53 / 64
第二章
始まりは些細な出来事
しおりを挟むマオの家具や服が届いて、シズカと俺の外套も出来上がった。揃いの外套を着込まなければ外へ出るのも厳しい季節がやってくる。左手薬指には変わらず揃いの指輪が輝いていて、毎日のように空へ掲げて光の反射を楽しむシズカを見るのが俺の楽しみ。
マオへの教育もきちんとする事にした。シズカが家族と言い切る以上、家族の一員としてしっかりと自覚して貰いたい。何も勉学に励めと言っているわけではない。シズカの家族として恥じぬように、悲しませることのないように。話し方はあまり変わらないが、魔族にはないこちらの常識を叩き込んだ。
だが、代わり映えのない穏やかな日々はそう続かない。最初は本当に些細な出来事。
「いってぇ。蛇か何かに噛まれた。」
ニコラスがそう言って治癒しろと足を差し出す。
「あ?蛇?んなもんいるわけなくね?ここにはシズカが居るんだ。俺がシズカに害をなす生物を結界内に入れるとでも?」
ここは森のど真ん中。蛇くらいそりゃいるだろう。だが、俺がそれを許すわけがない。
「知らねぇよ。とりあえず治癒してくれ。」
確かに小さな赤い穴が横並びに二つ。危ないからシズカは外出禁止にしなくては。結界を張り直して、赤い傷が無くなったのを確認。
「すげぇ痛かったぞ。しっかり結界を見直しとけ。」
シズカやマリアに何かあったら大変だと話すニコラスも異変に気づいているはずだ。蛇のようなものに噛まれたと言うが、しっかりと姿形は見ていない。そんな事あるか…?こいつは長年生きてきて、少しの事では動じない。直ぐに足下を見たというのに何もいないのは有り得ない。
暫くは家から出るなと言い残して自宅へと戻るニコラスを見送った。
その晩から熱を出したニコラス。
治癒魔法は辛うじて効くが数時間もせずにぶり返す。その効いている時間の間隔もどんどん短くなっている。妖精族でこんな事あり得るのか?不死とは言わないが長寿過ぎて病気なんかしない妖精族だぞ?何かがおかしい。
「おじいちゃん…」
「あらあら、おばあちゃんは孫とミルク粥を作るが夢だったのよ。シズカちゃん、一緒に作りましょう?」
「シズカ、作ってやってくれ。」
こんな時でもマリアが最優先なニコラスに、ここのところずっと瞳に涙をためているシズカが笑う。
「ううん、おばあちゃんはおじいちゃんに付いていて?僕、一人でミルク粥を作るのが夢だったの。」
笑ってはいてもニコラスの手を握り続けるマリアにシズカがいつものマリアのように言って笑ってキッチンへ。
カチャカチャと鍋を取り出すシズカを後ろから抱き締める。
「おじいちゃん…大丈夫かな?」
「ん。ヤサもこっち来るって言うしあんまり心配しないで良い。でも暫くはパン屋はなしな?なるべく家の中にいて。」
「うん、それはもちろん。…心配は、する。リオも一緒にミルク粥作ろう?」
「ん。」
悲しげなシズカを見るのは辛い。ニコラスの好きなシナモンを鍋へとぶち込めば振り向いたシズカがにこりと笑みを向けてくれた。
「あのね、おじいちゃんの足…リオは何かみえる?」
「普通のジジイの足にしか見えない。」
「もー、違くて。何かね、黒くもやもやってして見えるの。気の所為かもしれないけど…」
結界に潜り込んで来るのなんて上位の魔獣か魔族くらいだと思ってはいた。が、そんなの信じたくは無かった。面倒くせぇ。
「マオは?」
「んぬ…見えるな!」
「わ!マオさんいつから居たんですか?びっくりしました。」
「んぬ!我は元魔王だからな、名前を呼ばれたらわかるぞ!すぐ来るからシズカも何かあったら呼べばよい!」
「凄いです。何もなくても呼んでも良いですか?」
「よいぞ!マオと名を呼ばれるのはすきぞ!」
シズカに撫でられて嬉しそうなマオ。
そしてやはり見えるらしいマオ。嫌な事は続く。
ニコラスに木苺を食べさせたいと外へ出たマリアは何かに腕を噛まれた。
「あらまぁ、おばあちゃん、孫にお見舞いに来てもらうのが夢だったのよ。シズカちゃん、後でお見舞いに来てくれる?」
マリアもやはり高熱で、シズカ治癒魔法を使い続けている。
「シズカ、使い過ぎは両者…マリアやニコラスの体にも負担がかかるぞ。」
見回りから戻るとヤサに止められているシズカ。シズカが体を壊してしまいそうで、何度か同じように伝えたのだが…俺がいない間にこっそりしてたな。
「シズカ、約束。」
「う…ん、ごめんなさい。」
「心配なのはわかるけど、こいつら妖精族だから、中々死ねねぇからな?」
「そうよう。私たちは死にたいと願ってからが長いんだから。おばあちゃん、孫に泣かれるのは夢じゃないわぁ。」
「はい。」
シクシクと涙を流すシズカを抱きあげてベッドへ押し込んだ。魔法を長時間使い過ぎていたからか、すんなりと眠ってくれた。
頬へキスをして、隣へ横になればコンコンと控えめなノック音。
「我は話があるのだが。」
ため息ひとつ吐いてシズカを起こさぬようにそっと立ち上がった。
109
お気に入りに追加
3,516
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした
水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。
好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。
行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。
強面騎士×不憫美青年

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。


お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる