31 / 64
メルパンとモコパン
しおりを挟む焼きたてのパンをはふはふと頬張る姿はメルロに似ている。シズカのが100倍可愛いけど。
「…おいしいっ。」
「本当に。お外で食べると美味しいわぁ。このパンも可愛くて…シズカちゃん上手ねぇ。」
「好きに丸めて良いってヤサさんが言ってくれたので、メルパンとモコパンにしてみました。」
メルロと羊の顔型のパン。
自他共に認める羊好きなヤサは感動して震えている。それは、わかる。俺も仕舞っておきたい。
「リオにはこれ…良かったら食べて?」
そっと渡されたのは…俺?
「あらまぁ、ステラリオ様にそっくりだわぁ。」
「リオはシュッとしていて綺麗だけど、パンにしたらぷくぷくで可愛くなったよ。」
名付けて、リオパン!とにこにことしているシズカの頬へ口付けを。これは、仕舞っておこう。頬に手を当て、キョロキョロと周りを気にするシズカを横目に、異空間へ時間を止めてそっと放る。
「シズカありがとう。嬉しい。」
「ふふ。また、作るね?」
「俺にもまた羊パンを作ってくれ。なんなら馬車になど戻らんでここに住めば良い。」
「ふふっ。ヤサさんにも、またもこもこさんのパンを焼きますね?一緒に作りたいです…!」
こねこねするのが大変だけど、楽しかったと笑顔のシズカ。
昼食を取って、暫く休めば馬車へ戻る時間だろうか。
「はぁ。行くか。」
「はい。メルさんメルさん、どうしますか?ここにいますか?また、直ぐに戻りますから、ヤサさんともこもこさんと一緒にここでお留守番でも大丈夫ですよ?」
ズポリと羊の頭の毛から顔を出したメルロは急いで出てくると、シズカの肩へ飛び乗る。
「一緒に来てくれるんですか?ありがとうございます。僕も、メルさんを守りますね。」
『ムムー!ムイムイっ』
絶対こいつら会話してると思う。シズカはメルロの言っていることが何となくわかると言っていた。普通は何となくもわからなくないか?俺にはムームー言っているようにしか聞こえねぇし。
「んじゃ、また帰ってくる。」
「あまり戻るな。あと少しなんだから、今は耐えることも必要だからな。怪しまれるぞ。」
ハイハイと気の無い返事をするが、まぁ、わかっている。今はまだ契約中だしな。はぁぁぁ。あと少し。ヤサと視線を合わせて一度頷き、皆で戻った。
「リオ、これ、メルパン。馬の運転手さんに渡してくれる?」
「ん?あぁ、御者な。パン持ってきたのか。」
「あ、御者さんだよね…言い慣れなくて、間違えた。」
えへへ、と照れたようにはにかむシズカが可愛い。
「御者さん、お昼食べたかな?」
「ん。渡してくる。」
渡したくないけど。何かしら食ってるだろ。
御者席への連絡窓につけた目眩ましの布の中へ入り、馬車の中が見えないようにしてから窓を開け、パンを差し出せば、僅かに首を傾ける。
「俺の半身から。」
「………かわい、」
「………メルロ。」
こいつらの声は久方ぶりだ。無口同士でくっついたから、中々声を聞く機会もなかった。
「そう。メルロ飼ってんの。だから、メルパンだって。」
頷いて、礼をとって頭を下げるその二人に御者を頼むと告げ、あっちの奴らに気づかれる前に引っ込んだ。
「ありがとうだって。」
「貰ってくれた?良かった。」
『ムムッ!』
ずっと羊の頭に埋もれていたメルロは今はマリアとシズカから花びらを貰っている。
てしてしとシズカの手を叩いて催促するのはいつも通り。
メルロをマリアに頼んで、シズカを抱き上げ膝へ乗せるのも、いつも通り。
静かに動き出す馬車へ身を預け、可愛い半身を抱き締めた。
夕日が沈む前に、夜営地へ到着した。
馬車の中で十分なのだが、怪しまれても困るので、天幕を出し、馬車の出口に合わせて設営する。
御者二人と俺とニコラスで手際よく動いていれば…まぁ、来るわな。
「わぁ。エルフさんたちはやいですね…!素敵です…!」
「…ありがとうございます。皆慣れていますからね。」
「エルフさんの半身って人は、お手伝いもしないんですか?私なら、手伝うのに。」
いや、こいつ手伝ってなくね?ってか、王子共が天幕を張れるとは思わない。周りがやってるのを見ているだけか。
「貴女は、何を手伝ったのですか?」
「私は手伝いたいって言っているのに、皆が危ないから駄目って言うんですよぉ。お役目があるから、怪我でもしたら大変って。エルフさんの半身はお役目ないのにゆっくりですか?羨ましいです…!」
敢えてでかい声を出す糞女。
聞かせたいだけか。うぜぇ。糞うぜぇ。
「そうですか。私の半身は居てくれるだけで良いんです。傍に居てくれるだけで、力も沸きますし、癒されますし、何より心が暖かくなります。お役目というのは、大変なことですから、貴女もゆっくり休んでくださいね?」
「…そう。ねぇ、エルフさん。私の眼をみてくれますか?」
キィンと頭の中で高い音が鳴る。これがこの糞の魅了の力か。あー、まじ糞。死ねば良いのに。
「…どうしました?」
「…何ともないですか?」
「そういえば…半身を抱き締めたくて堪らないような。何かしました?」
「…ッチ、いいえ。してません。」
え?こいつ舌打ちした?え?殺していい?
「そういえば、エルフさん。あの子…うちの召し使いは元気ですか?出来れば返して欲しいんですけど。」
「ふふ。うちの?違いますよ。それに元々モノじゃありませんし。」
また何を言い出すかと思ったら。
そう返せばグッと堪えるように唇を噛む。
ブスがブスになるだけ。
「あの子は私たちに大切な子です。元気に過ごしていますよ?」
「…シズカはただの召し使い。奴隷みたいなものです。あまり甘やかさないでくださいね。」
「ふふっ。貴女にあの子の事に口を出す権利はありませんので勘違いされませんように。」
召し使いと奴隷では意味が全く違う。
シズカは多くは語らないし、糞女も阿保だし。
とりあえず、微笑んで時が過ぎるのを待つことにした。
145
お気に入りに追加
3,517
あなたにおすすめの小説



転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる