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番外編
アイラさん視点 ミナトの妊娠報告
しおりを挟む目の前でなにか言いたげにしているミナトの空いているグラスに飲み物を注ぎ足すと私は首をかしげました。
レストランの定休日の今日、私たちの家に遊びに来たミナトは席についてから世間話をする傍らでいつ話を切り出そうかと思案顔です。
ミナトの考えている事は何となくわかります。
これも息子だからなのか、と考えてふわふわと暖かい気持ちになるのです。
可愛い可愛い息子。
私とリズには子がいません。
一緒にいたいと願った時にはもう子を授かるにしてはギリギリで、幸いながら両親たちも私達の意見を尊重してくれた為、2人で生きていくと決めました。
それでも年を重ねる度、私達と同じ世代が子を挟んで手を繋ぎ歩いているのを見ると、どうしようもない感情が胸を締め付けました。
そんな時にミナトに出会ったのです。
若い頃から運命を探していました。
それこそ恋をする暇もなく。
周りの友人たちが恋をして、番となり子を成しても、運命と出会う事に憧れ、諦めようと思っても少なからず運命と出会う人たちはいて、その光景を見るたびに諦められなかったのです。
幼馴染のリズは自分も運命を探すとずっと一緒にいてくれました。
自分の中で気持ちの折り合いがついてきて、そろそろ諦めようかと考え始めたとき、リズはこう言いました。
「死ぬまでひとりは辛い。アイラに運命が現れるまで一緒にいよう。」
その時はリズなら良いと思いました。
幼い頃から気心しれているし、もしも運命と出会えても揉めずに別れられると。
私はそんな酷い事を考えていたのです。
アラン君とミナトが出会ったのは本当に幸運でした。
運命のせいで酷い目に遭ったミナトは運命に出会えて幸せになれた。
シエロ様とミナト。2組の運命を見て自分でもわからなくなりました。
幸せとはなんなのでしょう?
私は、もう今さらと思ってしまいます。
それもこれもリズを心の底から愛してしまったから。
愛される心地よさを知ってしまったから。
最初は偽装結婚のようなものだと思っていました。
しかしリズはそのつもりではなかったようで直ぐに心も体も愛されました。
いつか出会う人のために恥ずかしながら大事にしていた純潔をリズに散らされて、今のようにお互いを信頼し愛し合うまでには少し時間がかかりましたがそれでも私は今とても幸せです。
ですがリズはどうでしょうか?
もし今、若くて自分の子を成すことができる運命と出会えたら私を捨ててそちらへ行ってしまうのでしょうか?
それはとても悲しくて辛いです。
それを伝える事も最初に言われた運命が現れるまでという言葉が頭に浮かんでは憚られ、ついため息を吐いてしまいます。
おっと、そんな事より今はミナトです。
確か前回こうやってモジモジとしてなかなか話を切り出せなかったのは1年と少し前の「母の日」と「父の日」のプレゼントのときでしょうか。
ミナトが前にいた世界のイベントで両親に感謝する日があるとのことでたまたまニーナが王都に来ていたこの日にするとミナトが決めて色々と用意してくれていたのですが、
「お父さん、お母さん、ありがとう。」
この一言が言えなくてアラン君に助けてもらいながら真っ赤になってぷるぷるしながら言うのはもう本当に本当に可愛らしかったです。
私達からみても悶える可愛さのミナトを見るアラン君の瞳はギラついていて少しだけ哀れみの籠った視線を向けてしまったのは内緒です。
毎年やりたいというそのイベントは少し前にまたやりましたし、きっとまた可愛い話をしてくれるのだろうと年甲斐もなくわくわくしてしまいます。
こちらから上手く話せるように誘導してもいいのですが最近のアラン君はミナトが自分の気持ちを自分の言葉で伝えられるように何でもかんでも先回りをして聞き出してしまうのを止めているので私達もそうした方が良いでしょう。
例えば、小さな事なのですが私達が喉が乾いてるだろうとアイスコーヒーを出すと笑顔でお礼を言って飲むのですが、飲みきれなくて最後は無理をして飲んで、後からアラン君に出店で買った飲み物を飲みながら来たとこっそりと聞いたり。
アラン君はいつも食事用に食パンやバゲットを買うパン屋さんでミナトが甘い菓子パンをキラキラした目で見つめているのに気づいており、何か買うか聞いても何もいらないよと言われ続け、自分の分とミナトの分と1つずつ好きなパンを買ってくるようにお金を渡して頼めばアラン君には1つじゃ足りないとアラン君の好きそうな調理パンを2つ買ってきたりと随分遠慮がちというか慎ましい性格といいますか…
人族は全員がそのような性格という訳では無さそうですし、ミナトには慣れてもらって嫌な事や欲しいもの、逆に要らないものなどはハッキリ言えるようになって欲しいものです。
継ぎ足した飲み物をちびちびと飲み終えると急にガタッと音をたて立ち上がりました。
「やっぱり今日は帰ります!」
そう宣言して玄関まで歩くと「あっ、」と小さく声をあげ、気まずそうにこちらを振り返ります。
「アイラさん、帰るって言ったのにすみません。今日はアランに迎えに来るまで待ってるように言われてました…」
「今日はではなくて何時もでしょう?今帰ったらキッチンにこもって夕食を作っているリズが泣きますよ。」
ミナトの家からここは少し離れているのでミナトは1人で来る事はありません。
アラン君が常に目を光らせて一緒に行動しているので窮屈かと思う事もありますが本人は鬱陶しがったり窮屈だとは思っていないようです。
私達もその方が安心できて良いのですが、送り迎えされるのは面倒をかけていると感じてしまうそうで、でももし何かあったらもっと迷惑をかけてしまうと考えてきちんと送迎を受け入れています。
本当ですよねぇ。何時もの事なのに忘れてましたと笑うミナトの照れた顔が可愛くてむぎゅうっと私らしくもなく強く抱き締めていると、リズから声がかかりました。
「俺抜きでイチャイチャしてんなよー。飯できたぞー!」
その言葉にミナトと笑い合うとリビングへ戻りました。
今日のリズの作ってくれた食事はミナトから聞いたお子様ランチというものでした。
ワンプレートにチキンライス、エビフライ、ハンバーグ、サラダに綺麗にカットされた林檎。
食べたかったけど食べさせて貰えたことがないとミナトが言ってからリズは頻繁にこれを作ります。
目をキラキラとさせて料理を見つめるミナトは席につき手を合わせるとフォークを持ち少し考え林檎をシャクシャクと小さな口で食べています。
そこでふと、やはり今日は何時と違うと考えます。
ミナトは果物はデザートと考えているので何時も最後に食べるのです。
リズも不思議に思ったようで顔を見合わせてお互いに小さく首を傾けます。
林檎を食べて手が止まってしまったミナトにリズが遠慮がちに話しかけます。
「ミナト?今日はさっぱりしたものが良かったか?」
「っ、違います!美味しそうだし美味しいのもわかっているし、お腹も空いてるんですけど…」
そう言ってハンバーグを口に運ぶミナト。
しばらく咀嚼すると飲み込み、顔を上げるとその顔色は青白くて。
「ごめ、なさ、い。…吐きそ。」
口を押さえるミナトをリズがそっと抱き上げ洗面所まで急いで運びます。
苦しそうなミナトの背中を落ち着くまで撫でていると口を濯いだミナトが不安げな顔で見上げてきました。
「最近、あんまりご飯食べれなくて…アランが心配するから無理やり食べるんですけど、仕事に送り出すと吐いちゃう事もあって。今みたいに直ぐに吐いたのは初めてです。目の前ですみません。」
しゅん、と落ち込みリズさんのご飯、ごめんなさいと謝るミナトをソファーの真ん中に座らせて両側に私達が座るとキツイのですが落ち着くと呟いてくれます。
「最初は風邪かと思ったんです。だって、信じられなくて。でも、たぶん、僕のお腹には命が宿ってて、それが何となくわかって。そしたら怖くて。僕はこの子の事愛せるのか、ちゃんと育てられるのかって…」
ミナトの目元から涙がぶわりぶわりと浮き出てきて、手を握るとリズも同じように逆の手を握っていました。
「怖くて、逃げたくなって。アランには申し訳なくて言えなくて…でもね?嬉しいとも思うんです。僕の赤ちゃんだぁってあったかくもなるの。」
そう言ってお腹に手を乗せるミナトは慈愛に満ちていて、この子はきっと大丈夫。そう思えました。
「ミナト、子は両親が心から迎え入れたいと思わないと来てくれませんよ?それに不安に思うのは当たり前です。ミナトは1人じゃないでしょう?1人で育てようと思わなくて良いんですよ。私達に経験できなかった子育て、一緒に手伝わせてください。」
ね?と顔を下から覗き込むとうわーんと幼い子のように声をあげて泣いてしまいました。
リズが焦って泣くと腹の子にさわるぞっと自分の袖で顔をパタパタ拭っています。
そういえば…
「ミナト、アラン君には言ってあるんですか?」
「実は、今の気持ちを言いづらくて、お医者様にお腹の風邪って言われたって言っちゃって…」
「アラン君ならミナトの事を全部受け止めてくれますよ?それはミナトもわかるでしょう?早めに話して一緒にお医者様のところに行ってくださいね。」
言えなかったのは怖いと言う感情だけではなく気恥ずかしさもあったのでしょうか。
この2人なら大丈夫。アラン君になら全てを任せられます。
まぁ、お腹の風邪は信じていないでしょうけどね。
素直にコクリと頷くと今日、ちゃんと話します。といってくれました。
それに安心して、アラン君がお迎えに来るまで3人でぎゅうぎゅうと抱き締め合いました。
次の日、朝から出勤のリズに遅れてお昼前にレストランへ向かう途中でベビー用品のお店を通りました。
まだ早いと思いながらも初めて足を踏み入れるそのお店は淡い色使いで可愛らしく、ミナトの雰囲気にぴったりでした。
またあとでミナトを連れて来ようと店を出ようとすると木でできた丸いフォルムの羊の玩具が目に入りました。
「おや?この玩具、さっきも羊族が買っていったよ。」
年配の人好きのする笑顔の店主が袋に詰めながらそう言うので思わずお金を渡す動作がぎこちなくなってしまいます。
全くあの男は。仕事中に何をやっているのだか。そう思いながらも袋の中の可愛い玩具を抱き締めてつい微笑んでしまう私なのでした。
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