお風呂に連れて行かれました。
 侯爵家のお風呂はそれはもう広くて、ってこれ私専用ですか!?
 う~ん驚きですね。

 お風呂から上がり体を拭いてもらっている時に、
「侯爵家ではこんな早い時間にお風呂に入るのですか?」
 と、聞くとドロテーは少しだけ赤面して、
「本日は特別とお聞きしております」と、答えました。

 特別?

 おまけに後は寝るだけだと言うのに、髪には花の香料の入ったオイルを軽く塗られます。
 不思議に思い、「寝る前にも塗るんですか?」と言えば、やっぱり「本日は特別」だと返されます。

 う~ん、特別って何だろう?


 そして寝室では、「お酒を準備しておきます」と言って、サイドテーブルにそれらの準備を始めてしまいました。ひとしきり終えれば、「失礼します」と挨拶をして出て行きます。

 えぇ、流石にもうはっきりと分かりました。
 本日は……初夜、でした!!


 緊張で喉が渇いてきますが、お酒しか無くぐっと我慢です。
 初めての日に酔っ払う黒歴史なんてごめんですよ!

 あっ!
 だからアウグスト様は謝罪されたのね……

 私も遅れながらあの謝罪の本当の意味に気づきました。



 独り残された部屋でじっと待つ。
 しかし一向に落ち着く様子を見せない自分の鼓動に、次第に焦りを感じ始めます。
 そうだわ、本を読んで気分を落ち着け……

 いやだめだわ。
 そんな事をしたらきっと集中して入ってきたアウグスト様に気づかないもの。

 はっ! そう言えば待っている時ってどうしたらいいのかしら?
 ベッドに入っているべきかしら、でも最初から寝ているのは変よね。それに何か期待しているみたいじゃない。
 じゃあ座ったままかしら?
 お母様は「待ってれば後は男性がよくしてくれます」しか教えてくれなかったもの……
 どうやって待ってればいいの、お母様ー!?

 ガチャ!!
「!?」

 時間にしたらきっと十分も無かったと思いますが、右往左往していた私ははかなりの時間を感じていました。
 寝室のドアを開けたアウグスト様と、室内でベッドから丁度立ち上がったところの私という図。
 固まる私達。
 お互いに緊張しているのは丸分かりで、どちらとも無く「はははっ」と苦笑が漏れました。

 それでも先に緊張が解けたのは、なんと私のほうだったようで、
「軽いお酒でもお召し上がりますか?」と、聞く程度の余裕は生まれました。
 まぁ問うた後に、昨日の件を思い出しまして……、これは無いわーと、猛省しましたよ!

 やってしまった感半端なくて私が申し訳なく視線を上げると、二人の視線が絡まり合い、強い力で引き寄せられて唇が閉ざされました。


 翌朝、少しばかり早い時間に目が覚め、人の気配を感じて隣を見れば、とても整った顔のアウグスト様が眠っていました。
 昨夜を思い出すと途端に気恥ずかしくなり、シーツを体に巻きつけて隠れます。

 でも誰も見てないのよね?
 そう思えば、大胆にも彼の腕の中に包まると私は再び眠りに付きました。


 再び目覚めたのは私の方が遅かったようで、それはもう丹念に寝顔を観察された後でした。
 あふぅ。

 身支度を終えて二人で食堂へ向かう道がらは、『おめでとうございます』的な何とも言い難い表情を見せる使用人たちに照れつつ、足早に歩きました。
 そして食堂に入れば、お義父様とお義母様からは「おめでとう」とはっきりと言われ、二人で大層赤面することになったのです。
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