上 下
30 / 37
02:閑話

つるし上げ

しおりを挟む
「おい、子爵夫人に追い出されたんだけど!」
 怒りと焦りで屋敷に飛び込むようにやってきた俺に対し、モーリッツは呆れ顔だった。

「まさか親に直接婚約の許可を貰いに行くとはなぁ~」
 そう言うとモーリッツは爆笑しやがった。

「……」

「お前馬鹿なの?」

 いまだケタケタ笑う奴に向かって俺はキレ気味に文句を言った。
「いやいや、お前の助言通りにやったらこうなったんだぞ? 何とかしろよ」

 再び呆れ顔を見せるモーリッツ。
「いや、外堀ってそうじゃねーだろ。普通は親入れて食事に誘うとか、弟をだしに屋敷に招くとかそう言うとこでしょ?」
 なるほど、言われて見れば確かにそうだ。
「ここまで来ると、洗いざらい親に話して協力仰ぐ方がいいと思うぞ」
 わかった! と、俺は勇み足で屋敷に帰ったのだ。


 屋敷に帰り俺は両親に事情を話して味方に引き入れようとしたのだが、ギュンツベルク邸での件は既に伝わっていたようで、屋敷じたくでの俺に対する家族の反応はとても冷たいものだった。

 特に母親。

 一切、口を利いてくれない……
 家族で一緒に取ると決まっている食事時には、使用人または父を経由して伝言が来るほどの徹底振りであった。そんな冷たい視線に耐える日々を過ごしながら、やっとリンデが落ちついたと言う報告を受けたのは三日後の事だった。



 俺は自宅の応接室サロンのソファーに静かに座っている。
 目の前の大きなソファーには、やっと逢ってくれるようになったリンデと、その左右にはまるで彼女を守る騎士のように母上とギュンツベルク子爵夫人が座っていた。

 なおリンデ以外の二人は、先ほどからまるでゴミ虫を見るかのような視線を俺に向けている。

 つらい……


「ねぇアウグスト。どうやらわたくしの育てた子の中に愚息が居るようなの。とても悲しい事だと思わない?」
 俺に兄弟は嫁いだ姉一人しか居ないのだから、愚息=俺ということだ。
 それにしてもこの母親、久々に聞いた声がさっきから物凄く冷たいのだけどどうだろう?

 そしてプロポーズの言葉も無く、親に許可を求めに行くとは大切な思い出・・・・・・を何だと思っているのか? と再三にわたって叱られた。

 思い出それについては男女差と言いますか……とか言えばきっとさらに説教が伸びるんだぜ? と、ちょっと投げやりっぷりにやさぐれたところで、じゃあどうしたら良かったのかを聞いてみようと口に出してみた。

「だって避けられてて話させてくれないどころか、会ってもくれないんですよ?」
 俺頑張ったよアピールである。

 するとリンデは赤面しながら、
「もう少し、分かりやすく好きアピールをして頂けていれば、えと……、私も、気づいたかもですょ?」
 と、可愛く首を傾げたのだ。

 そう言われてもなあ。

 俺がどうやって彼女にアピールしたかを羅列すれば、流石に母達にも俺だけに非が無いと理解したのか、次第に同情するような視線に変わっていた。
 さらに二人の表情が変化すると、今度はニヤニヤとした意味ありげな顔を見せ始めている。

 あれは期待する目だ。
 いま言うんですかね……と、少しばかり恥ずかしくも思う。

 二人から大変圧力のある視線で催促され、仕方無しに立ち上がると、母達も同時に立ち上がりササっと部屋を後にした。
 この時の二人は、まるで事前に打ち合わせでもしてあったかのごとく、息の合った動作だった。

 そんな母親たちに苦笑しつつも、
「ディートリンデ、生涯あなたを愛すると誓います。僕と結婚してくれますか?」
 俺はディートリンデに生涯の誓いを立てたのだ。

 彼女からの返事は斜め上の、「婚約破棄はしないでね?」だった。
 これほど可愛い彼女こんやくしゃが居て、何を馬鹿なと俺は彼女を抱きしめて口付けを交わした。




 それから数日後のギュンツベルク邸。
 今日は正式に婚約者となってからは初めての訪問だった。

 通された応接室サロンでお茶を飲んで待っていると、とても楽しそうなリンデが、両手に数冊の本を抱えて部屋に飛び込んできた。

「走ると危ないぞ?」

「アウグスト様、見てください! 本に手紙が入っていたんです」
 その言葉を聞いて、俺の記憶が呼び起こされる。
 その手紙は間違いなく俺の書いた物だと。

「しかもですね、恋人に宛てた愛の詩なのですよ!」
 俺は恋文など書いた事が無かった。
 だから使用人らに教えて貰いながら、有名な詩集から文を拝借して手紙を送ったなーと、若干白い目で思い出していた。

 後ほど聞いた話によれば贈った本は俺を想い出すという理由で読まれることがなかったそうだ。従って彼女は中に入れた手紙にも気づく事は無かったというわけだ。
 つまりこれは、まったく読まれることが無かった今やタイミングを外した恋文。

 あぁこれは完全に黒歴史だな……


「こんな素敵な詩を貰っているのに未開封のままなんです。この本を手放した子は一体何を考えているんでしょうね?」
「え、手放した子ってどういうこと?」

「だってこの本に手紙が挟まっていたと言う事は、新品ではなくて古本だったのでしょう? ならば売ってしまった子はこの手紙を読んでいないことになるんです」
 名推理でしょうとばかりに誇らしげなリンデを見て、まったくの迷推理とは言えず、かといって真相を告げれば黒歴史が明るみに出てしまうと言う葛藤。

 ……そう言えば俺、手紙に署名してたと思うんだが?
 やっぱり黒歴史が明るみに出ることに気づき、若干顔が引きつった。


「あらこの署名……驚きですわ、アウグスト様と同じお名前ですよ!?」
 俺は今後リンデに何かを伝える時は、はっきりと分かりやすく伝えようと心に誓った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...