山猿の皇妃

夏菜しの

文字の大きさ
上 下
7 / 47

07:孤立へ

しおりを挟む
 その翌日の事、再び宰相のラースが私の屋敷を訪問してきた。
 昨日の報告かしらと話しを聞くと、
「誠に申し訳ございません。
 実は皇妃様の生活費についてですが、今まで通りにお支払出来ない事になりました」
「どういう事?」
 驚きはした、しかし驚くよりも前に聞くべきことがある。
 しかし私の意思と反してざわっと部屋が揺れた。同席していた護衛と侍女がそれに反応したからだ。
 ちょっとごめんなさいとラースに断りを入れて、私は護衛と侍女を下がらせた。皆が嫌だと抵抗したが、先ほどの様に反応されても迷惑だとハッキリ言った。
「態度に出すなど三流以下よ」
 ときつく言えば、彼女たちは非を認めて退席した。
 さてこれで二人きり、しかし男と二人きりになる訳には行かないからドアは完全に閉めず、少々開けて置いた。

「発端は昨日の件で間違いないでしょう。
 ネリウス将軍が、皇帝陛下と一度も夜を共にしない皇妃にはその大役が務まっていないと進言されました。
 残念ですがそれに同意する将軍が多数おりました。
 皇帝陛下は皇妃様の年齢を理由にされてその場を諌めようとされましたが、それが逆効果だったようで、ならばもっと適切な年齢の女性を皇妃に据えるべきだと意見が上がりました」
 ヘクトールが私を擁護する様な発言をしたことには少々驚いた。
「つまりその候補の筆頭がネリウス将軍の娘リブッサと言うことかしら?」
 東を治めるもっとも信頼されているネリウス将軍は、将軍でもあり領主でもある。
「名前は出されておりませんが、そのつもりでしょうな」
 それを聞いて私は、あの女の頭の悪さは父親譲りなんだな~と理解した。

「悪いけどネリウス将軍の娘だけは無いわね」
「何故ですか?」
「皇帝陛下であるヘクトール様以外に権力が集まるからよ」
 最も信頼する将軍に権力が集まれば、今度の火種になるに決まっている。
「ご明察ですね。皇帝陛下もそれを危惧されておりまして、決してリブッサ様の誘惑には乗らないように気を付けていらっしゃいますよ」
 ヘクトールがそんな事をね。へぇ~
 どうやら私はヘクトールの評価をもう少し良い方向に改める必要があるらしい。もちろん夫ではなく、統治者としての評価だが……

「大体分かったわ。
 私を皇妃のままとした場合の落とし所が生活費それなのね」
 ラースは驚いて目を見開いた。
「わたしは貴女が皇妃になられて良かったと本気で思いました」
「悪いけどお世辞は要らないわ」
 だけどそうね、話すのならこのタイミングが良いかしら?
 先日から考えていたことの結論。ラースを完全に信頼した訳ではないが、消去法で他に適任は居ない。

 ここからは声が外に漏れないように小声を意識して話す。
「その代りと言ってはなんだけど、ラース、あなたにいろいろとお願いがあるわ。もちろん聞いて貰えるわよね?」
「わたしに出来る事でしたら良いのですが」
 小声にすぐに反応してあちらも小声で返してきた。
 悪くない反応だわ。
「皇妃からの頼みなのよ喜んですべてやりなさいな」
「わたしは出来もしない事に対して安請け合いはしない性質なのです」
 なんでもやりますと言う狂信者に比べれば悪くない回答だと思う。まあ一国の宰相を名乗るのだからこのくらい口が達者でないと務まるまい。

「二つあるわ。
 まず信頼できる商人を紹介して頂戴。生活に必要な品をその商人から買うわ」
「判りました。直接屋敷に行かせても?」
「男性なら……、いえ構わないわ。屋敷に呼んで頂戴」
「はい。もう一つは」
「国庫からお金を出さない件を貴方から従者に伝えて貰っても?」
「構いませんが、よろしいのですか?」
「だってその方が説得力があるでしょう」
 お金がないから護衛や侍女を雇えない。だからこそ彼女たちを解雇する言い訳になる。
「確かにそうですが、意図を聞いても?」
「秘密よ」
「ではわたしが代わりに言いましょうか、つまり監視の排除ですね」
「……」
「これでも一国の宰相ですからね。その手の話ならいくらか存じているつもりですよ」
 私にそれを明かすと言う事は、知っているぞと言う宣言以外何物でもない。
 もしも初日にヘクトールに手つきにされていたなら、三日目のダニエルの誘いを私は断れただろうか?
 そしてその行為が知れていたら命は……
 いや止めようこれこそたられば・・・・の話だ。

「さて祖国からの監視を排除されると本気で仰っていらっしゃるのでしたら、わたしは皇妃様の味方になれると思いますよ?」
「あら私に味方するよりも、もっといい人がきっといるわよ」
「それはあり得ません。皇帝陛下以外・・に権力が集中してはならないのです」
「あらあなた随分と先を視ているのね」
 ヘクトールが倒れた後、子とその者で権力争いが始まると言う懸念。そして彼の言う〝以外〟には皇妃の私も含まれているのだと分かった。
 だからライヘンベルガー王国の王女わたしか。
 槍で民衆を突き返すような評判の悪い国の姫ならば、どうせ人気なんて出ないと言った所かしら。
「おや皇妃様は可笑しなことを仰いますね。
 何が起きるかなんて分かりませんよ?」
 先ほど軽く流した、私が子を宿したらヘクトールを暗殺すると言う祖国の悪巧みに釘を刺してきたのだろう。
 一国の宰相を名乗るだけはある。やっぱり食えない男だわ。
「悪いのだけど私は味方なんて募集していないのよ。
 でもそうね、敵じゃないくらいは思ってあげても良いわよ」
「畏まりました、今はそれで構いません。その先はわたしの今後の働きで信頼を勝ち取ることにいたします」


 ラースは約束の通り、広間に集めた護衛と侍女の前でその決定を伝えてくれた。
 いきり立った護衛や侍女の罵倒がすべてラースに向かう。彼は直接関係ないと言うのに、悪い事をした。
「おやめなさい」
 私が声を出すと、彼女たちの罵声は小さくなっていきやがて消えた。もう良いわとラースに視線を送り退席させた。

 ラースが扉の向こうに消えた後、
「皆には祖国を離れてここまで来てくれたことを感謝します」
「そんなレティーツィア様。わたくしたちには勿体ないお言葉ですわ」
「先ほど宰相が話したことは決定事項です。
 宰相のラースはそうならないように尽力してくれたそうですが、残念ながら私の生活費は今後は支払って貰えないそうです」
「なぜそんなことに!?」
「この国の山猿はどれだけ皇妃様をないがしろにするのですか!」

「落ち着いて頂戴。
 将軍たちの話では、皇帝が寄り付かない私は皇妃でもなんでもないそうよ」
「そんなのあのぼんくら皇帝がレティーツィア様の魅力に気づいていないだけです!」
 へぇ面白い事を言うな~と少しだけ胸がスッとして気分が晴れたが、ここで表情を緩める訳には行かない。
 これ以上言わせて侮辱罪でしょっ引かれるのも困る。
 努めて顔を引き締めると、
「決定したことは覆りません。
 先ほど述べたように私には生活費が支払われなくなります。そうなると貴女達に給金が支払えません。
 良いですか、ここに少しばかりのお金があります。ライヘンベルガー王国に帰るくらいにしかならないけれど、どうかこれを持って祖国へお帰りなさい」
 すると私を残して帰れないと言う子、それに気を使って帰ると言いだせない子に分かれ始めた。
 もう一押しかな。
「大丈夫よ。貴女達が居なくなっても私は絶対に諦めないわ。
 祖国に帰ったら、必ず、そうお父様に伝えて頂戴」
 私はあえて勘違いする台詞を言った。
 さてこれでどうかな?

 彼女たちは顔を見合わせた。すると代表して護衛隊長が一歩前に出てくる。
「判りました私たちはライヘンベルガー王国に帰ります。
 ですがこの扱いは必ずライヘンベルガー国王陛下にお伝えします。それまでご辛抱ください!」
 そう言う迷惑な事はやめて欲しいなと思うが、このくらいの事は宰相も想像している事だろうから、後始末は丸投げすることに決めた。
 判ってくれてありがとうと言う心にもない芝居をして私はついに一人になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

【4/5発売予定】二度目の公爵夫人が復讐を画策する隣で、夫である公爵は妻に名前を呼んでほしくて頑張っています

朱音ゆうひ
恋愛
政略結婚で第一皇子派のランヴェール公爵家に嫁いだディリートは、不仲な夫アシルの政敵である皇甥イゼキウスと親しくなった。イゼキウスは玉座を狙っており、ディリートは彼を支援した。 だが、政敵をことごとく排除して即位したイゼキウスはディリートを裏切り、悪女として断罪した。 処刑されたディリートは、母の形見の力により過去に戻り、復讐を誓う。 再び公爵家に嫁ぐディリート。しかし夫が一度目の人生と違い、どんどん変な人になっていく。妻はシリアスにざまぁをしたいのに夫がラブコメに引っ張っていく!? ※タイトルが変更となり、株式会社indent/NolaブックスBloomで4月5日発売予定です。 イラストレーター:ボダックス様 タイトル:『復讐の悪女、過去に戻って政略結婚からやり直したが、夫の様子がどうもおかしい。』 https://nola-novel.com/bloom/novels/ewlcvwqxotc アルファポリスは他社商業作品の掲載ができない規約のため、発売日までは掲載していますが、発売日の後にこの作品は非公開になります。(他の小説サイトは掲載継続です) よろしくお願いいたします!

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

女の嘘で島流しの刑に処されることとなってしまいましたが……。~勝手に破滅へ向かうのを眺めるというのも悪くないですね~

四季
恋愛
アイリーン・ルーベンは王子イリッシュ・アーボンと婚約していた。 しかし彼には他に女がいて。 ある時その女ウルリエがついた嘘によってアイリーンは婚約破棄されたうえ島流しの刑に処されることとなってしまう。

義母によって塔に閉じ込められた私は復讐の時を待っていたのですが……。

四季
恋愛
私、リリー・オルテトッテは、領地持ちの家に生まれた。 しかし私がまだ幼いうちに母親は病気にかかり、放置されたため亡くなってしまい、その数年後父親は女性と再婚した。

処理中です...