伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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25:ハンカチ2

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 ピンクの布を回避してから数日後、ベリーお手製の刺繍入りハンカチが完成した。
 広げてみるとそれはもう見事な刺繍で、思わずおぉと感嘆の声が漏れた。
「ところでこれは?」
「熊です」
 もちろん熊だとは思っていた。しかし熊というには雄々しさは無く、ちょっととぼけた感じはまるで子供用のぬいぐるみのよう。
「熊か」
「はい。もしかしてこういう柄はお嫌いですか?」
「いや、大丈夫だ」
 なるべく部下に見せないようにしよう。

 しかしそうそう上手くはいかない。
 いつも通りトイレに行き手を洗う。その頃にはすっかり刺繍のことなんて忘れていて、ポケットから取り出しぱっと広げてぎょっとする。
 同じくトイレに来ていた部下から話が広がり、退勤時間を迎える前には女性隊員らの耳にも入っていたようで、とぼけた熊のハンカチを見せることになった。


 夕食を終えて就寝までのひと時、ベリーはだいたい半分半分で読書と刺繍をやる。
 先日の熊のハンカチの件から、今度は雄々しい熊にして欲しいと要望を出したので、最近は刺繍の頻度が多い。
 今日も刺繍だ。
 様々な色の糸だけで見事な柄が生まれていく様子が不思議で見ていると、
「ううっ刺繍は得意ではないので見られると恥ずかしいです」
「それだけできてまだ上が居るのか?」
「そうですね。私よりもすごい人はいくらでもいますよ。私は簡単なものしか作れませんし、失敗も多いですもん」
 続けてほらこことか~と言われたが、俺には違いが全く判らない。
「そうか? よくできていると思うがなぁ……」
 そう言ったがベリーはやっぱり不満なようで唇を尖らせる。
「あまり気にするな。俺同様、うちの部隊のやつらもそんな細かいミス気付かんさ」
 このフォローは完全に失敗だったようで、その晩、彼女の機嫌が直ることはなかった。

 ちなみに雄々しさを依頼したはずが、完成したハンカチの熊はやっぱりどこかとぼけた感じで、熊ではなく熊さんだった。
 もしやベリーの一番の難点は絵心なのかもしれない。
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