伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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30:白馬の3

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 小一時間後。
 女性兵士らがベリーを連れて帰って来た。驚くことに馬車ではなく馬で、横乗りのベリーを前に乗せ腰を抱えて支えている。
 羨ま……ではなく、なぜ馬車ではないのだ?
「わざわざ悪かったなベリー。
 どうだ疲れていないか?」
 そう言いつつ手を差し出すと、彼女は目を見開いて驚いた。
「うん? どうかしたか」
「あの私、フィリベルトが怪我をしたと聞いて慌ててきたのですけど……」
 慌てていたか、なるほど。
 きっと着替える間も惜しんだのだろう。だから馬に乗るのにパンツ姿ではなくスカートで、そしてスカートなので横乗りと……

「ほほお、それはいったいどういうことだ。
 納得できる理由を説明してくれるんだろうな?」
「え、えーと。わたしたちは隊長に言われた通りにですね……」
 彼女らは視線をさまよわせながら後ずさる。そして視線の端にヒンケルを見つけ、あっと声を漏らした。
 俺はぐるりと首を回しヒンケルを正眼に捕らえた。
「うわっ!?
 えーと、その方が話が早いかなぁ~なーんて思いまして」
 ヒンケルははははと乾いた笑いを漏らした。
 確かに早いだろうが、ベリーにいらぬ心配をかけたことは到底許せることはない。

「ヒンケル。
 お前の隊は午後の演習で最前線に配置変更だ」
「ええっ!? そりゃないっすよ!」
「いーや。お前はそのくらいのことをしでかした。しっかり揉まれてこい」
「「そんなぁ~」」と漏らしたのはヒンケルとベリーを連れ帰った女性兵士たち。
 彼女たちに罪はないが、これも隊長運が悪かったということで連帯責任だ。


 改めてベリーに向き直り、彼女の手を取る。
「という訳だ。
 俺は怪我などしていない、安心してくれ」
「はい。安心しました。
 で、本当はどういった用事だったのですか?」
「あっそうだった!」
 すっかり本題を忘れていた。
「ベリーはシュペングラー公爵家の次男ハーラルト殿を知っているだろうか?」
「ハーラルト様でしたら新年の宴の際にお会いいたしました」
 ベリーはそれが何かと首を傾げた。
「実はそのハーラルト殿がここに来ていてだな……
 なんと言ってよいか……。俺とベリーの関係を疑っているというか……」
「なるほどおおむね理解いたしました。
 実は新年の宴の際に交際を申し込まれまして、私は既婚ですとお断りしました。その際にフィリベルトの名を出したのですけど……
 今日はよくない噂を鵜呑みなさっていらっしゃったのではないですか?」
「ああ。全くその通りだ」
 聡明なベリーはそれだけで事態を把握してくれた。
 それにしても、周りに噂を聞いただけと言ったくせに実は交際まで迫っていただと? なんとも聞き捨てならんな。
 もしこれを事前に知っていれば決闘を受けて憂さを晴らしてやったのに残念だ。

「では私が直接お会いして誤解を解けばよいのですね」
「まあそうだが」
 あの阿呆がそれを信じるかどうかはまた別の話なんだよなぁ……

「いいやその必要はない」
 ベリーの登場は何かと注目を集めていたらしく、兵らが遠巻きに輪を作っていた。その輪をかき分けるように現れたのはハーラルトとその護衛騎士ペルレの両名。
「先ほどの一件、見させていただいた。
 夫の怪我を心配し、着替える間も惜しんでやってくるなど、脅された女性がとる行動ではない。ベアトリクス嬢、いやシュリンゲンジーフ伯爵婦人の態度を見て、私は自分の勘違いに気づいた。
 シュリンゲンジーフ伯爵。先ほどの暴言、まことに申し訳ない」
 あっさりと自分の非を認めるハーラルト。
 噂を鵜呑みにするあたり、根は素直なのかもしれないな。そしてこちらも判って貰えたのならばこれ以上事を荒立てるつもりはない。
「はい。謝罪はしかと受け取りました」
 なんせ相手は公爵家。触らぬなんとかに祟りなしだ。

 ちなみにベリーだが。
 急いでいた割に戸締りなどは完璧でひとりで家に帰るのを渋った。その思いは俺も同じ。しかし俺には一軍を担う将軍という体面がある。
 それを悟ったのはできる副将軍だ。
 彼は食事内容の向上という名目で、料理上手な主婦ベリーに改善を依頼する形を進言した。
 そういう口実があれば問題はない。
 ご近所さんに留守を伝える伝令を出して、ベリーも訓練の終わる三日間ともに滞在することに決まる。
 その後ベリーは食事に、癒しを与える女神として持てはやされるのだが、それは別のお話だ。
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