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15:デート?②

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 お礼と称したお食事会のつもりだったが、黙々とあまたのデザートを頬張るハロルドの必死な様を見てわたしは心を入れ替えた。
 うん。ちゃんとお礼しよう。

「ねえハロルド、この後時間はあるかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「じゃあ少し買い物に付き合ってくれる」
「分かりましたけど……
 えっと、済みませんがもう少しだけ待ってください」
 そう言ってハロルドは珈琲を注文した。
「ごめんなさい喉が渇いていたのね」
「いえそうではなくて、ちょっと胸がいっぱいになったので……」
「お腹じゃなくて?」
「ええ」
 ハロルドはデザート八皿の甘ったるさに胸が一杯になったようで、頼んだ珈琲をブラックで飲み始めた。
 きっと中和のつもりでしょうけど、これってそう言う問題かしら?

 たっぷり一時間。ハロルドはことさらゆっくりと珈琲を飲んだ。だがそれを遅すぎるとわたしが不満を言う資格は間違いなく無い。


 自分の馬車は帰していたので、わたしはハロルドの馬車に乗った。
 向かったのは大通りに面した紳士向けの雑貨店だ。大通りに有るだけあって、値が張るが取り扱っている品は一級品ばかり、ここならハロルドが気に入る品もあるだろう。
「ここのお店でいいかしら?」
「いいもなにも、ここらは紳士用のお店ばかりですよ」
「あらこれから買うのはハロルドへのお礼の品だもの、だったら紳士用のお店なのは当然でしょう」
「えっ? いや悪いよ。だってお礼ならさっき食事を奢って貰ったじゃないか」
「あれだけじゃわたしの気持ちは収まらないのよ」
 むしろ騙くらかして仕事の手伝いをさせた分、罪悪感の方が増したわ。

「それにここらへんは、結構高いお店だよ?」
「ふふっそう言う心配はしなくていいわ。
 まさかここの品一つ買ったくらいで公爵家が傾くなんてこと無いでしょ」
「そりゃそうだけど……
 わかったよ」
「あら急に素直になったわね」
「だって義姉上は昔から言い出したら聞かないじゃないか」
 幼い頃はルーカスが何かを提案し、それにわたしが乗る。
 そして年下のハロルドは『止めよう』と言うけど、結局わたしたちを止められず、常に被害者になっていた。
 きっとそれの事かしら?
 わたしからすると言いだしっぺのルーカスが悪いのだけど、まあ今となってはどうでも良いわよね。
「はいはい。そういう事で良いから、先ずは入りましょう」


 店に入ると待ってましたとばかりに店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。
 本日は何をお探しでしょうか?」
 わたしは答えずハロルドを見た。
「ペンを見せて貰えるかな」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
 店員は店の奥にあるカウンターの一つに案内してくれた。ガラス張りのショーケース兼カウンターの中にはいくつものペンが並んでいた。
 ここは一級品ばかりを扱うお店なので、純粋に好みや品の良さだけで選べるようにと、値札はすべて裏向けられている。

 ハロルドが見ているのは、昔ながらのインクを付けて書くペンではなく、最近流行りだした異国のインクを内部のボトルに補充するタイプのペンだ。
 ショーケースを覗きこむハロルドを見守っていると、
「お嬢様からのプレゼントですか?」と問い掛けてきた。
「ええそうよ」
「それは羨ましい」
「ところでお嬢様と呼ばれるのは嬉しいけれど、わたしはもう結婚しています。今後は夫人と呼んで下さる」
「それは失礼いたしました。
 では本日は旦那様に贈られるのですね」
「いいえ彼は義弟よ」
「左様でしたか。重ね重ねの失礼にお詫び申し上げます」
 そう言って恐縮する店員の向こう側でハロルドが、何とも言いようも無い物憂げな笑みでこちらを見つめていた。
「どうかしたハロルド?」
「いえ、別に……」
 もしかして好みのペンが無かったのかしら。
 そう思っていたけれど、ハロルドはしばらくして異国製のペンを選んだ。


 店を出ると、
「義姉上、ありがとうございました。
 これ、大切にしますね」
 店内での物憂げな笑みと違って、爽やかな笑みでお礼を言われた。
「ハロルドはルーカスと違うもの。そんなことを態々言わなくても、アイツと違って駄々草に使ったりしないって分かってるわよ」
「そっか……」
 再び物憂げな笑み。
 さっきからハロルドッたら、爽やかと物憂げがちょいちょい混じって来るわね。何か気に障ることでもあったのかしら?

「あの~義姉上」
「なーに?」
「今日の記念に僕が何か贈ったら迷惑ですか?」
「あははっそれ何の記念よ」
「ははっ確かに、なんでしょうね……」
「そうねぇわたしは男性が女性に何か贈るのに特別な理由は要らないと思うわよ。
 でも……貰うのがわたしで良いの?」
「だったら問題ありません!
 だって特別な理由は要らないんでしょう?」
「そうね。
 ふふっ一体何を贈って貰えるのかしら?」

「屋敷で着られる普段着なんてどうでしょう」
「あーうん。一つ忠告しておくわね。
 そういうのは親しくない女性に贈るのは止めた方が良いわよ」
「ど、どうしてですか?」
「付き合ってもいない男性から身に着ける物を贈られてもね。おまけに部屋でリラックスしている時に着る普段着でしょう?
 正直引くわよ」
「……身に着けるということは装飾品も含みますか?」
「そうね。指輪は特別な意味があるし、首に着けるネックレスも支配欲や束縛を意味するから避けた方が良いわね。
 う~ん腕に着けるブレスレットならギリギリ有り、いえやっぱり無し?」
「えーとじゃあ普通はどういった物を贈るんでしょうか?」
「お付き合いしていないなら、消えてなくなるお茶の葉やお菓子、それからお花が鉄板じゃない?」
「お菓子にお花ですか……」
「あっ、でもわたしたちは幼馴染でいまはもう姉弟なんだし、そんなの気にしなくていいわね」
「いえ……、今日はお花を贈らせて貰います」
「あらそう?」
 なぜかハロルドは、今日一の物憂げな笑みを浮かべた。
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