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23:暴露、それから②
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馬車ではなく馬に騎乗したハロルドが駆け込んできた。いつもの穏やかな表情は鳴りを潜め、剣呑な表情を見せていた。
どうやら両親から話を聞いたらしい。
「上がれ」
ハロルドは何も言わずに首肯した。
俺たちは応接室に場所を移した。
「兄さん……」
苦渋の表情を浮かべたハロルドがテーブルの向こうに座っている。
「話を聞いたんだな」
「ああ聞いたよ。なんでこんなことをしたんだよ」
感情を押し殺したような平坦な声が聞こえた。
怒鳴りつけて感情を露わにすればもっと楽に生きられるだろうに、こいつはいつも感情を押し殺すから変なところで苦労している。
「そんなの決まっている。俺が幸せを掴むためさ」
「だったら義姉上はどうなるんだよ!?」
「エーデラは知っていてこの話に乗ったんだ。だったらお互い様だろう」
「お互い様だって? どの口がそれを言うんだよ」
「ああそうか。
悪かったなハロルド。でももういいぞお前の好きにしろよ」
「なんだよそれ……、どういう意味で言ってるんだよ?」
「お前は昔からエーデルトラウトの事が好きだったのだろう?
俺の提案で一度は奪ったことになったが、俺と離婚すればあいつはフリーだ。今後はお前の好きにしたらいい」
「違う! いまそんな話はしてない!!」
ああそうか……
「安心しろ俺はエーデルトラウトには手を出していないぞ」
「だから違うと言っている! いいか! エーデラは物じゃない!!」
ハロルドは叫びながら立ち上がると、テーブルを乗り越えて飛びかかって来た。
いきなりで胸倉こそ掴まれたが、しかしテーブルと言う障害のお陰で、振り上げた手を掴み殴られるのは阻止した。
殴れなかったからか、ハロルドの怒りの顔が歪む。
奴は上身を起こし……
ゴン!
目がチカチカして一瞬何が起きたのか分からなかった。その衝撃で抑えていた腕の力が緩み、次の瞬間、頬に痛みが走った。
何度も、何度も……
殴られるのを防ぐために、両手で頭を抱えながら、俺は馬乗りになっていたハロルドの腹を膝で蹴り上げた。
「うぐっ」
ハロルドがうめき声を上げて腹を庇うと体重がほんの少しだけ浮いた。俺は体を捻ってハロルドを放るとソファから立ち上がって距離を取った。
痛みを堪えて怒りに燃えるハロルド。額が赤くなっているから最初の衝撃はきっと頭突きだったのかと気づく。
「ハロルド! てめぇいい加減にしろよ」
怒りに任せて殴りつければ、ハロルドは微動だにせずにそれを受けた。
嫌な感触が手に残る。
「チッ! 帰れよ!」
「また来る!!」
「ふざけるな! もう来なくていい!」
「また来る!!」
ハロルドは怒りに任せてドアを開け、取って返す手でドアを目一杯閉じた。
バンッ!!
扉の締まる大きな音を聞いて何故か安堵した。
※
ハロルドが屋敷に戻ると両親が慌てて駆けてきた。
「あなたいったいどこに行って……
キャァ!? どうしたのよこの傷は!?」
「おいっどうしたその怪我は!? 誰にやられた!?」
「兄さんと喧嘩して来た」
「馬鹿な!? どうしてお前が」
「義姉上を、エーデラを不幸にしたのが許せなかったんだ」
「ハロルド、よく聞け。
ルーカスは確かに大馬鹿だった。だがなエーデルトラウトもまた馬鹿だ。あの子はルーカスの愚かな提案に乗ったんだよ」
「でも兄さんがこんなことを提案しなければ何も起きなかった。
そうですよね父上」
「それはそうだが……」
「あなた。ルーカスを追い込んだのはわたくしたちですわ。
だってわたくしたちは、あの子がこれほど本気だったなんて知らなかったのだもの。もしもあの時、結婚を許して上げていればこんな大事にはならなかったのに……」
「認めてやるしかないのか」
「いまは兄さんの事なんてどうでも良いだろう!」
「何を言うか!? これは我がヴェーデナー家の一大事だぞ」
「ああそうさ。一大事だよ。
だけどそれは兄さんの事じゃあない。ヴェーデナー公爵家とエーデラのシュナレンベルガー公爵家の関係の方こそ大事じゃないか!?」
公爵家同士がいがみ合えば、このことはいずれ陛下の耳にも入るだろう。
その時、こんな馬鹿げた話をしなければならないかと思うと、ヴェーデナー公爵はとても気が重かった。
「むむむ、だが我が家の方針が決まらなければ、シュナレンベルガーの奴に言う言葉も見つからん」
「そんなのは決まってる。
まずは謝罪、そしてエーデラの事を最優先にすべきでしょう」
「いや、だがな。今回の件は二人で決めた事だと言うではないか。
こちらが一方的に悪いというのはどうだろうか?」
「何を馬鹿な事を言ってるんだよ!
火が無ければ油だって燃えたりしないんだ。だったら提案した兄さんが悪いに決まってるじゃないか!」
「むむぅ……」
「謝罪は構いません。だけど二人には離婚はして貰いましょう」
「どうしてそう言う話になるんだよ?」
「だってねえ……
エーデルトラウトは偽装の妻で、本当は何の関係もなかったのだもの。生まれてきた赤ちゃんの事を考えれば仕方がないじゃない」
「仕方ないだって!?
それじゃエーデラが……
いやもういい! だったら僕がエーデラを貰う」
「ハロルド! あなた自分が何を言っているのか分かっているの!?
偽の夫婦だったとはいえ、エーデルトラウトはルーカスの妻だったのよ。それを弟のあなたが娶るなんてどれだけ周りから後ろ指差されるか判ってるの?」
「そんなもの、二人の関係が嘘だったと公表すればいい」
「ハロルド、すこし落ち着きなさい。
儂らにも立場と言うものがある。そのような事を今さら言える訳がないだろう?
そしてそれを承知で言ったとしても、その話が広まれば一番傷つくのはエーデルトラウトだと気づかんのか」
「っ……」
「そうよハロルド落ち着いて頂戴。
今回の件はどう転んでもあの子の名誉は傷つくのよ」
「でも僕は絶対にあきらめない!」
「やれやれあの兄にして、この弟ありか」
当然だが、ヴェーデナー公爵家からの謝罪は受け入れられなかった。
どうやら両親から話を聞いたらしい。
「上がれ」
ハロルドは何も言わずに首肯した。
俺たちは応接室に場所を移した。
「兄さん……」
苦渋の表情を浮かべたハロルドがテーブルの向こうに座っている。
「話を聞いたんだな」
「ああ聞いたよ。なんでこんなことをしたんだよ」
感情を押し殺したような平坦な声が聞こえた。
怒鳴りつけて感情を露わにすればもっと楽に生きられるだろうに、こいつはいつも感情を押し殺すから変なところで苦労している。
「そんなの決まっている。俺が幸せを掴むためさ」
「だったら義姉上はどうなるんだよ!?」
「エーデラは知っていてこの話に乗ったんだ。だったらお互い様だろう」
「お互い様だって? どの口がそれを言うんだよ」
「ああそうか。
悪かったなハロルド。でももういいぞお前の好きにしろよ」
「なんだよそれ……、どういう意味で言ってるんだよ?」
「お前は昔からエーデルトラウトの事が好きだったのだろう?
俺の提案で一度は奪ったことになったが、俺と離婚すればあいつはフリーだ。今後はお前の好きにしたらいい」
「違う! いまそんな話はしてない!!」
ああそうか……
「安心しろ俺はエーデルトラウトには手を出していないぞ」
「だから違うと言っている! いいか! エーデラは物じゃない!!」
ハロルドは叫びながら立ち上がると、テーブルを乗り越えて飛びかかって来た。
いきなりで胸倉こそ掴まれたが、しかしテーブルと言う障害のお陰で、振り上げた手を掴み殴られるのは阻止した。
殴れなかったからか、ハロルドの怒りの顔が歪む。
奴は上身を起こし……
ゴン!
目がチカチカして一瞬何が起きたのか分からなかった。その衝撃で抑えていた腕の力が緩み、次の瞬間、頬に痛みが走った。
何度も、何度も……
殴られるのを防ぐために、両手で頭を抱えながら、俺は馬乗りになっていたハロルドの腹を膝で蹴り上げた。
「うぐっ」
ハロルドがうめき声を上げて腹を庇うと体重がほんの少しだけ浮いた。俺は体を捻ってハロルドを放るとソファから立ち上がって距離を取った。
痛みを堪えて怒りに燃えるハロルド。額が赤くなっているから最初の衝撃はきっと頭突きだったのかと気づく。
「ハロルド! てめぇいい加減にしろよ」
怒りに任せて殴りつければ、ハロルドは微動だにせずにそれを受けた。
嫌な感触が手に残る。
「チッ! 帰れよ!」
「また来る!!」
「ふざけるな! もう来なくていい!」
「また来る!!」
ハロルドは怒りに任せてドアを開け、取って返す手でドアを目一杯閉じた。
バンッ!!
扉の締まる大きな音を聞いて何故か安堵した。
※
ハロルドが屋敷に戻ると両親が慌てて駆けてきた。
「あなたいったいどこに行って……
キャァ!? どうしたのよこの傷は!?」
「おいっどうしたその怪我は!? 誰にやられた!?」
「兄さんと喧嘩して来た」
「馬鹿な!? どうしてお前が」
「義姉上を、エーデラを不幸にしたのが許せなかったんだ」
「ハロルド、よく聞け。
ルーカスは確かに大馬鹿だった。だがなエーデルトラウトもまた馬鹿だ。あの子はルーカスの愚かな提案に乗ったんだよ」
「でも兄さんがこんなことを提案しなければ何も起きなかった。
そうですよね父上」
「それはそうだが……」
「あなた。ルーカスを追い込んだのはわたくしたちですわ。
だってわたくしたちは、あの子がこれほど本気だったなんて知らなかったのだもの。もしもあの時、結婚を許して上げていればこんな大事にはならなかったのに……」
「認めてやるしかないのか」
「いまは兄さんの事なんてどうでも良いだろう!」
「何を言うか!? これは我がヴェーデナー家の一大事だぞ」
「ああそうさ。一大事だよ。
だけどそれは兄さんの事じゃあない。ヴェーデナー公爵家とエーデラのシュナレンベルガー公爵家の関係の方こそ大事じゃないか!?」
公爵家同士がいがみ合えば、このことはいずれ陛下の耳にも入るだろう。
その時、こんな馬鹿げた話をしなければならないかと思うと、ヴェーデナー公爵はとても気が重かった。
「むむむ、だが我が家の方針が決まらなければ、シュナレンベルガーの奴に言う言葉も見つからん」
「そんなのは決まってる。
まずは謝罪、そしてエーデラの事を最優先にすべきでしょう」
「いや、だがな。今回の件は二人で決めた事だと言うではないか。
こちらが一方的に悪いというのはどうだろうか?」
「何を馬鹿な事を言ってるんだよ!
火が無ければ油だって燃えたりしないんだ。だったら提案した兄さんが悪いに決まってるじゃないか!」
「むむぅ……」
「謝罪は構いません。だけど二人には離婚はして貰いましょう」
「どうしてそう言う話になるんだよ?」
「だってねえ……
エーデルトラウトは偽装の妻で、本当は何の関係もなかったのだもの。生まれてきた赤ちゃんの事を考えれば仕方がないじゃない」
「仕方ないだって!?
それじゃエーデラが……
いやもういい! だったら僕がエーデラを貰う」
「ハロルド! あなた自分が何を言っているのか分かっているの!?
偽の夫婦だったとはいえ、エーデルトラウトはルーカスの妻だったのよ。それを弟のあなたが娶るなんてどれだけ周りから後ろ指差されるか判ってるの?」
「そんなもの、二人の関係が嘘だったと公表すればいい」
「ハロルド、すこし落ち着きなさい。
儂らにも立場と言うものがある。そのような事を今さら言える訳がないだろう?
そしてそれを承知で言ったとしても、その話が広まれば一番傷つくのはエーデルトラウトだと気づかんのか」
「っ……」
「そうよハロルド落ち着いて頂戴。
今回の件はどう転んでもあの子の名誉は傷つくのよ」
「でも僕は絶対にあきらめない!」
「やれやれあの兄にして、この弟ありか」
当然だが、ヴェーデナー公爵家からの謝罪は受け入れられなかった。
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