可愛いあの子を囲い込むには

まつぼっくり

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第二章

始まりは些細な出来事

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 マオの家具や服が届いて、シズカと俺の外套も出来上がった。揃いの外套を着込まなければ外へ出るのも厳しい季節がやってくる。左手薬指には変わらず揃いの指輪が輝いていて、毎日のように空へ掲げて光の反射を楽しむシズカを見るのが俺の楽しみ。
 マオへの教育もきちんとする事にした。シズカが家族と言い切る以上、家族の一員としてしっかりと自覚して貰いたい。何も勉学に励めと言っているわけではない。シズカの家族として恥じぬように、悲しませることのないように。話し方はあまり変わらないが、魔族にはないこちらの常識を叩き込んだ。



 だが、代わり映えのない穏やかな日々はそう続かない。最初は本当に些細な出来事。

「いってぇ。蛇か何かに噛まれた。」

 ニコラスがそう言って治癒しろと足を差し出す。

「あ?蛇?んなもんいるわけなくね?ここにはシズカが居るんだ。俺がシズカに害をなす生物を結界内に入れるとでも?」

 ここは森のど真ん中。蛇くらいそりゃいるだろう。だが、俺がそれを許すわけがない。

「知らねぇよ。とりあえず治癒してくれ。」

 確かに小さな赤い穴が横並びに二つ。危ないからシズカは外出禁止にしなくては。結界を張り直して、赤い傷が無くなったのを確認。

「すげぇ痛かったぞ。しっかり結界を見直しとけ。」

 シズカやマリアに何かあったら大変だと話すニコラスも異変に気づいているはずだ。蛇のようなものに噛まれたと言うが、しっかりと姿形は見ていない。そんな事あるか…?こいつは長年生きてきて、少しの事では動じない。直ぐに足下を見たというのに何もいないのは有り得ない。
 暫くは家から出るなと言い残して自宅へと戻るニコラスを見送った。


 その晩から熱を出したニコラス。

 治癒魔法は辛うじて効くが数時間もせずにぶり返す。その効いている時間の間隔もどんどん短くなっている。妖精族でこんな事あり得るのか?不死とは言わないが長寿過ぎて病気なんかしない妖精族だぞ?何かがおかしい。

「おじいちゃん…」

「あらあら、おばあちゃんは孫とミルク粥を作るが夢だったのよ。シズカちゃん、一緒に作りましょう?」

「シズカ、作ってやってくれ。」

 こんな時でもマリアが最優先なニコラスに、ここのところずっと瞳に涙をためているシズカが笑う。

「ううん、おばあちゃんはおじいちゃんに付いていて?僕、一人でミルク粥を作るのが夢だったの。」

 笑ってはいてもニコラスの手を握り続けるマリアにシズカがいつものマリアのように言って笑ってキッチンへ。
 カチャカチャと鍋を取り出すシズカを後ろから抱き締める。

「おじいちゃん…大丈夫かな?」

「ん。ヤサもこっち来るって言うしあんまり心配しないで良い。でも暫くはパン屋はなしな?なるべく家の中にいて。」

「うん、それはもちろん。…心配は、する。リオも一緒にミルク粥作ろう?」

「ん。」

 悲しげなシズカを見るのは辛い。ニコラスの好きなシナモンを鍋へとぶち込めば振り向いたシズカがにこりと笑みを向けてくれた。

「あのね、おじいちゃんの足…リオは何かみえる?」

「普通のジジイの足にしか見えない。」

「もー、違くて。何かね、黒くもやもやってして見えるの。気の所為かもしれないけど…」

 結界に潜り込んで来るのなんて上位の魔獣か魔族くらいだと思ってはいた。が、そんなの信じたくは無かった。面倒くせぇ。

「マオは?」

「んぬ…見えるな!」

「わ!マオさんいつから居たんですか?びっくりしました。」

「んぬ!我は元魔王だからな、名前を呼ばれたらわかるぞ!すぐ来るからシズカも何かあったら呼べばよい!」

「凄いです。何もなくても呼んでも良いですか?」

「よいぞ!マオと名を呼ばれるのはすきぞ!」

 シズカに撫でられて嬉しそうなマオ。
 そしてやはり見えるらしいマオ。嫌な事は続く。
 ニコラスに木苺を食べさせたいと外へ出たマリアは何かに腕を噛まれた。

「あらまぁ、おばあちゃん、孫にお見舞いに来てもらうのが夢だったのよ。シズカちゃん、後でお見舞いに来てくれる?」

 マリアもやはり高熱で、シズカ治癒魔法を使い続けている。

「シズカ、使い過ぎは両者…マリアやニコラスの体にも負担がかかるぞ。」

 見回りから戻るとヤサに止められているシズカ。シズカが体を壊してしまいそうで、何度か同じように伝えたのだが…俺がいない間にこっそりしてたな。

「シズカ、約束。」

「う…ん、ごめんなさい。」

「心配なのはわかるけど、こいつら妖精族だから、中々死ねねぇからな?」

「そうよう。私たちは死にたいと願ってからが長いんだから。おばあちゃん、孫に泣かれるのは夢じゃないわぁ。」

「はい。」

 シクシクと涙を流すシズカを抱きあげてベッドへ押し込んだ。魔法を長時間使い過ぎていたからか、すんなりと眠ってくれた。
 頬へキスをして、隣へ横になればコンコンと控えめなノック音。


「我は話があるのだが。」

 ため息ひとつ吐いてシズカを起こさぬようにそっと立ち上がった。


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