上 下
26 / 36
番外編

アイラさん視点 ミナトの妊娠報告

しおりを挟む


目の前でなにか言いたげにしているミナトの空いているグラスに飲み物を注ぎ足すと私は首をかしげました。

レストランの定休日の今日、私たちの家に遊びに来たミナトは席についてから世間話をする傍らでいつ話を切り出そうかと思案顔です。

ミナトの考えている事は何となくわかります。
これも息子だからなのか、と考えてふわふわと暖かい気持ちになるのです。

可愛い可愛い息子。

私とリズには子がいません。
一緒にいたいと願った時にはもう子を授かるにしてはギリギリで、幸いながら両親たちも私達の意見を尊重してくれた為、2人で生きていくと決めました。

それでも年を重ねる度、私達と同じ世代が子を挟んで手を繋ぎ歩いているのを見ると、どうしようもない感情が胸を締め付けました。
そんな時にミナトに出会ったのです。



若い頃から運命を探していました。
それこそ恋をする暇もなく。
周りの友人たちが恋をして、番となり子を成しても、運命と出会う事に憧れ、諦めようと思っても少なからず運命と出会う人たちはいて、その光景を見るたびに諦められなかったのです。

幼馴染のリズは自分も運命を探すとずっと一緒にいてくれました。
自分の中で気持ちの折り合いがついてきて、そろそろ諦めようかと考え始めたとき、リズはこう言いました。

「死ぬまでひとりは辛い。アイラに運命が現れるまで一緒にいよう。」

その時はリズなら良いと思いました。
幼い頃から気心しれているし、もしも運命と出会えても揉めずに別れられると。
私はそんな酷い事を考えていたのです。



アラン君とミナトが出会ったのは本当に幸運でした。
運命のせいで酷い目に遭ったミナトは運命に出会えて幸せになれた。

シエロ様とミナト。2組の運命を見て自分でもわからなくなりました。
幸せとはなんなのでしょう?



私は、もう今さらと思ってしまいます。
それもこれもリズを心の底から愛してしまったから。
愛される心地よさを知ってしまったから。

最初は偽装結婚のようなものだと思っていました。
しかしリズはそのつもりではなかったようで直ぐに心も体も愛されました。

いつか出会う人のために恥ずかしながら大事にしていた純潔をリズに散らされて、今のようにお互いを信頼し愛し合うまでには少し時間がかかりましたがそれでも私は今とても幸せです。

ですがリズはどうでしょうか?
もし今、若くて自分の子を成すことができる運命と出会えたら私を捨ててそちらへ行ってしまうのでしょうか?

それはとても悲しくて辛いです。
それを伝える事も最初に言われた運命が現れるまでという言葉が頭に浮かんでは憚られ、ついため息を吐いてしまいます。



おっと、そんな事より今はミナトです。
確か前回こうやってモジモジとしてなかなか話を切り出せなかったのは1年と少し前の「母の日」と「父の日」のプレゼントのときでしょうか。

ミナトが前にいた世界のイベントで両親に感謝する日があるとのことでたまたまニーナが王都に来ていたこの日にするとミナトが決めて色々と用意してくれていたのですが、

「お父さん、お母さん、ありがとう。」

この一言が言えなくてアラン君に助けてもらいながら真っ赤になってぷるぷるしながら言うのはもう本当に本当に可愛らしかったです。

私達からみても悶える可愛さのミナトを見るアラン君の瞳はギラついていて少しだけ哀れみの籠った視線を向けてしまったのは内緒です。

毎年やりたいというそのイベントは少し前にまたやりましたし、きっとまた可愛い話をしてくれるのだろうと年甲斐もなくわくわくしてしまいます。

こちらから上手く話せるように誘導してもいいのですが最近のアラン君はミナトが自分の気持ちを自分の言葉で伝えられるように何でもかんでも先回りをして聞き出してしまうのを止めているので私達もそうした方が良いでしょう。


例えば、小さな事なのですが私達が喉が乾いてるだろうとアイスコーヒーを出すと笑顔でお礼を言って飲むのですが、飲みきれなくて最後は無理をして飲んで、後からアラン君に出店で買った飲み物を飲みながら来たとこっそりと聞いたり。

アラン君はいつも食事用に食パンやバゲットを買うパン屋さんでミナトが甘い菓子パンをキラキラした目で見つめているのに気づいており、何か買うか聞いても何もいらないよと言われ続け、自分の分とミナトの分と1つずつ好きなパンを買ってくるようにお金を渡して頼めばアラン君には1つじゃ足りないとアラン君の好きそうな調理パンを2つ買ってきたりと随分遠慮がちというか慎ましい性格といいますか…

人族は全員がそのような性格という訳では無さそうですし、ミナトには慣れてもらって嫌な事や欲しいもの、逆に要らないものなどはハッキリ言えるようになって欲しいものです。




継ぎ足した飲み物をちびちびと飲み終えると急にガタッと音をたて立ち上がりました。

「やっぱり今日は帰ります!」

そう宣言して玄関まで歩くと「あっ、」と小さく声をあげ、気まずそうにこちらを振り返ります。

「アイラさん、帰るって言ったのにすみません。今日はアランに迎えに来るまで待ってるように言われてました…」

「今日はではなくて何時もでしょう?今帰ったらキッチンにこもって夕食を作っているリズが泣きますよ。」

ミナトの家からここは少し離れているのでミナトは1人で来る事はありません。
アラン君が常に目を光らせて一緒に行動しているので窮屈かと思う事もありますが本人は鬱陶しがったり窮屈だとは思っていないようです。

私達もその方が安心できて良いのですが、送り迎えされるのは面倒をかけていると感じてしまうそうで、でももし何かあったらもっと迷惑をかけてしまうと考えてきちんと送迎を受け入れています。

本当ですよねぇ。何時もの事なのに忘れてましたと笑うミナトの照れた顔が可愛くてむぎゅうっと私らしくもなく強く抱き締めていると、リズから声がかかりました。

「俺抜きでイチャイチャしてんなよー。飯できたぞー!」

その言葉にミナトと笑い合うとリビングへ戻りました。



今日のリズの作ってくれた食事はミナトから聞いたお子様ランチというものでした。
ワンプレートにチキンライス、エビフライ、ハンバーグ、サラダに綺麗にカットされた林檎。 

食べたかったけど食べさせて貰えたことがないとミナトが言ってからリズは頻繁にこれを作ります。

目をキラキラとさせて料理を見つめるミナトは席につき手を合わせるとフォークを持ち少し考え林檎をシャクシャクと小さな口で食べています。

そこでふと、やはり今日は何時と違うと考えます。
ミナトは果物はデザートと考えているので何時も最後に食べるのです。

リズも不思議に思ったようで顔を見合わせてお互いに小さく首を傾けます。
林檎を食べて手が止まってしまったミナトにリズが遠慮がちに話しかけます。

「ミナト?今日はさっぱりしたものが良かったか?」

「っ、違います!美味しそうだし美味しいのもわかっているし、お腹も空いてるんですけど…」

そう言ってハンバーグを口に運ぶミナト。
しばらく咀嚼すると飲み込み、顔を上げるとその顔色は青白くて。

「ごめ、なさ、い。…吐きそ。」

口を押さえるミナトをリズがそっと抱き上げ洗面所まで急いで運びます。

苦しそうなミナトの背中を落ち着くまで撫でていると口を濯いだミナトが不安げな顔で見上げてきました。

「最近、あんまりご飯食べれなくて…アランが心配するから無理やり食べるんですけど、仕事に送り出すと吐いちゃう事もあって。今みたいに直ぐに吐いたのは初めてです。目の前ですみません。」

しゅん、と落ち込みリズさんのご飯、ごめんなさいと謝るミナトをソファーの真ん中に座らせて両側に私達が座るとキツイのですが落ち着くと呟いてくれます。


「最初は風邪かと思ったんです。だって、信じられなくて。でも、たぶん、僕のお腹には命が宿ってて、それが何となくわかって。そしたら怖くて。僕はこの子の事愛せるのか、ちゃんと育てられるのかって…」

ミナトの目元から涙がぶわりぶわりと浮き出てきて、手を握るとリズも同じように逆の手を握っていました。

「怖くて、逃げたくなって。アランには申し訳なくて言えなくて…でもね?嬉しいとも思うんです。僕の赤ちゃんだぁってあったかくもなるの。」

そう言ってお腹に手を乗せるミナトは慈愛に満ちていて、この子はきっと大丈夫。そう思えました。


「ミナト、子は両親が心から迎え入れたいと思わないと来てくれませんよ?それに不安に思うのは当たり前です。ミナトは1人じゃないでしょう?1人で育てようと思わなくて良いんですよ。私達に経験できなかった子育て、一緒に手伝わせてください。」

ね?と顔を下から覗き込むとうわーんと幼い子のように声をあげて泣いてしまいました。

リズが焦って泣くと腹の子にさわるぞっと自分の袖で顔をパタパタ拭っています。


そういえば…

「ミナト、アラン君には言ってあるんですか?」

「実は、今の気持ちを言いづらくて、お医者様にお腹の風邪って言われたって言っちゃって…」

「アラン君ならミナトの事を全部受け止めてくれますよ?それはミナトもわかるでしょう?早めに話して一緒にお医者様のところに行ってくださいね。」

言えなかったのは怖いと言う感情だけではなく気恥ずかしさもあったのでしょうか。
この2人なら大丈夫。アラン君になら全てを任せられます。
まぁ、お腹の風邪は信じていないでしょうけどね。


素直にコクリと頷くと今日、ちゃんと話します。といってくれました。

それに安心して、アラン君がお迎えに来るまで3人でぎゅうぎゅうと抱き締め合いました。



次の日、朝から出勤のリズに遅れてお昼前にレストランへ向かう途中でベビー用品のお店を通りました。
まだ早いと思いながらも初めて足を踏み入れるそのお店は淡い色使いで可愛らしく、ミナトの雰囲気にぴったりでした。

またあとでミナトを連れて来ようと店を出ようとすると木でできた丸いフォルムの羊の玩具が目に入りました。


「おや?この玩具、さっきも羊族が買っていったよ。」

年配の人好きのする笑顔の店主が袋に詰めながらそう言うので思わずお金を渡す動作がぎこちなくなってしまいます。


全くあの男は。仕事中に何をやっているのだか。そう思いながらも袋の中の可愛い玩具を抱き締めてつい微笑んでしまう私なのでした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...