伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

文字の大きさ
30 / 32

30:白馬の3

しおりを挟む
 小一時間後。
 女性兵士らがベリーを連れて帰って来た。驚くことに馬車ではなく馬で、横乗りのベリーを前に乗せ腰を抱えて支えている。
 羨ま……ではなく、なぜ馬車ではないのだ?
「わざわざ悪かったなベリー。
 どうだ疲れていないか?」
 そう言いつつ手を差し出すと、彼女は目を見開いて驚いた。
「うん? どうかしたか」
「あの私、フィリベルトが怪我をしたと聞いて慌ててきたのですけど……」
 慌てていたか、なるほど。
 きっと着替える間も惜しんだのだろう。だから馬に乗るのにパンツ姿ではなくスカートで、そしてスカートなので横乗りと……

「ほほお、それはいったいどういうことだ。
 納得できる理由を説明してくれるんだろうな?」
「え、えーと。わたしたちは隊長に言われた通りにですね……」
 彼女らは視線をさまよわせながら後ずさる。そして視線の端にヒンケルを見つけ、あっと声を漏らした。
 俺はぐるりと首を回しヒンケルを正眼に捕らえた。
「うわっ!?
 えーと、その方が話が早いかなぁ~なーんて思いまして」
 ヒンケルははははと乾いた笑いを漏らした。
 確かに早いだろうが、ベリーにいらぬ心配をかけたことは到底許せることはない。

「ヒンケル。
 お前の隊は午後の演習で最前線に配置変更だ」
「ええっ!? そりゃないっすよ!」
「いーや。お前はそのくらいのことをしでかした。しっかり揉まれてこい」
「「そんなぁ~」」と漏らしたのはヒンケルとベリーを連れ帰った女性兵士たち。
 彼女たちに罪はないが、これも隊長運が悪かったということで連帯責任だ。


 改めてベリーに向き直り、彼女の手を取る。
「という訳だ。
 俺は怪我などしていない、安心してくれ」
「はい。安心しました。
 で、本当はどういった用事だったのですか?」
「あっそうだった!」
 すっかり本題を忘れていた。
「ベリーはシュペングラー公爵家の次男ハーラルト殿を知っているだろうか?」
「ハーラルト様でしたら新年の宴の際にお会いいたしました」
 ベリーはそれが何かと首を傾げた。
「実はそのハーラルト殿がここに来ていてだな……
 なんと言ってよいか……。俺とベリーの関係を疑っているというか……」
「なるほどおおむね理解いたしました。
 実は新年の宴の際に交際を申し込まれまして、私は既婚ですとお断りしました。その際にフィリベルトの名を出したのですけど……
 今日はよくない噂を鵜呑みなさっていらっしゃったのではないですか?」
「ああ。全くその通りだ」
 聡明なベリーはそれだけで事態を把握してくれた。
 それにしても、周りに噂を聞いただけと言ったくせに実は交際まで迫っていただと? なんとも聞き捨てならんな。
 もしこれを事前に知っていれば決闘を受けて憂さを晴らしてやったのに残念だ。

「では私が直接お会いして誤解を解けばよいのですね」
「まあそうだが」
 あの阿呆がそれを信じるかどうかはまた別の話なんだよなぁ……

「いいやその必要はない」
 ベリーの登場は何かと注目を集めていたらしく、兵らが遠巻きに輪を作っていた。その輪をかき分けるように現れたのはハーラルトとその護衛騎士ペルレの両名。
「先ほどの一件、見させていただいた。
 夫の怪我を心配し、着替える間も惜しんでやってくるなど、脅された女性がとる行動ではない。ベアトリクス嬢、いやシュリンゲンジーフ伯爵婦人の態度を見て、私は自分の勘違いに気づいた。
 シュリンゲンジーフ伯爵。先ほどの暴言、まことに申し訳ない」
 あっさりと自分の非を認めるハーラルト。
 噂を鵜呑みにするあたり、根は素直なのかもしれないな。そしてこちらも判って貰えたのならばこれ以上事を荒立てるつもりはない。
「はい。謝罪はしかと受け取りました」
 なんせ相手は公爵家。触らぬなんとかに祟りなしだ。

 ちなみにベリーだが。
 急いでいた割に戸締りなどは完璧でひとりで家に帰るのを渋った。その思いは俺も同じ。しかし俺には一軍を担う将軍という体面がある。
 それを悟ったのはできる副将軍だ。
 彼は食事内容の向上という名目で、料理上手な主婦ベリーに改善を依頼する形を進言した。
 そういう口実があれば問題はない。
 ご近所さんに留守を伝える伝令を出して、ベリーも訓練の終わる三日間ともに滞在することに決まる。
 その後ベリーは食事に、癒しを与える女神として持てはやされるのだが、それは別のお話だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたより年上ですが、愛してくれますか?

Ruhuna
恋愛
シャーロット・ロックフェラーは今年25歳を迎える 5年前から7歳年下の第3王子の教育係に任命され弟のように大事に大事に接してきた 結婚してほしい、と言われるまでは 7/23 完結予定 6/11 「第3王子の教育係は翻弄される」から題名を変更させて頂きました。 *直接的な表現はなるべく避けておりますが、男女の営みを連想させるような場面があります *誤字脱字には気をつけておりますが見逃している部分もあるかと思いますが暖かい目で見守ってください

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】大変申し訳ありませんが、うちのお嬢様に貴方は不釣り合いのようです。

リラ
恋愛
 婚約破棄から始まる、有能執事の溺愛…いや、過保護?  お嬢様を絶対守るマンが本気を出したらすごいんです。  ミリアス帝国首都の一等地に屋敷を構える資産家のコルチエット伯爵家で執事として勤めているロバートは、あらゆる事を完璧にこなす有能な執事だ。  そんな彼が生涯を捧げてでも大切に守ろうと誓った伯爵家のご令嬢エミリー・コルチエットがある日、婚約者に一方的に婚約破棄を告げられる事件が起こる。  その事実を知ったロバートは……この執事を怒らせたら怖いぞ!  後に後悔しエミリーとの復縁を望む元婚約者や、彼女に恋心を抱く男達を前に、お嬢様の婿に相応しいか見極めるロバートだったが…?  果たして、ロバートに認められるようなエミリーお嬢様のお婿候補は現れるのだろうか!? 【物語補足情報】 世界観:貴族社会はあるものの、財を成した平民が貴族位を買い新興貴族(ブルジョア)として活躍している時代。 由緒正しい貴族の力は弱まりつつあり、借金を抱える高位貴族も増えていった。 コルチエット家:帝国一の大商会を持つ一族。元々平民だが、エミリーの祖父の代に伯爵位を買い貴族となった資産家。

好感度0になるまで終われません。

チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳) 子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。 愛され続けて4度目の転生。 そろそろ……愛されるのに疲れたのですが… 登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。 5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。 いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。 そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題… 自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

処理中です...