上 下
22 / 37
02:閑話

夜会裏側

しおりを挟む
 そろそろ参加者が入場する段になり、一段高い席へ向かえば、何やら席順がおかしいことに気づいた。

 あれ、俺って嫡男なんだけど端っこなの?
 問うように父に視線を向ければ、口パクで「すまん」と言う始末。そう言えば貴方も端っこでしたね……


 母の言いつけ通り、開催の挨拶はしっかりと考えておいた。
 俺たちが急遽、挨拶することになったのをリンデに伝えれば、「それはどういうことでしょう?」と尋ねられる。
 正直に目的を言うわけにも行かず、ここは総て母の気まぐれと言う事で押し切った。


 夜会が始まり挨拶の為に前に出た。
 壇上から参加者を見れば、きっと初めて見るだろうギュンツベルク子爵令嬢の可憐さに皆が驚いているようだった。
 そして挨拶でリンデを紹介し、リンデは俺のものとアピールをする。確かにこの挨拶で理解して貰えたのだろう、参加者から祝福の拍手が巻き起こった。

 続いてはダンスだ。
 ここは絶対に失敗できない……、目が怖いからな!


 母の策略どおり、掛かった曲は確かに難しい物だった。しかし誤算だったのはリンデのダンスが滅茶苦茶上手いことだった。
 この難しい曲を、先ほどから涼しげな笑顔で一つもミス無く踊っているのだ。
 こちらも必死にステップを追うが、若干リンデのほうが上手のようだ。逆にリードされそうになることもしばしばある。
 くっ情けない!

 内心は冷や汗もので余裕は全く無いが、それでも何とか声を絞り出し「今日は両親が申し訳ない」とだけ言っておいた。
 貰った笑顔はとても可愛いく、見惚れて危うくステップが総て吹き飛ぶところだった。


 その後の参列者からの挨拶では、母の目論見どおり勝手に勘違いしてくれた貴族らから、お祝いの言葉を頂いたのだ。

 しかし誤算は……
「本日はおめでとうございます」

 リンデがきっと盛大な勘違いをしている事だろうか?








 アウグストとディートリンデのダンスが終わると、会場では惜しげの無い拍手が贈られていた。
 そりゃあんな凄いダンスを見せられれば、納得の反応だと思う。

 俺の隣でも、義妹のファニーが興奮して可哀想なくらい必死に拍手しているのだ。
 後で手が痛くなるだろうに頑張ってんな。


 そんなファニーを微笑ましく見ていると、拍手の音に混ざって、どこからか苛立った声が聞こえてきた事に気づいた。
 聞こえた声を探り当て、そちらの方に視線を向ければ、おぉあれは元婚約者のユンゲル君たちじゃないか!

「ちっ、急に綺麗に変わりやがって忌々しい」
 ユンゲルはどうやらディートリンデの変わりように憤慨しているようだ。

 それに対して新しい令嬢かのじょは、
「はぁ? どれだけ変わっても地味は地味じゃないのよ!?」
 と、自分の方が派手で綺麗だと言っていた。
 確かに彼女は今流行りのフリフリなドレスを着て、髪も流行通りに綺麗に巻いてふんわりさせている。ディートリンデとは対象的な姿だろう。

 しかしユンゲルはその台詞に思うことが合ったようで、今まで使ったプレゼントの額の差がどうのとか、なにやらすげー器の小さい事を言い出し始めていた。
 まさかそんな事を言い出すとは思わなかったのだろう、令嬢かのじょは唖然とし、次第に涙を堪えるような仕草をし耐えるような表情を見せる。


 まぁ俺からすればお前の愚痴なんてぶっちゃけどーでも良いんだけどさぁ!?
 お前の隣に新しい令嬢かのじょがその台詞聞いて泣きそうなんだけどぉ、その態度は男としてどうなんだよっ!?

 俺はついに堪えきれなくなり、奴の胸倉を掴もうと手を伸ばす。

 あと一歩!

 と、後ろで「きゃぁ」と、とても悲鳴には聞こえない間の抜けた声とパシャという水が零れる音が聞こえた。
 延ばした手を寸前で止め後ろを向けば、クラウディアがファニーのドレスにジュースを引っ掛けている所だった。

 汚れてしまったドレスを見て、呆然としているファニー。
「あら、ごめんなさいね。手が滑ったわ」と、悪びれる事も無く言うクラウディア。

 度重なる悪役令嬢の妨害イベントだ。しかし今この瞬間でなくてもいいのに!
 イライラが加速し、俺は矛先を変えてクラウディアに詰め寄った。
「何してんだよお前!? ファニーは今日がデビューの日だったんだぞ!」

 しかしクラウディアは俺の怒声にも怯まずに、俺に近づくや耳元でこそりと、
「幾ら物言いが気に入らなくても喧嘩はいけませんわ」
 と言い捨てる。

 ちっ。
 確かに頭に血が上りすぎたようだ。

 俺は一旦クールダウンする意味を込めて、握り締めた手を緩め腕を軽く振るってリラックスした。
 それを見たクラウディアは安心したのか、
「ここからは女性の矜持のお話ですわ。後はわたしにお任せくださいな」
 そう言うと優雅に会釈し俺の前から立ち去っていった。


 何言ってんだあいつ? と、意味が分からず俺は途方に暮れた。
 しかし涙ぐむファニーを宥めることに忙しく、俺はその台詞をすぐに忘れてしまった。


■幕間1

 それから暫くして、社交界ではユンゲル伯爵令息の悪い噂が広がっていた。
 誠実な態度を取らずに令嬢をとっかえひっかえするという、余りに風聞が悪い話で彼に近づく令嬢はほぼ居なくなったそうだ。
 その噂を聞いた俺は、クラウディアの言った意味をやっと理解した。



■幕間2

 俺はアウグストに今回の夜会で起きたユンゲルの話をした。
 そして同時に「なぜあいつがあの場に居たのか?」を、問い詰めていた。

 ディートリンデの以前の立場を考えれば、元婚約者・・・・などを態々呼び夜会に参加させる必要が無いのだ。

 アウグストの話では、侯爵家の主催で参加する事が決まった際に、ユンゲル伯爵からギュンツベルク子爵に対し、正式に婚約破棄について謝罪の申し入れが合ったと言う。
 侯爵の後ろ盾が入って焦ったのだろうとアウグストは言う。

「子爵はいまさら謝罪の場を新たに設ける気が無いようで、では今回の夜会をそのまま利用しようと家の父上が提案されたそうだ」
 その提案どおり、伯爵は謝罪の為に夜会に参加することとなった。
 ところが会場に着いて見れば、謝罪の為に待ち合わせていたはずの自分の愚息が、よもや新しい令嬢をエスコートしてくるとは予想していなかったそうだ。

 流石に連れては歩けないと、会場に置き去りしたところ件の問題が起きたという。
「つまり端的に言って馬鹿なのか?」
「そうだろうな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...