山猿の皇妃

夏菜しの

文字の大きさ
上 下
24 / 47

23:乱入

しおりを挟む
 一向に手が動かない私を見兼ねて、ヘクトールは私にお肉を取ってくれた。ここでフルーツではなくお肉と言うのが、何ともヘクトールらしいではないかと苦笑する。だがすぐにため息が一つ漏れた。
 やっぱり私って肉付きが悪いのね、はぁ……

 さて皿の上に置かれたお肉は骨付きのまま、塩や香辛料を振って火で炙っただけの、とても調理したとは呼べない野蛮な品だ。
 それにしても大きい。皿からはみ出るそのサイズは、骨を入れればゆうに私の腕ほどもある。きっとこれだけでお腹が一杯になるだろう。
 それ以前に胸やけして完食出来なさそうだけどね。

 私はお肉の乗せられたお皿の周りに視線を彷徨わせた。

 あれ?
 いやいや。そんな馬鹿な?

 しかし何度確認しても手元に置いてあるのは、フォークとスープ用のスプーンのみで肉を切るナイフが無い。
 これはどうやって食べるのかしら?
 疑問に思って視線を上げ周りの様子を確認する。えーと肉を取り、骨を持ってそのまま口元へ、大口を開けてガブリと噛みつき、力任せに引きちぎる。
 林檎は……
 袖でごしごしと拭いてそのままガブリ。

 どうみても山猿だ。


 あのような食べ方は私には出来そうもない。
 まさか大きなこのテーブルのどこにも無いなんてことは無いはず、今度は捜索範囲を広げてテーブルの上を確認した。
 しかしナイフは見当たらない。
 使う人がいないから無いのか、暗殺防止の為か、う~んみんな手づかみの山猿だから前者かしらね?
 結局お肉を前にしても私の手が動かなかった。

 空腹に匂いだけと言うのは酷だ。
 ついに私のお腹が白旗を上げてくぅ~と情けない音を立てた。
 せめてフルーツをと思ったが、こちらも丸ごとで皮も向かれていなかったと思い出した。唯一食べられそうなのは葡萄だが、生憎一番近いお皿には葡萄がない。

「食べにくいのなら切ってやろう」
 再び見兼ねたヘクトールから声が掛かった。なんだか気を使われている様な?
 切ると言っても、『ナイフなんてないわ』と返す前に、彼は腰に手を回して短刀を取り出した。
 なるほどナイフは自前なのね。
 大きな塊のお肉がヘクトールの手で小さく切り分けられて行く。
「これで食べられよう」
「済みません。ありがとうございます」
 ヘクトールはナイフを布でひと拭きし再び腰に仕舞った。
 切り分けられたお肉は骨付きの塊に比べれば随分と小さくなり食べやすい。しかしこれは私の一口サイズではなくて、まだヘクトールの一口サイズだ。
 ナイフを貸してくれればさらに三等分にいいえせめて半分に切るのに……

 例え大きかろうが、皇帝にここまでさせて食べない訳には行かない。なんせ先ほどのヘクトールの行動を見て、将軍らの視線が私の手元に集まっているのだ。
 私はフォークで一番小さそうなお肉を刺して口元へ運ぶ。口の中一杯にお肉の味が広がり、お肉ってこんな味だったなと思い出した。
 なんせ干し肉以外のお肉は随分と久しぶりだもん。
「美味いか?」
「ええ美味しいです」
 ただし私よりもテーアに食べさせてあげたいなと思ったが……


 私が皿の上の大量のお肉と格闘していると、突然廊下の方が騒がしくなった。
 兵士と女性の叫び声が聞こえているような?

 将軍らもその声に気付いた様で、徐々に食事の席の会話が無くなっていき、最後には誰も声を発することは無くなった。
 そうなれば廊下の声が部屋にも聞こえるようになった。

『どうしてあたしが入れないのよ!』
『申し訳ございませんが将軍以外は入れない・・・・・・・・・ようにと申し付かっております』

 どうやら女性がここに入ろうとして兵士に止められているらしい。

『昨日は大丈夫だったじゃない!」
『本日から例外は無くす・・・・・・と皇帝陛下からのご命令でございます』

 例外は無くす?
 チラッと視線を上げてヘクトールを見た。
 貴方は『将軍以外は入れない』と言ったその口で、例外である私を誘ったのか?
「お前が気にすることではない。
 おいネリウス、お前が行って止めて来い」
「ハッ」
 誰が来ているかなんてヘクトールはとっくに気づいていたのだろう。
 だから彼女の親であるネリウス将軍をやったのだろうけど、私ならきっと別の人選をしただろうなと思った。
 予想通り、ネリウス将軍は帰って来て、
「娘が一つだけ陛下にお伺いしたいことがあるそうです」と言った。
「分かった今回は特別だ聞いてやる」

 紫ドレスのリブッサがネリウス将軍に連れられて入って来た。彼女は真正面のヘクトールを見ていた。だから隣に座った私も同時に認識する。
 もっと違う事が言いたかっただろうに、私を見てしまったから彼女の表情は一瞬で怒りの色に染まってしまう。
「あたしを追い出してそんな貧相な小娘を隣に置くなんて!!」
 ついに彼女は公の席では・・・・・言ってはいけない暴言を吐いた。

「リブッサ、お前はいつから俺の正妻なったのだ。
 いいかお前が小娘と呼んだこのレティーツィアこそが、唯一俺の妻でありこの国の皇妃だぞ!
 だが今日だけは許してやる。分かったらさっさと去るがよいわ!」
「そんな……ヘクトール様……
 あたしよりもそんな女を選ぶと言うのですか!?」
「この際だから言っておく。いいか! 俺はお前に名を呼ぶのを許した覚えはない。
 俺の名を呼んでよいのは妻であるレティーツィアのみだと知れ」
「そ、そんな。
 お、お父様!」
 ヘクトールから叱責され打ちのめされたリブッサは隣に立つ父親に頼った。
「陛下、わたしも人の親でございます。娘の想いをご存知でしたらどうかご慈悲を」
「ネリウスはなにか勘違いしている様だな。
 俺はすでに皇妃レティーツィアへの暴言を許すと言う慈悲を与えておろう。これ以上望むのなら例えお前でも許さんぞ!」
 その言葉で場の空気が凍った。
 これ以上は不味い……
 そう感じた私は席を立った。注目の的であったヘクトールの隣にいた私が突然立ち上がったのだから、将軍らはザワッと声を漏らす。
 突然立ち上がった私を不思議そうに見つめてくるヘクトールに、
「本来ならば将軍しか呼ばれないはずの晩餐に女の私が居たのが問題でございました。
 これ以上この場を乱す訳には参りませんから自ら退席いたしますわ」
 一方的な宣言をしてスタスタと出口に向かって歩いて行く。そして間抜けに、そして不思議そうに目を見開いているネリウス父娘の脇を通って部屋を出て行った。
 あの父娘は最後まで不思議そうに私を見ていたが、ヘクトールこうていに取り入りその力に頼ろうとする者に私の気持ちなど分かるまい。

 途中で退座したから、普通に晩餐が終わるよりも早い帰宅。
 残念ながらロザムンデの愚痴を、小一時間ほど聞かされたわ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

貴方が望むなら死んであげる。でも、後に何があっても、後悔しないで。

四季
恋愛
私は人の本心を読むことができる。 だから婚約者が私に「死んでほしい」と思っていることも知っている。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください

みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。 自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。 主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが……… 切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...