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02:閑話
つるし上げ
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「おい、子爵夫人に追い出されたんだけど!」
怒りと焦りで屋敷に飛び込むようにやってきた俺に対し、モーリッツは呆れ顔だった。
「まさか親に直接婚約の許可を貰いに行くとはなぁ~」
そう言うとモーリッツは爆笑しやがった。
「……」
「お前馬鹿なの?」
いまだケタケタ笑う奴に向かって俺はキレ気味に文句を言った。
「いやいや、お前の助言通りにやったらこうなったんだぞ? 何とかしろよ」
再び呆れ顔を見せるモーリッツ。
「いや、外堀ってそうじゃねーだろ。普通は親入れて食事に誘うとか、弟をだしに屋敷に招くとかそう言うとこでしょ?」
なるほど、言われて見れば確かにそうだ。
「ここまで来ると、洗いざらい親に話して協力仰ぐ方がいいと思うぞ」
わかった! と、俺は勇み足で屋敷に帰ったのだ。
屋敷に帰り俺は両親に事情を話して味方に引き入れようとしたのだが、ギュンツベルク邸での件は既に伝わっていたようで、屋敷での俺に対する家族の反応はとても冷たいものだった。
特に母親。
一切、口を利いてくれない……
家族で一緒に取ると決まっている食事時には、使用人または父を経由して伝言が来るほどの徹底振りであった。そんな冷たい視線に耐える日々を過ごしながら、やっとリンデが落ちついたと言う報告を受けたのは三日後の事だった。
俺は自宅の応接室のソファーに静かに座っている。
目の前の大きなソファーには、やっと逢ってくれるようになったリンデと、その左右にはまるで彼女を守る騎士のように母上とギュンツベルク子爵夫人が座っていた。
なおリンデ以外の二人は、先ほどからまるでゴミ虫を見るかのような視線を俺に向けている。
つらい……
「ねぇアウグスト。どうやらわたくしの育てた子の中に愚息が居るようなの。とても悲しい事だと思わない?」
俺に兄弟は嫁いだ姉一人しか居ないのだから、愚息=俺ということだ。
それにしてもこの母親、久々に聞いた声がさっきから物凄く冷たいのだけどどうだろう?
そしてプロポーズの言葉も無く、親に許可を求めに行くとは大切な思い出を何だと思っているのか? と再三にわたって叱られた。
思い出については男女差と言いますか……とか言えばきっとさらに説教が伸びるんだぜ? と、ちょっと投げやりっぷりにやさぐれたところで、じゃあどうしたら良かったのかを聞いてみようと口に出してみた。
「だって避けられてて話させてくれないどころか、会ってもくれないんですよ?」
俺頑張ったよアピールである。
するとリンデは赤面しながら、
「もう少し、分かりやすく好きアピールをして頂けていれば、えと……、私も、気づいたかもですょ?」
と、可愛く首を傾げたのだ。
そう言われてもなあ。
俺がどうやって彼女にアピールしたかを羅列すれば、流石に母達にも俺だけに非が無いと理解したのか、次第に同情するような視線に変わっていた。
さらに二人の表情が変化すると、今度はニヤニヤとした意味ありげな顔を見せ始めている。
あれは期待する目だ。
いま言うんですかね……と、少しばかり恥ずかしくも思う。
二人から大変圧力のある視線で催促され、仕方無しに立ち上がると、母達も同時に立ち上がりササっと部屋を後にした。
この時の二人は、まるで事前に打ち合わせでもしてあったかのごとく、息の合った動作だった。
そんな母親たちに苦笑しつつも、
「ディートリンデ、生涯あなたを愛すると誓います。僕と結婚してくれますか?」
俺はディートリンデに生涯の誓いを立てたのだ。
彼女からの返事は斜め上の、「婚約破棄はしないでね?」だった。
これほど可愛い彼女が居て、何を馬鹿なと俺は彼女を抱きしめて口付けを交わした。
それから数日後のギュンツベルク邸。
今日は正式に婚約者となってからは初めての訪問だった。
通された応接室でお茶を飲んで待っていると、とても楽しそうなリンデが、両手に数冊の本を抱えて部屋に飛び込んできた。
「走ると危ないぞ?」
「アウグスト様、見てください! 本に手紙が入っていたんです」
その言葉を聞いて、俺の記憶が呼び起こされる。
その手紙は間違いなく俺の書いた物だと。
「しかもですね、恋人に宛てた愛の詩なのですよ!」
俺は恋文など書いた事が無かった。
だから使用人らに教えて貰いながら、有名な詩集から文を拝借して手紙を送ったなーと、若干白い目で思い出していた。
後ほど聞いた話によれば贈った本は俺を想い出すという理由で読まれることがなかったそうだ。従って彼女は中に入れた手紙にも気づく事は無かったというわけだ。
つまりこれは、まったく読まれることが無かった今やタイミングを外した恋文。
あぁこれは完全に黒歴史だな……
「こんな素敵な詩を貰っているのに未開封のままなんです。この本を手放した子は一体何を考えているんでしょうね?」
「え、手放した子ってどういうこと?」
「だってこの本に手紙が挟まっていたと言う事は、新品ではなくて古本だったのでしょう? ならば売ってしまった子はこの手紙を読んでいないことになるんです」
名推理でしょうとばかりに誇らしげなリンデを見て、まったくの迷推理とは言えず、かといって真相を告げれば黒歴史が明るみに出てしまうと言う葛藤。
……そう言えば俺、手紙に署名してたと思うんだが?
やっぱり黒歴史が明るみに出ることに気づき、若干顔が引きつった。
「あらこの署名……驚きですわ、アウグスト様と同じお名前ですよ!?」
俺は今後リンデに何かを伝える時は、はっきりと分かりやすく伝えようと心に誓った。
怒りと焦りで屋敷に飛び込むようにやってきた俺に対し、モーリッツは呆れ顔だった。
「まさか親に直接婚約の許可を貰いに行くとはなぁ~」
そう言うとモーリッツは爆笑しやがった。
「……」
「お前馬鹿なの?」
いまだケタケタ笑う奴に向かって俺はキレ気味に文句を言った。
「いやいや、お前の助言通りにやったらこうなったんだぞ? 何とかしろよ」
再び呆れ顔を見せるモーリッツ。
「いや、外堀ってそうじゃねーだろ。普通は親入れて食事に誘うとか、弟をだしに屋敷に招くとかそう言うとこでしょ?」
なるほど、言われて見れば確かにそうだ。
「ここまで来ると、洗いざらい親に話して協力仰ぐ方がいいと思うぞ」
わかった! と、俺は勇み足で屋敷に帰ったのだ。
屋敷に帰り俺は両親に事情を話して味方に引き入れようとしたのだが、ギュンツベルク邸での件は既に伝わっていたようで、屋敷での俺に対する家族の反応はとても冷たいものだった。
特に母親。
一切、口を利いてくれない……
家族で一緒に取ると決まっている食事時には、使用人または父を経由して伝言が来るほどの徹底振りであった。そんな冷たい視線に耐える日々を過ごしながら、やっとリンデが落ちついたと言う報告を受けたのは三日後の事だった。
俺は自宅の応接室のソファーに静かに座っている。
目の前の大きなソファーには、やっと逢ってくれるようになったリンデと、その左右にはまるで彼女を守る騎士のように母上とギュンツベルク子爵夫人が座っていた。
なおリンデ以外の二人は、先ほどからまるでゴミ虫を見るかのような視線を俺に向けている。
つらい……
「ねぇアウグスト。どうやらわたくしの育てた子の中に愚息が居るようなの。とても悲しい事だと思わない?」
俺に兄弟は嫁いだ姉一人しか居ないのだから、愚息=俺ということだ。
それにしてもこの母親、久々に聞いた声がさっきから物凄く冷たいのだけどどうだろう?
そしてプロポーズの言葉も無く、親に許可を求めに行くとは大切な思い出を何だと思っているのか? と再三にわたって叱られた。
思い出については男女差と言いますか……とか言えばきっとさらに説教が伸びるんだぜ? と、ちょっと投げやりっぷりにやさぐれたところで、じゃあどうしたら良かったのかを聞いてみようと口に出してみた。
「だって避けられてて話させてくれないどころか、会ってもくれないんですよ?」
俺頑張ったよアピールである。
するとリンデは赤面しながら、
「もう少し、分かりやすく好きアピールをして頂けていれば、えと……、私も、気づいたかもですょ?」
と、可愛く首を傾げたのだ。
そう言われてもなあ。
俺がどうやって彼女にアピールしたかを羅列すれば、流石に母達にも俺だけに非が無いと理解したのか、次第に同情するような視線に変わっていた。
さらに二人の表情が変化すると、今度はニヤニヤとした意味ありげな顔を見せ始めている。
あれは期待する目だ。
いま言うんですかね……と、少しばかり恥ずかしくも思う。
二人から大変圧力のある視線で催促され、仕方無しに立ち上がると、母達も同時に立ち上がりササっと部屋を後にした。
この時の二人は、まるで事前に打ち合わせでもしてあったかのごとく、息の合った動作だった。
そんな母親たちに苦笑しつつも、
「ディートリンデ、生涯あなたを愛すると誓います。僕と結婚してくれますか?」
俺はディートリンデに生涯の誓いを立てたのだ。
彼女からの返事は斜め上の、「婚約破棄はしないでね?」だった。
これほど可愛い彼女が居て、何を馬鹿なと俺は彼女を抱きしめて口付けを交わした。
それから数日後のギュンツベルク邸。
今日は正式に婚約者となってからは初めての訪問だった。
通された応接室でお茶を飲んで待っていると、とても楽しそうなリンデが、両手に数冊の本を抱えて部屋に飛び込んできた。
「走ると危ないぞ?」
「アウグスト様、見てください! 本に手紙が入っていたんです」
その言葉を聞いて、俺の記憶が呼び起こされる。
その手紙は間違いなく俺の書いた物だと。
「しかもですね、恋人に宛てた愛の詩なのですよ!」
俺は恋文など書いた事が無かった。
だから使用人らに教えて貰いながら、有名な詩集から文を拝借して手紙を送ったなーと、若干白い目で思い出していた。
後ほど聞いた話によれば贈った本は俺を想い出すという理由で読まれることがなかったそうだ。従って彼女は中に入れた手紙にも気づく事は無かったというわけだ。
つまりこれは、まったく読まれることが無かった今やタイミングを外した恋文。
あぁこれは完全に黒歴史だな……
「こんな素敵な詩を貰っているのに未開封のままなんです。この本を手放した子は一体何を考えているんでしょうね?」
「え、手放した子ってどういうこと?」
「だってこの本に手紙が挟まっていたと言う事は、新品ではなくて古本だったのでしょう? ならば売ってしまった子はこの手紙を読んでいないことになるんです」
名推理でしょうとばかりに誇らしげなリンデを見て、まったくの迷推理とは言えず、かといって真相を告げれば黒歴史が明るみに出てしまうと言う葛藤。
……そう言えば俺、手紙に署名してたと思うんだが?
やっぱり黒歴史が明るみに出ることに気づき、若干顔が引きつった。
「あらこの署名……驚きですわ、アウグスト様と同じお名前ですよ!?」
俺は今後リンデに何かを伝える時は、はっきりと分かりやすく伝えようと心に誓った。
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