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ニンゲンのかえで
しおりを挟む目が覚めるとまだ薄暗い。
お布団を片付けていつもの一日の始まりだ。
朝ごはんを作ろうと、炊事場へ移動してトントンと小気味良い音を響かせて葉野菜を切っていると昨日の二人が気になってくる。
ごはん食べたかなぁ、助け、は来ないよね?傷が治れば森からでられる…?あれ、むり?むりだよね…?ってかあの傷治るの…?
あんなに大きな二人だもの、僕サイズのお弁当だけじゃ足りないよね。
この森は余所の者からしたら幻だ。一度入れば食べ物や水すら見つけるのは難しい。
駄目だ、気になる。
僕は土鍋に米と水を入れて火にかけてお粥を作る事に決めた。
うーん。病弱な感じではないし、やっぱり雑炊にしよ!
お肉入れなきゃまた赤髪さんに食べられちゃいそうになるだろうから鶏のお肉をほぐして沢山入れよう。葱も沢山、最後に卵。
あとは、おにぎりと適当におかず!
「雪ちゃんおはよう~」
ふんふん鼻歌を歌いながら作っているとかかに声をかけられて思い切りビクリとしてしまった。
「おっ、おはよう~カカ!」
今日も綺麗で優しい微笑みのカカ。
「昨日は疲れたでしょう?もっとゆっくり寝てても良いのに。今日も朝ご飯作ってくれてたの?」
「うん。僕、皆みたいに立派に狩り出来ないから、皆より疲れないもの。大丈夫だよ。」
あ、カカの眉が八の字に。
「雪ちゃんは雪ちゃんなんだから周りと比べなくて良いのよ。昨日はあんなに艶々で美味しい栗を沢山採ってきてくれて嬉しかったわ。」
むぎゅうと抱き締めて、目を合わせて「それに陽や氷雨ちゃんだったら虫食いや腐ってる栗も採ってきちゃうわよ?雪ちゃんの良いところは丁寧で正確なところ!」ね?とウィンクしてくるカカが優しくて、嬉しくて、照れ臭くて離れる。
「で?」
「うん?」
「その大きな土鍋は何かしら?」
「あう。」
「その沢山のおにぎりは?」
「あうう。」
「朝にしては重いおかずたちは?」
「ッ、カカ~」
「ふふふ。はい、説明!」
そして僕は昨日の事を洗いざらい話す羽目になった。
狩りの途中で不思議な良い匂いがして気になって森の奥の朽ちた山小屋まで行ったこと、絶対危ないと思ったけど気になって気になって変化して中に入ったこと、怪我人がいたこと、食べられそうになったけど怪我してる人が食べないように言ってくれたこと。
首をこしょこしょされるのが気持ち良かったこと。
そして今も心配でごはんを届けようとした事を白状する。
「カカ、だめ?」
「駄目ではないけど良い事ではないわねぇ。でも見捨てるのもねぇ、ととや陽に言ったら絶対に騒ぐだろうし。色々と妄想して嫁になんかやるか!って監禁されるわぁ。でも人間かぁ。うーん困ったわねぇ。雪ちゃん、息子バカと弟バカのせいで番どころか恋人も出来ないし…他人に興味を持ったのはいいことよねぇ。」
途中からぶつぶつ言ってて聞き取れなかったけど、良くないのはわかる。しょんぼりしているとパチンっとカカが両手を合わせる。
「よし!サクッと治してサクッと帰って貰いましょう!薬草と包帯も食料と一緒に届けて!」
「いいの?」
「だって放っておいたら死んじゃうもの。それは後味悪いわぁ。ちゃんと変化してね?それに皆には内緒よ!」
「わかった!荷物多いからこのまま行って扉の前に置いてから変化する!」
「うん?うーん。まぁ、昨日の様子を聞く限りこの森でいきなり切りかかってくることはないでしょう。一応用心するのよ?トトたちにはまた張り切って狩りに出掛けたと言っておくわ。」
ほら、急いで!と急かすカカに朝ごはん作りを交換してもらって、大きな籠に全部詰めると背中に背負って早足で昨日の小屋に向かう。
赤髪さんと金髪さんも強そうだし、扉の前まで行ったら気配でばれるかな?
でもきっとここは不思議な事が沢山起きる幻獣の森だから大丈夫!と変な自信を持って、出来る限り気配を消してそっと扉の前に籠を置く。そうしてまた木の影で変化して、小屋の隙間から入り込んだ。
そうっと入り込んだつもりなのにやっぱり顔をあげると赤髪さんの顔が目の前にある。
「おう、子狸!昨日はありがとな!旨かったぞ!」
ぐわしっと頭に手を押し付けてくる。
「きゅうッ!」
ふぅ。吃驚した。ぴゅーっと金髪さんのところに駆けて、膝に手をかけて顔を覗き込む。
「浪、驚かすな。お前はまた会いに来てくれたのか、相変わらず可愛いな。」
僕の毛並みを手櫛でとく金髪さんの手つきはとても優しい。
うっとりとその手にこの身を預けていたけれど、ハッとして赤髪さんのところへ行き、扉にカリカリ爪をたてる。
「…開けるのか?はいよ!」
ガガっと立て付けの悪い扉は音を発てて少しだけ開く。
僕は籠を前足でてしてし。赤髪さんをてしてし。
「子狸、俺たちにくれるのか?」
コクコクと頷くと二人は見つめあって、神妙に頷き合って赤髪さんが籠を取りに動く。
それを金髪さんの前に置くから僕は金髪さんの傷に気を付けつつ胡座をかいた所に座らせて貰う。撫でても良いんだよ?と見上げると僕のことを見ていない。しょんぼりしながらスリスリすると膝にいることに今気付いたように片手で撫で撫で。
でも心ここにあらずでしょんぼり。
赤髪さんが籠を開けて、金髪さんを見て、僕を見る。
どうぞ、の意味を込めて「キュッ」と鳴いた。
うまいうまいと言いながら雑炊を掻き込む二人は見ていて気持ちが良い。
籠に一緒に淹れてきた水で濡らしてきつく絞った手拭いも身体が拭けると喜ばれたし、包帯も喜んでるけど、薬草は思案顔だ。
「子狸、この草は薬草か?食うのか、飲むのか、擦って塗るのかわからん。」
「見たことのない薬草だな。子狸教えてくれ。」
はははっと笑いながら自然に問いかけられて、その時僕は金髪さんの膝でうとうととして気が緩んでたんだと思う。
自分ではぽこんという間抜けな音も聞こえなかった。
「あのね、これはね、こうやって手でよりよりってして、しわくちゃにして傷に貼るの。それでね、上から包帯まくの。あれ?うまくまけない…金髪さん大きいよ。」
お腹に巻ききれなくて、金髪さんを見上げると凄く変な顔をしてる。
「?、赤髪さん、僕うまくまけない…やってくれる?」
赤髪さんは身体が大きいから僕よりしっかり巻けるだろう。
「あ、あぁ。」
赤髪さんも凄く凄く変な顔。
何度も失敗しながらもしっかりと包帯を巻き付けたのを見届けて、あの気持ちのいい膝の上に戻って寝ようとして自分の大きさに気がついた。
「あう。」
金髪さん、赤髪さん、金髪さんと何度も交互にみて、沈黙が怖くて涙が滲む。
「ほら、子狸おいで。怖くないぞ。」
さすがにこの大きさで膝に乗ったら傷が痛むだろうと金髪さんの真横に移動してぴったりくっつく。
「子狸は人になっても甘えただなァ。可愛い可愛い。お、毛並みは変わらんな?」
ショリショリと首のところを擽るように、項の髪をさわさわされてやっぱりほわほわと微睡んでしまうが赤髪さんはそれを許さない。
「子狸、人の姿と狸の姿、どちらが本当の姿なんだ?この料理もお前が?おい、何二人で良い雰囲気作ってるんだ!聞けよ!」
「浪煩いぞ。こんなに気を許して貰えているのに、怖がらせるな。どちらでも良いではないか、こんなに可愛いのだから。あぁ、でも名前は知りたいな、教えてくれるか?」
「お前なァ!可愛いもの好きもいい加減にしろよ!もっと驚け!子狸が人になったんだぞ!」
「二人とも僕のこと子狸って呼ぶけど、もう成人してるの。子狸はこんなに大きくないよ。」
「成人?いくつだよ!」
「十七。雪って名前です。二人の名前は知ってるよ。楓と浪でしょう?」
「十七!?見えねーなぁ。ちっこすぎるぞお前。」
その言葉にまたもやしょんぼり。小さいは昔からずっと言われてる。
「雪は小さくて賢くて可愛いなァ。雪って名前も似合ってる。浪の言葉は気にするな。あいつは煩いが良い奴だから、よろしくな?」
「えへ。楓に可愛いって言われると、嬉しい。」
「あぁもう、可愛いなァ。」
ぐりぐりとされながら僕たちは色んな話をした。自己紹介から始まって、二人のお仕事の話。
金髪さんは人間の国の地位のある人で赤髪さんは幼馴染で今は部下とのこと。
僕はダメダメな狸の獣人であること。自立するのが目標だということを話すとまたこしょこしょとしてくれて、あとは驚いたのは人間の国にも獣人がいて、大切にされているという話だ。
昔、人間が獣人にしてしまったことを今の人間たちは悔い改めて、どんな種族の者でも生きやすい平和な国になっていると聞いて、僕も嬉しくなった。
暫く話していると金髪さんがまた痛そうにしだしたので、横になって貰って、渋る金髪さんにまた来る約束をして、籠を背負って村へと帰る。
今日は疲れていたからかお外で寝ちゃったと駄目な大人の言い訳をしたら逆に心配されてしまった。
これは良心が痛む…とその後籠作りに精を出したのだった。
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