伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

文字の大きさ
10 / 32

10:言葉のすれ違い

しおりを挟む
 ベリーは恥ずかしそうに顔を伏せると、逃げるように自室に消えた。
 さて俺も身嗜みを整えるかな。
 ささっと服を着替えてベッドの脇に置いていた剣を手に取り、そのまま靴を履いて庭に出た。井戸から水をくみ顔を冷たい水で勢いよくざぶざぶと顔を洗った。

 タオルでごしごしと拭った後は、型を確認しながら剣を振るう。
 使っているのは実戦用の刃のある物ではなく、刃を潰した訓練用のもの。それでも当たれば骨なんか軽く折れるから、注意深く周りの気配を感じながら素振りを続けた。

 冬でも三十分も体を動かせば体に薄らと汗をかく。このまま汗を冷やせば気持ちいいが、間違いなく風邪を引くだろう。
 汗を冷やす前にさっさと家に入ると、すっかり身嗜みを整えたベリーがお湯とタオルを準備してくれていた。
「はいどうぞ。お使いください」
「ありがとう」
 お礼を言ってタオルを受け取ると、彼女は機嫌良さそうににこりと微笑んだ。

 昨日も綺麗だったが、今日も綺麗だなと思う。
 むろん昨日は特別だったのだろう。しかし今日の彼女だって昨日とは違う魅力がありとても綺麗だ。
 化粧はやや控えめで美女と言うよりは美少女でより清楚さが増していた。長かった髪は真ん中に大きなお団子が一つ作られて、その周囲を編み込んだ髪がぐるりと巻き付けられていた。
 昨日のはきっと他人がやったのだろう、しかし今日のこれは彼女独りでやったと思えば、実に器用だなあと感心するしかない。

「なんです、私の顔に何かついていますか?」
 可愛いお目めが……いや違う。
 一瞬、女に持てる部下の口説き文句が頭に過ったが、俺が言っても全く様にならないし柄でも無い。
 返答に困り、とりあえずいい感じの位置にある頭に手を置いて撫でた。
「ひゃっ」
 ベリーの口から短い悲鳴が漏れた。しかしそこに浮かぶのは嫌がる表情かおではなく驚きの色が強い。
「すまん。思わず触ってしまった」
「いいですけど、次からは事前に言ってください」
「怒らないのか」
「そうですね、私以外の女性の髪を触ったら怒りますね」
「いやベリーにしかしないぞ」
 俺を恐れず近くに居てくれるベリーだから思わず触れてしまったが、普通に考えれば俺の様な風体の男が女性の髪に無断で触れれば、悲鳴を上げられて衛兵にしょっ引かれる案件だろう。

「むう~っ。
 それ無意識なんですか?」
 判りやすく頬を膨らませるベリー。しかし彼女が何を問うているのかは判らない。
「何がだ」
「フィリベルトはそう言うところがダメです!」
 ベリーは少しだけ声を荒げた。しかし頭に乗せた手を振り払うつもりは無いようで、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 うーむ。どうしてベリーは怒ったのか?
 また俺が無意識に何かしてしまったようで、それがダメだったことは判る。だがそれは一体なんなのかはわからない。

「あの……フィリベルト?」
「なんだ?」
「そろそろ手を」
 顔を真っ赤に染めるベリー。
 どうやら考え事している間ずっと彼女の頭を撫でまわしていたらしい。
「す、すまん」
「いえいいんですけど、あちらで火を使ってるので……」
 まるで火が無ければ、もう少し触っていても良い様な言い方だった。
 頼むから俺の自制心を試すのはやめて欲しい。

 俺が手を放すや、彼女は両手で口元に輪を作ると、一瞬でこちらに身を寄せてくる。
 そして、
「また後でお願いします」と、囁くと恥ずかしそうに走り去って行った。
 走り去る彼女の耳は真っ赤で……
 なんだあれ、可愛すぎるだろう。
 すっかり汗は冷えてしまったと言うのに、体の芯は逆に熱くなり、俺はしばらく廊下の壁にもたれてその熱をやり過ごした。



 朝食は昨日買ったパン。これにコーヒーが付くくらいだと思っていた。
 しかしテーブルに並べられたコーヒーの隣には野菜のスープがあるし、パンだって買ったそのままではなくて間に切り込みが入っていてハムとチーズが挟まれていた。
「簡単で恥ずかしいですがどうぞ召し上がれ」
「いや想像以上で驚いている。
 このスープなど、いったいどこに材料があったのだ」
 パンと共にハムとチーズを買ったのは知っていたが、野菜を買った覚えはなく、ついでに言えば運んだ覚えも無い。まさか朝いちばんで市場に言ったとも思えないし……
「ああそれはですね。乾燥した野菜をお湯で戻したんです。乾燥野菜でスープを作ると甘みが増して美味しいんですよ」
 何やらざらざらと軽い音がする袋があったな~と思いだし、あれが乾燥野菜だったのかと思い当たった。
「ほほおそう言うのがあるのか」
「フィリベルトなら干し肉のスープの方が馴染みがあるのかもしれませんね」
「あぁあのかさ増し用のスープか」
 物資不足の時には、湯で腹が膨れるから大層お世話になったなと昔を懐かしむ。
「そう言う目的で食べられていたのはショックです」
 笑顔から一転、ベリーは眉をハの字にして困ったような表情をみせた。

「すまん……」
「いえこちらこそ嫌な事を思い出させたようで済みません」
 まさか野菜スープからこんな話になるとは思わなかった。
「いいや謝罪はこちらの方だ。暗い話で気分を悪くさせてしまった。
 とにかく俺がいま言いたいことは、このスープが美味いということだけだ」
「……はい。お気遣い感謝いたします」
「なあベリー。
 俺は自分が食通グルメのつもりはないが、不味い物と美味い物の判断は間違わない。このスープは美味い、また作って欲しい」
「くす。判りました、また作りますね」
「頼む」
「はい頼まれました」
 お互いに笑い合って終わった。
 出会ってまだ二日目だが、互いに気遣い譲り合えるこの関係は、案外相性が良いのではないだろうか?

「いやー美味かった」
「お粗末様でした」
「大した材料も買っていなかったのにこれほど美味いとは、ベリーはずいぶんと料理が得意なのだなぁ」
「このくらいの料理でこうも褒められると非常にくすぐったいのですが……
 そう感じて頂けたのならお世話してくれた方が、根気よくちゃんと教えてくれたお陰ですね」
「ならばその方にも感謝だな」
「ふふっそういう謙虚な態度。フィリベルトはとても伯爵には見えませんね。
 あっ、もちろんいい意味ですよ」
「大丈夫だ自覚もある。
 だがそれを言うなら、いやすまん」
「とても侯爵令嬢には見えないですか、それこそ大丈夫です。気にしていませんし私も自覚有りです」
 言葉にする前に自分の失言に気付いて誤魔化すが、その続きはしっかりベリーに言われてしまった。
「もし辛かったら存分に甘えてくれていいぞ」
「あら辛くないと甘えてはいけないのですか?」
「……好きにしたらいい」
「はい。好きにしますわ」
 そして彼女は蕾の綻ぶ様な笑顔を見せてくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

会長にコーヒーを☕

シナモン
恋愛
やっと巡ってきた運。晴れて正社員となった私のお仕事は・・会長のお茶汲み? **タイトル変更 旧密室の恋**

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

処理中です...