さみしい声の狼さん

まつぼっくり

文字の大きさ
上 下
27 / 30
番外編

スイレンのつがい

しおりを挟む
 
「…いかない」

「ふざけるな。時間や決まりを守れ。」

「…いかない。お腹いたい。」

「ふざけるな。お前はライオネルに似て健康優良児だ。狼の獣人が腹なんか壊すか!」

「う、うぇ、い、いかないぃ。」

「お前は外見はライオネルだが中身は俺にくそ似ている。だからお前のしたたかな嘘泣きくらい見破れるぞ。ふざけんな。っていうかお前は今いくつだ。もうすぐ九つだぞ。」

「九歳は子どもとスミレは言っていました。僕にはつがいを守る義務があります。スミレは僕が泣けばイチコロです。」

「いきなり昔のスミレみたいな敬語やめろ。そんでディスってんな。」

 下唇をきつく噛んでこちらを見ずに俯く、いつの間にか随分と大きくなった息子の手を取る。

「スイレン、いいか、よく聞け。スミレの腹にいる赤ん坊がお前の番かもしれないというのはわかった。だが、それがお前の学校へ行かない理由にはならない。」

「…でも、スミレ体調悪いって。」

「ただの悪阻。現段階でスイレンに出来る事はない。それに、スミレは獣人じゃない。ってことは腹の子も、モモのようにヒトかもしれない。俺たちは匂いや番がよく分からない。大人になった時に学校をさぼっていたような奴にクレイグが我が子をくれると思うのか?それに、スミレの番はクレイグだぞ?ここのところお前がスミレの腹にべったりなせいでびっきびきになっている、クレイグの青筋見えていないのか?少しでも気に入られるように、番に相応しいように、守りきれるように努力しろ。」

「………いく。」

「…それに、最近そっちばかりで俺もモモもさみしい。」

 ようやくあげてくれたその顔は、子どもらしくて思わず頬が緩む。両手を広げれば少し照れながらも胸に顔を寄せてくれる。自分の顎にスイレンの髪が触れてくすぐったい。獣人は成長が速すぎて驚くことばかりだ。

 暫く物思いに耽りながら抱き合っていたが、扉を開ける音で我にかえる。

「ユーシ、スイレン、話は終わった?」

 俺が答える前にスイレンが離れてライオネルと向き合う。

「はい。僕の考えが浅はかでした。沢山学んで、どうやったらつがいを世界一幸せに出来るのかを何通りも考えたいと思います。」

 ピシリと敬礼をして大人びた口調で宣言すると、ライオネルの胸にもぴょんと飛び込んで、直ぐに離れて歩きだす息子に本日何回目かもわからない「大きくなったなぁ」という思いが溢れる。

「あ、」

 ドアノブに手をかけたスイレンが振り返る。

「父さん、僕がね?最近つがいにべったりで、クレイグさんがスミレにべったりで、代わりに父さんがお仕事ばかりだからとってもさみしいって、母さんが言ってた。ごめんね?僕、勉強も魔法も武術も頑張ります。」

「ばか!」

「あと、沢山の辞書を重ねて持っていました。カトラリーより重いのに…」

「おい!ふざけんな!お前ら何でもかんでも言いつけるな!」

 満面の笑みになった直後に心配そうに眉を寄せたライオネルが近づいてくる後ろで、涼しげな顔で手を振る我が子。本っ当に良い性格をしている。

 小さなため息をひとつ。しょうがない奴だと、自分の居場所であるライオネルの腕の中に入るためにこちらからも一歩踏み出した。
 結局俺はスミレやスイレンに気持ちの代弁をして貰っているのだ。










 母が第三子を出産した。それにともない、暫くは父と部屋から出ない(出して貰えない)生活をするだろう。その穴を埋めるようにクレイグさんが忙しくなる。
 僕はふふ、と笑みを洩らす。

「スミレ!お腹なでなでしてもいーい?」

「うん、いいよ。撫でてくれてありがとうね。」

 母は僕の事を自分に似てしたたかだと言うけれど、自分ではそうは思わない。まず、母は優しくて、素直で謙虚で責任感が強い。素直じゃないなんて言っているけれど、その表情や仕草は言葉なんていらないほどである。
 父も僕もそんな母が大好きなのだけど、僕の性格は父の方に似ていると思う。だって父が心から笑っているのは母やスミレたちの前だけであるし、執務中の父の周りの空気は張り詰めている。
 弱味を見せず、作り物の笑顔で相手を油断させて、懐に潜り込む。父は腹黒いのだ。

 父は良く、母の事を閉じ込めておきたいと溢しているし、少しでも他の男の匂いがつこうものなら小柄な母を抱き潰して、嬉々としてお世話している。
 うん。僕は父似だ。つがいの為ならどんなことでもするであろう自分を想像して笑みを浮かべる。

「うわあ。スイレンが撫でたら沢山動いてるよ?」

 丸くて大きなスミレのお腹。もうすぐ出会える事がとても嬉しい。

「ぼく、早く会いたいなぁ。」

「あのね?まだ内緒だけど、たぶん狼さんだと思うの。」

 どちらでも嬉しい。どちらでも本当に嬉しいが、獣人であればヒトであった時よりも早くつがえるだろう。
 成人だってヒトよりもはやい。

「どっちでも、嬉しい。」

「うん。スイレン、狼さんでもね、本能よりも気持ちを優先させてあげてね?」

「それは、もちろん。」

 獣の本能もヒトの心も全部全部欲しい。だから、大丈夫。

「あとね?」

「うん。」

 一呼吸置いて、合わされた視線の先の綺麗なスミレ色の瞳にドキリとする。

「いつまでねこさんかぶってるの?」

「…え」

「そういうの、猫被りって言うんだよ。」

 気づいていたのか。

「ねこさんかぶるのは、ライさんくらい大人になってからでいいよ。」

「…なんで」

「ん?」

「なんでわかるの?」

「ふふっ。だって、僕、スイレンのお兄ちゃんだもの。」

 思わずつがい越しにスミレにぎゅうっと抱きついた。

「小さくて可愛い僕じゃなくても、この子をお嫁さんにくれる?」

「それはこの子が決めることだけど、どんなスイレンも僕の可愛い弟だよ。」



 あぁ、この人には敵う気がしない。 
 でも、スミレが気づいているということは…

「…母さんも?」

「スイレン。母は強し、だよ?」

 

「僕の可愛いつがいを撫でさせてください。」

「ふふ。はい、どうぞ!」



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

処理中です...