山猿の皇妃

夏菜しの

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ヘクトール②

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 城に帰った俺はラースを呼び出した。
「レティーツィアの屋敷を見たか?」
「はい」
「なぜレティーツィアはあのような質素な生活をしている。あれではまるで修道院の様な生活ではないか」
「わたしの話を最後まで聞いて頂けますか?」
 こいつがそう言う言い回しする時は、大抵俺が途中で怒り出すような話をすると相場が決まっている。
「分かった最後まで聞こう」
「ありがとうございます」
 そしてラースは、レティーツィアの生活費が無くなった事、さらに屋敷の使用料まで支払わされている事を告げてきた。
「何だそれは!?」
「城の中には気が強いお嬢様がいらっしゃいますので……」
「リブッサの事か」
「いいえわたしは何も言っておりませんよ」
 リブッサが俺に好意を見せているのは知っている。それが純粋な好意かそれとも権力欲かは知った事じゃない。
 一つ言えるのは、ネリウスにこれ以上力を付けさせるわけにはいかないから、その娘のリブッサだけは無いと言う事だ。
 俺に相手にされないから、腹いせに皇妃であるレティーツィアに嫌がらせでもしたのだろう。そしてレティーツィアも気位の高い女だ。折れることなくやり返したのだろうと想像できる。
 リブッサが父親に泣きつき、俺はそれを無視したから……
「つまり俺が悪いのだな」
「……」
「レティーツィアから取り上げた物を全て戻せ」
「畏まりました、ですが……」
「なんだ?」
「誰も罰せられることが無いのならば、すべて元通りには戻りますまい」
「くっく、ならば俺を罰するか?」
「まさかとんでもございません」
「ネリウスに証拠は?」
「無いでしょうね」
「チッ。どうせお前は掴める尻尾は全部掴んでいるんだろう。任せる」
「畏まりました」
 俺は返事をして去っていこうとするラースを再び呼び止めた。

「まだ何か?」
「レティーツィアを明日から晩餐に呼ぶ。彼女にそう伝えておいてくれ」
「きっと嫌がられますね」
「構わん。それから何か贈り物を……」
「はあ」
「女には花か?」
「残念ですが花瓶は生活の為にすべて売り払っておいでです。
 迷惑でしょうな」
「そうか……。じゃあ肉ならどうだろう」
「皇妃様は兎も角、お連れの使用人は喜ぶのではないでしょうか?」
 そう言われて、お茶を淹れていたあの小さいのかと思い出した。
 レティーツィアの態度を見れば、あの娘のことをとても大切にしているのには気付いていた。主を射んと欲すればという奴か。
「それでいい」
 ラースは今度こそ部屋から去って行った。


 俺は晩餐の席で女の感情を軽視した所為で失敗した。しかしレティーツィアのお陰であの場は何とか治まりを見せた。
 こと戦以外に関して言えば、レティーツィアの眼は俺よりも上なのだろう。だがレティーツィアの献身もむなしく内乱は起きてしまった。
 何とも情けない事だな。

 出立の前、ラースを呼び出しレティーツィアの事を頼んだ。
「お一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「皇妃様を夜の寝室にお呼び頂けないでしょうか」
「お前も俺に子供を抱けと言うのか?」
「いえその様な事は……、お呼び頂くだけで構いません」
「呼んでどうする?」
「この際ですから城に残った不穏分子を炙り出したいと思っております」
「釣れると思っているのか?」
「もしも世継ぎが生まれれば奴らも困りましょう。ですから行為があったと偽装すれば或いは……と、その程度にお考えくださると助かります」
「釣れなくとも良いと?」
「ええもちろん。そもそも忠臣以外にいない可能性もございますので」
「ふん思ってもいない事を言うな。分かった芝居に付き合おう」


 嫌だとはっきり拒絶されると思っていたがレティーツィアは拒否することなく、俺の部屋にやって来た。
 さらに先日に断られた城に帰って欲しいと言う話を蒸し返しても、今日は素直に従いますと返ってくる。
 ほぅと驚きの声が漏れた。

「どうされました?」
「いや前に同じことを言った時には心まで奪えるとは~と大層拒絶されたと思ったが、今回は随分とあっさり従うのだなと思ってな」
「状況が違いますから当然ですわ」
 やはりレティーツィアの眼は俺よりも優れていてかなり先を視ている様だ。

「あのぉヘクトール様の中で私の評価がとても高いように思いますが……
 私、何かしましたか?」
「西部の件をラースからすべて聞いた」
 民衆が欲している物を見抜くのは容易だ。しかしそれを無血で解決させるには如何ほどの才覚が必要であろうか?
 それを味方もなく、あの閑散とした屋敷でやってのけたと言うのだから、評価しない訳には行かない。

「それはヘクトール様の為ではなく民衆の為です」
 先ほどまで穏やかだった瞳が険しくなり俺を睨みつけてきた。
 俺よりも民衆か……
 そう思っているのは知っていたが、面と向かって言われると流石にイラついた。ふんっ少しばかり虐めてやるか。
「そもそも貴女が俺の為に出来る事は最初から決まっているだろう?」
 睨みつけた彼女の瞳をじっと見つめ返す。すると彼女の瞳がほんの少しだけ怯んだ。その機を逃さず、俺は肩に手を回してぐいと引き寄せる。体が一瞬強張ったが、すんなりと胸の中に入って来た。
 頬が赤く染まっているのは、照れではなくて恥辱か?
 だが感情が顔に現れた様子はいつもに増して美しく思えた。
「貴女はいつの間にこれほど美しくなったのか……」
「何を……、私の事なんて未成年の子供と馬鹿にしておいででしょう」
「はははっこの時ばかりはライヘンベルガー王国の法が羨ましいな」
 思わず俺の口から本音が漏れた。するとそれを聞いたレティーツィアが露骨に安堵したのが分かった。
 チッ! それを見た俺は途端に冷めた。

 ラースの策は上手く行ったらしい。
 しかしその策の代償として、レティーツィアをライヘンベルガー王国に連れ去られるとは……
 いよいよ傀儡の話が浮き上がって来たらしい。
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