落ちてきましたが、良くあるそうです

まつぼっくり

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番外編 ニコさんジロさん

ニコさんとジロさん

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「こんちはー。」

「あ、ユキトいらっしゃい。上あがって~!」

「はーい。よろしくお願いします。」

 今日はお店の定休日。ニコさんは個人事業主の組合の会議があるとかで不在。その時間を利用して料理上手なジロさんを訪ねたのだ。

「ケーキ?」

「はい。もうすぐリオンの誕生日でしょう?俺、料理も何とか食べれるってレベルなのにお菓子なんてとても…」

 買えばいいと思われるのはわかっている。でも、リオンは俺のどんなイマイチの料理も美味しいって食べてくれるから…下手でも手作りのもののが喜ばれるかなぁって。
 そんな俺の想いを汲んでくれたのかにっこり笑顔なジロさん。

「ようし。じゃあ美味しいケーキでリオンさんを虜にしよう!」

 もう虜だけどねぇ、何て呟きは聞こえず黙々と言われた材料を計量した。











「は?」

「あ、ニコおかえりなさい。お疲れ様~。」

「あ、うん。ただいま。ねぇ、俺、何かした?」

 小腹が減ったのだろう。帰宅してすぐにふわふわと浮かびながらキッチンを覗くニコは見た目も相まって愛らしい。

「ん?あ、ケーキね。それユキトが作ったんだよ。もうすぐリオンさんの誕生日だから練習!」

「あー、ユキトか。そうかぁ。ジロマニらしからぬぐっちゃぐちゃだったから何か怒ってるのかと思ったわー。」

 そう、確かに見た目はぐちゃぐちゃ。計量は性格がでてるのかしっかりしてる。準備もばっちり。でも、何故かうまくいかない。うーん。

「作り方は覚えたから、後は自分で練習するって。それは持ち帰るとバレちゃうからって置いていったの。」

「ふーん。ユキト、要領は良いのにこういうのは苦手な。あ、味はうまいじゃん。」

 細くてしなやかな指でクリームをひとすくいして口に運ぶニコ。

「もぅ、ニコお行儀悪いよ…」

「良いじゃん。ジロマニしかいないし。ほら、あーん。」

 ふよふよ移動して見た目幼女なニコの指が近づく。
 己の外見が凶悪な熊の獣人なのは良く理解している。
 これは他人に見られたら通報されそうだな…と頭の中を過るが合わされた目線を反らす事はできなかった。









 この世界に落ちてきた僕は元の世界では異端な存在であった。
 熊の中でも超大型種の獣人であり、それに伴っている厳つい顔面。
 強さこそ全て、とされる大型種において強い両親から生まれた僕は、その恵まれた体格を持って華々しい人生を歩むべきであり、周囲の者たちも疑うこともなかったであろう。
 しかし、当の本人である僕は争い事は嫌い、可愛いものが好き。それでも遺伝なのか、負けるということもなく地位をあげていった。困ったのは成人してからで、見目麗しい令息令嬢からの求婚の嵐。
 可愛らしいと思う。可愛いものは、好き。
 それでも異端な僕は自分も可愛がられたい。抱かれたいという気持ちが強く、跡継ぎの為にと恋人を作り事を成そうと思っても僕の股間は遂に立ち上がる事はなかった。可愛い、この子なら、と思っていた人に不能と罵られ好きなタイプの人には出世に邪魔な存在と扱われる。いよいよ家族にも見限られる、そんな時に落ちてきた。

 だからこそ、消えていなくなりたいと思って過ごしていたからこそ落ち人担当のリオンさんに「それで、ホームステイ先ですが…」と淡々と事のあらましを説明されても落ち着いていられたのだと思う。

 ぼけっと説明を聞いていたのに我に返ったのは「落ち人を狙う輩が多い」という話。こんなにでかくては、との問いにきょとんとした顔でリオンさんは「ガタイの良いもの同士のご夫婦も沢山いますよ?少数ですが、突っ込む方が小さいというペアも一定数いらっしゃいます。」
 上品な物言いなのに下品な言葉のチョイス。
 それも、女性がいないからあり得ることなのか、異世界というこの世界に心が踊ったのは確かだ。

 ニコと出会うことになったホームステイ先である花屋さん。
 本当は花や小動物も好きだった。出来なくてもやってみたいと思った。
 リオンさんに連れられて行った花屋は当時は先代であるニコの叔父夫婦が切り盛りしていてニコは他店で修行中で会うことはなかったのだけれど。

 ニコとの出会いは、こちらでの生活に落ち着いてきた頃、「この天人の血を引くものなら一石二鳥かと。」とリオンさんに適当に紹介されたのが最初だったのだが、何度かデートを重ね、恋人になって欲しいと告白してくれた時に本来の姿はふよふよ浮いている姿ではないとカミングアウトされた。

 ニコは本来の姿でも幼女のような姿でも、僕に突っ込みたいと言った。そしてそれは今でも変わらず。
 リオンさんの言っていた"一石二鳥"は可愛いものが好きで愛でたいという気持ちと、性的に征服されたいという気持ちの両方を満たしてくれるというものだったのだ。





「う…ん…にこ?」

「ん。悪い。無理させた。」

 ケーキをお行儀悪く指ですくって、そのままリビングで小さいニコに貫かれて。
 大きくなったニコにお風呂まで運ばれてそこでまた…

 羽の大きさも変わり、バサバサと大きな音をたてながら寝室まで飛んで移動する浮遊感にはいつまでたっても慣れない。
 彫刻のような綺麗な顔と顔に似合わない筋肉。
 僕と同じくらいになったニコとの近い距離にドキドキする。

「ジロマニ、今夜はどうする?」

 小さなニコを抱き締めて眠るのと、大きなニコに抱き締められて眠るのをニコはいつも選ばせてくれる。

「んー。今日は会議疲れたでしょう?なでなでしようか?」

 口の悪いニコが保守的な老害め!と時折愚痴を洩らす商店街の会議。最近ユキトのおかげで売り上げも好調なのもあってやっかみも増えたと言っていた。

「ジロマニ、大好き。」

「ふふ。僕も大好きだよ。ほら、ニコおいで。」

 途端に小さくなって胸に飛び込んでくるニコに笑みが止まらない。

「あー、ジロマニの胸やば。撫でてくる手やば。超癒される。」

 ぐふぐふと変な呼吸をするニコを抱いて横になる。




 ユキトは今頃リオンさんに下手な言い訳して部屋に入れずにケーキ作りの練習に励んでいそうだ。
 そうなると明日はお店に来てニコと口喧嘩という名の偵察だなぁ。

「あ、ユキトがね、ニコの事お父さんみたいって言ってたよ?本当のお父さんよりお父さんっぽいって。こないだ遅くなっちゃって送ってったの心配されてるって嬉しかったみたい。」

 ユキトには言ってないけど、落ち人は基本的に"落ちてきてもいい人"なのだ。きっと僕以外の落ち人に会う機会があれば薄々気づくであろう。ハッキリとは聞いてないけどユキトも元の世界では家族の繋がりがほとんどなかったと言っていた。

「まじか。あいつだいぶ慣れてきて幼女に送って貰ってるみたいで複雑ってぼやいてたのに。」

 ふーん、へー、と満更でもない様子で顔を押し付けるニコのふわふわな巻き毛を撫で付ける。

「可愛い嫁と可愛い息子に囲まれて幸せ。息子はクソに取られたけど。」










「僕も素敵な旦那さんと可愛い息子に囲まれて幸せ。息子はもうすぐお嫁にいっちゃいそうだけど。」

「あぁ!?嫁!?聞いてねーけど。は?ちょっとクソのとこ行ってくるわ!」




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