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さようなら
しおりを挟む小さなスコップを持って花壇へ向かう。
少しだけ眺めてそれから葉っぱと咲いたばかりの花びらをそっと撫でた。
まだまだ蕾のままの花もある。
時間があれば栞にできたかと、考えても仕方がない。
あの花畑に咲いていた花を思い出させるような薄い紫の花をぷちっと折った。
悲しい。ただただ悲しくて、そして虚しい。
涙は出ない。何故だろう?悲しい筈なのに。
何本か花の茎を折ったけどやはり可哀想で残りは掘り起こす事にした。
最後は捨てるしかないから一緒だけど、それでもせっかく育ってくれたお花たちをぐちゃぐちゃにするのは嫌だった。
ごめんね、と心の中で呟いて黙々と作業すると後ろから声がかけられる。
「お手伝いさせてください。」
アイラさん…
アイラさんは黙々と、でも手際よく花を根ごと抜いて纏めていく。
「シエロ様、追いかけたそうにしてましたけど、ご自分が追いかけたらミナト様への当たりが強くなるのを予想して踏みとどまっておりました…」
「そうですか…」
「…お花、可哀想ですけれどニーナの作業小屋の近くに埋めましょう?このお花たちの養分が他の木や花の糧になります。この折ってあるお花は私がこっそり頂いてもよろしいですか?加工してお渡しします。」
僕は土だけになった花壇を眺めると1度頷いてアイラさんと花を埋める為に移動する。アイラさんがそっと手を引いてくれてシエロさんの手を思い出して唇を噛み締めた。
穴を掘ってお花たちを入れて土を被せる。なんだかお墓みたいだなとぼーっとしながら考えているがアイラさんに話しかけられて現実に引き戻される。
「…私とリズは幼い頃から運命の番に出逢える事を夢みていました。獣人の多くが1度は夢見る事です。明日出逢えるかもしれない、となかなか結婚する踏ん切りがつかなくて。でも私はリズの事がいつの間にか好きになっていて、リズも同じ気持ちで。そして今ではお互いが運命の番と出逢う事を恐れています。リズが運命の番と出逢ったら、逆に私が出逢ったら、私がどんな選択をするのか自分でも想像がつきません。だからとても怖い。ミナト様、私はミナト様のお気持ちが痛いほどわかります。そしてシエロ様のお気持ちも。」
僕は何て言ったらいいかわからなくてアイラさんをじっと見つめる。
「私たちは運命に囚われすぎていて結ばれるのが遅くなりました。最近良くリズと話していたんです。もしもお互いに好きと自覚してから直ぐに結ばれていたら、今頃ミナト様のような素直で優しくて可愛らしい子供がいたのではないかと。ミナト様が私たちの子供だったら良かったのにと。ミナト様、私たちは貴方をとても大切に思っています。それを忘れないでくださいね。」
「…っはい、」
「きっとあの方はミナト様を王都へ行かせるでしょう。王都はルーラよりたくさんの種族の獣人がいます。この辺りではあまり見かけない大型種やもちろん人族もおります。何もなければ良いのですが何がおこるかわかりません。だから約束してください。何があっても決して諦めない事を。」
真剣なアイラさんの目を見てしっかりと頷き返す。
「ありがとうございます。僕も皆さんが大切です。本当に本当に大切です…感謝してもしきれません。…ねぇアイラさん、僕にもう敬語使う理由はないですよね?様付けも。ニーナさんから言われたんです。ニーナさんとアイラさんを母親だと思って良いって。リズさんはお父さんだし…みんなをお父さんとお母さんだと思っても良いですか?」
アイラさんは嬉しそうに淋しそうに笑って控えめだけどぎゅっと抱き締めてくれた。
アイラさんと荷造りをしに部屋に戻るとニーナさんが縫い物をしていた。目が真っ赤で自惚れではなく僕の為に泣いてくれたのだとわかる。
「シエロ様から頼まれたのです。この帽子の裏にここの住所とニーナの実家の住所を書いた紙を縫い付けておきましたからね。この布を外すと取れます。」
「落ち着く先が決まったらすぐに手紙を書いてくださいね?念のためニーナの実家の方が良いでしょう。必ず会いに行きますからね。」
敬語…、とアイラさんを見つめると敬語は癖です。としれっと言われる。
荷造りを終えて母親2人とぎゅーぎゅー抱き締め合って、お父さんにも挨拶しなきゃと言ってくすくす笑って。するとコンコンと控えめなノックの音が聞こえた。そっと開かれた先にいたのはシエロさんだった。
「あの方は大丈夫ですか?」
「リズの料理食べてるよ。少しだけ時間が欲しい。」
アイラさんとニーナさんはもう1度僕をぎゅっとして部屋を出ていく。
「ミナ、この手紙を王宮の誰かに渡せば保護してくれるからね?あと、一応私の知っている人族の人たちが働いているお店をいくつか書いておいた。皆優しいから王宮へ行くのが怖かったり道がわからなかったりしたら訪ねると良い。」
「ありがとう、ございます。」
ちゃんと声がでた。アイラさんとニーナさんと話して自分の気持ちを伝えようという気持ちになれた。
「シエロさん、今までお世話になりました。僕を見つけて保護してくれたのがシエロさんで良かったです。本当に感謝しています。…シエロさんには色々なものをもらいました。甘えることも、大切にして貰うのも初めてで、くすぐったくて、穏やかで。シエロさんと一緒にいると心がじんわりあったかくなるんです。きっと、シエロさんの事が好きでした。今はまだ本心からは言えないけど…貴方の幸せを、ずっと願っています。」
握りしめていた両手をぎゅっと握られる。この期に及んで抱き締めて欲しいと思ってしまう僕はどうしようもない。
「…ありがとう。私もミナが好きだったよ。大切に思っていた。ミナはずっと大切な子でそれはずっと変わらない。どうか、ミナも幸せに…本当に、ごめん。」
シエロさんの声は震えていた。
静かに出ていくシエロさんの背中をみて力が抜けたように座り込む。
だいすきなふんわり笑顔、名前を呼ぶ優しい声、僕を撫でるあったかい手、そして甘い甘いキス。
もう何もない。全部全部あの兎さんのもの。
床に水滴が落ちて自分が泣いている事に気がついた。
僕はやっとシエロさんやこの家の皆と別れなくてはならない現実を受け入れた。
さようなら、シエロさん。
さようなら、僕の初恋の人。
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