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22:暴露、それから①
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帰りの馬車の中。
怒りを堪えるお父様は終始無言で、時折思い出したかのように舌打ちを漏らした。それを聞いてお母様は目をハンカチで拭いながら小さく嗚咽を漏らす。
頭ごなしに怒鳴りつけてくれれば、いかにルーカスが悪いのかを懇切丁寧に伝えただろうに沈黙はキツい。
まるで針のむしろに座らされている気分だわ。
ほんの一〇分。
わたしはシュナレンベルガー邸に帰って来た。
馬車の音が聞こえたのだろう、玄関に入るとお兄様とお義姉様が玄関ホールに降りてくる所に出くわした。
二人はわたしを見て不思議そうに首を傾げると、互いに顔見合わせてから、お兄様が口を開いた。
「エーデラは産後だろう。出歩いても平気なのか?」
「チッ! 忌々しい!」
馬車の中で散々聞いた舌打ちがより大きく漏れてきた。
「何かあったのですね父上」
「何かあったなんてものじゃない!!
エーデラ! お前は何と言う馬鹿な事を!」
ついに怒りに任せてお父様の手が振りあがった。
わたしは目を閉じて体を強張らせてその時を待った。
しかしその瞬間は一向に来なくて、堪えきれなくなりついには恐る恐る目を開けた。するとなんと、振りあがったお父様の手首をお兄様が易々と掴み捻り上げていた。
ちなみにお兄様はすっかり冷めた顔でお父様を睨みつけている。
「どういう事情があったのかは知りませんが、俺のエーデラに暴力は許せませんね」
わたしの名前に不穏な枕詞がついているのはいつもの事なのでこの際良しとしよう。
だけどそれ、いま言う必要あった?
普通に『暴力は駄目だ』だけで良くない?
場所を変えて、わたしたちは家族用の談話室に入った。
お母様は気分が悪いと言って退席し、お義姉様はその看病を名目に席を外した。きっとお父様とお兄様のただならぬ気配を察して君子危うきに~という奴に違いない。
卑怯だなんて言わない。
当事者じゃなければ、きっとわたしもそうしたもの……
「それで、父上はいったい何にお怒りなのですか?」
「ルーカスに愛人がいたのだ!」
「なるほど……」
妹大好きなお兄様のことだから、きっとお父様以上に怒り狂うと思っていたが、その声色は思った以上に落ち着いていてホッとした。
きっとお兄様は冷静に状況を把握するつもりなのね。
わたしが内心でお兄様の株を上げていると……
「おいレーダ、うちにある銃をありったけ持ってこい」
やはり落ち着いた声でそんなことを言いだした。
全然ダメじゃん!?
「待ってお兄様、そんなの持ち出してどうするのよ!?」
「そんなことは決まっている。エーデラに不名誉を与えた、あの餓鬼と愛人をぶっ殺してくるんだ」
「落ち着けエックハルト」
お父様の瞳に理性の光が戻って来た。
人は自分よりブチ切れた人を見ると怒りが覚めると言うが、いまのお父様はまさにそれだった。
「何故ですか、俺のエーデラが辱められたのですよ?
どこに許す必要があるというのです」
「いや違うんだ、このことはエーデラも合意していた。
そうだな、エーデラ」
「ごめんなさい、わたしも悪いの。
ルーカスに提案されて乗っちゃたんだもの」
「つまりあの餓鬼の二股を公認したという事か!?」
「いいえそれは違うわ。
ルーカスが関係を持っていたのは愛人だけで、わたしとそう言う関係はないの。わたしの役割は世間の目を誤魔化すための偽装妻よ」
「つまり結婚してからずっと関係が無いと?」
「ええ」
「これっぽっちも?」
「そうだけど!!
お兄様これ以上はセクハラです!」
「す、すまん」
それからわたしは遅れて帰って来たイルマを交えて、事細かにこの偽装結婚を発端から話し始めた。
※
産後マルグリットと赤子を心配して二人の側を離れたがらないルーカスを残し、ヴェーデナー公爵は屋敷に帰って来た。
考えるのはこれからの事。
やっと愛人を諦めて、エーデラと結婚したかと思っていたのに、実は違ったという大問題。
相手が下級貴族ならば、今後に色々と便宜を図ることで、この件をもみ消すこともできただろう。だが相手はこちらと同じ公爵家。便宜を図るから忘れろなどと軽々しく言える相手ではない。
「お帰りなさい、赤ちゃんはどうでした?」
ハロルドの何気ない問いかけに、公爵夫人はついに限界を迎えハラハラと泣き出した。それを見てヴェーデナー公爵は顔を顰めた。
こんなものが初孫に会って来た祖父母の顔かとハロルドは疑問を抱く。
「まさか生まれた子に何か異常があったのですか?」
「いや健康そうな子だった」
公爵は辛うじて細い声を絞り出した。
「事情を聞かせて頂けますね?」
これからの事を考えれば、ハロルドに秘密にするなどあり得ない。ヴェーデナー公爵は先ほど聞いた話をそのまま伝えた。
※
ルーカスが自分との関係を暴露した事に、驚き、そして怒りが湧いた。
こんなに早く暴露しても上手く行かないと分かっていた。暴露するならもっと先、あの女が年齢的にどうしようもなくなった頃じゃないと意味が無い。
このまま離婚が決定すれば、まだ若いあの女はきっとやり直せる。
もっと、もっと先。
生まれた我が子が公爵家を継いだとき、あの女に言ってやりたかった。
『出て行きなさい!』と、
そして老いさらばえたあの女は泣きながら頼むの。
『ここに置いてください』ってね。
『良いわ置いて上げる、でもあんたは今日からあたしの使用人よ。精々あたしの機嫌を損ねないように尽くす事ね!』
くっあははは。
マルグリットはもう来ない未来を夢見て笑った。
物思いに耽っていた所にどこからか喧騒が聞こえてきて現実に引き戻された。
何よ一体。
ドアをそっと開けて音の先を辿るとどうやら応接室の様だ。
あの女の兄あたりが怒鳴り込んで来たのかしら?
きっと殴り合いになるだろう、だが割って入るつもりは毛頭ない。あたしの計画を台無しにしてくれたのだから、少しは痛い目をみればいいのよ。
怒りを堪えるお父様は終始無言で、時折思い出したかのように舌打ちを漏らした。それを聞いてお母様は目をハンカチで拭いながら小さく嗚咽を漏らす。
頭ごなしに怒鳴りつけてくれれば、いかにルーカスが悪いのかを懇切丁寧に伝えただろうに沈黙はキツい。
まるで針のむしろに座らされている気分だわ。
ほんの一〇分。
わたしはシュナレンベルガー邸に帰って来た。
馬車の音が聞こえたのだろう、玄関に入るとお兄様とお義姉様が玄関ホールに降りてくる所に出くわした。
二人はわたしを見て不思議そうに首を傾げると、互いに顔見合わせてから、お兄様が口を開いた。
「エーデラは産後だろう。出歩いても平気なのか?」
「チッ! 忌々しい!」
馬車の中で散々聞いた舌打ちがより大きく漏れてきた。
「何かあったのですね父上」
「何かあったなんてものじゃない!!
エーデラ! お前は何と言う馬鹿な事を!」
ついに怒りに任せてお父様の手が振りあがった。
わたしは目を閉じて体を強張らせてその時を待った。
しかしその瞬間は一向に来なくて、堪えきれなくなりついには恐る恐る目を開けた。するとなんと、振りあがったお父様の手首をお兄様が易々と掴み捻り上げていた。
ちなみにお兄様はすっかり冷めた顔でお父様を睨みつけている。
「どういう事情があったのかは知りませんが、俺のエーデラに暴力は許せませんね」
わたしの名前に不穏な枕詞がついているのはいつもの事なのでこの際良しとしよう。
だけどそれ、いま言う必要あった?
普通に『暴力は駄目だ』だけで良くない?
場所を変えて、わたしたちは家族用の談話室に入った。
お母様は気分が悪いと言って退席し、お義姉様はその看病を名目に席を外した。きっとお父様とお兄様のただならぬ気配を察して君子危うきに~という奴に違いない。
卑怯だなんて言わない。
当事者じゃなければ、きっとわたしもそうしたもの……
「それで、父上はいったい何にお怒りなのですか?」
「ルーカスに愛人がいたのだ!」
「なるほど……」
妹大好きなお兄様のことだから、きっとお父様以上に怒り狂うと思っていたが、その声色は思った以上に落ち着いていてホッとした。
きっとお兄様は冷静に状況を把握するつもりなのね。
わたしが内心でお兄様の株を上げていると……
「おいレーダ、うちにある銃をありったけ持ってこい」
やはり落ち着いた声でそんなことを言いだした。
全然ダメじゃん!?
「待ってお兄様、そんなの持ち出してどうするのよ!?」
「そんなことは決まっている。エーデラに不名誉を与えた、あの餓鬼と愛人をぶっ殺してくるんだ」
「落ち着けエックハルト」
お父様の瞳に理性の光が戻って来た。
人は自分よりブチ切れた人を見ると怒りが覚めると言うが、いまのお父様はまさにそれだった。
「何故ですか、俺のエーデラが辱められたのですよ?
どこに許す必要があるというのです」
「いや違うんだ、このことはエーデラも合意していた。
そうだな、エーデラ」
「ごめんなさい、わたしも悪いの。
ルーカスに提案されて乗っちゃたんだもの」
「つまりあの餓鬼の二股を公認したという事か!?」
「いいえそれは違うわ。
ルーカスが関係を持っていたのは愛人だけで、わたしとそう言う関係はないの。わたしの役割は世間の目を誤魔化すための偽装妻よ」
「つまり結婚してからずっと関係が無いと?」
「ええ」
「これっぽっちも?」
「そうだけど!!
お兄様これ以上はセクハラです!」
「す、すまん」
それからわたしは遅れて帰って来たイルマを交えて、事細かにこの偽装結婚を発端から話し始めた。
※
産後マルグリットと赤子を心配して二人の側を離れたがらないルーカスを残し、ヴェーデナー公爵は屋敷に帰って来た。
考えるのはこれからの事。
やっと愛人を諦めて、エーデラと結婚したかと思っていたのに、実は違ったという大問題。
相手が下級貴族ならば、今後に色々と便宜を図ることで、この件をもみ消すこともできただろう。だが相手はこちらと同じ公爵家。便宜を図るから忘れろなどと軽々しく言える相手ではない。
「お帰りなさい、赤ちゃんはどうでした?」
ハロルドの何気ない問いかけに、公爵夫人はついに限界を迎えハラハラと泣き出した。それを見てヴェーデナー公爵は顔を顰めた。
こんなものが初孫に会って来た祖父母の顔かとハロルドは疑問を抱く。
「まさか生まれた子に何か異常があったのですか?」
「いや健康そうな子だった」
公爵は辛うじて細い声を絞り出した。
「事情を聞かせて頂けますね?」
これからの事を考えれば、ハロルドに秘密にするなどあり得ない。ヴェーデナー公爵は先ほど聞いた話をそのまま伝えた。
※
ルーカスが自分との関係を暴露した事に、驚き、そして怒りが湧いた。
こんなに早く暴露しても上手く行かないと分かっていた。暴露するならもっと先、あの女が年齢的にどうしようもなくなった頃じゃないと意味が無い。
このまま離婚が決定すれば、まだ若いあの女はきっとやり直せる。
もっと、もっと先。
生まれた我が子が公爵家を継いだとき、あの女に言ってやりたかった。
『出て行きなさい!』と、
そして老いさらばえたあの女は泣きながら頼むの。
『ここに置いてください』ってね。
『良いわ置いて上げる、でもあんたは今日からあたしの使用人よ。精々あたしの機嫌を損ねないように尽くす事ね!』
くっあははは。
マルグリットはもう来ない未来を夢見て笑った。
物思いに耽っていた所にどこからか喧騒が聞こえてきて現実に引き戻された。
何よ一体。
ドアをそっと開けて音の先を辿るとどうやら応接室の様だ。
あの女の兄あたりが怒鳴り込んで来たのかしら?
きっと殴り合いになるだろう、だが割って入るつもりは毛頭ない。あたしの計画を台無しにしてくれたのだから、少しは痛い目をみればいいのよ。
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