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番外編
星丸家万能使用人 葉山幸祐の願い【前編】
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「じゃ、葉山。茶とか要らねえから、入ってくんなよ?」
星丸家の一人息子、星丸蓮多坊っちゃまがご学友の木瀬昴さまをお連れになり、お部屋に籠られた。
先代から星丸家に仕えて50年。今や星丸家の家老頭とも呼べる存在で、自他ともに認める星丸家の万能使用人である葉山 幸祐は動揺していた。坊ちゃまの閉ざされたお部屋を盗み見ることはまかりならないが、しかし黙って立ち去ることも出来ない。
なぜなら。
坊ちゃまはあの、…あのピンクな物体を今日こそお使いになるに違いないからだ。
先代が始めた不動産業が急成長を遂げ、ご当主に代替わりした頃には全国でも屈指の大企業となった星丸ホールディングス。その跡取り息子にして、眉目秀麗、質実剛健、文武両道、と何事においても優れたご功績を発揮される輝かしいご子息が星丸蓮多坊ちゃまである。
坊ちゃまは明朗闊達にして、素直で真っすぐで大変お優しいお人柄。
幼少期より女性にも男性にも人気が高く、ご学友との仲も大変よろしく、明るく健やかにお育ちになられたのだが、…
この春、名門都立霞が関高等学校にご入学されてからご様子が一変した。
なんとある日、眩しいばかりのオレンジ色の頭になされたのである。
旦那様はお笑いになり、奥様はお嘆きになり、私は言葉を尽くしてお止めしたのだが、蓮多坊ちゃまは取り合わなかった。
坊ちゃまが不良になられた、…!!
と悲しんだのも束の間。
どうやら坊ちゃまには譲れないものが出来たらしいと気が付いた。
朝が苦手な坊ちゃまが夜も明けきらぬ早朝から起き出してジョギングをされ、社会勉強のため氷菓店でご労働に励まれ、ご学友と夜分遅くまでお勉強会をなさったり、自らお料理に勤しまれたりなさる。武道にもご興味を持たれ、熱心に弓道を学ばれたりもなさる。私の手を借りたり借りなかったりしたけれど、坊ちゃまはこの短期間で驚くほど逞しくなられた。
そして。
『なあ、親父。どうしたら親父みたいに会社経営とかできるようになる?』
将来の展望までお考えになっておられた。
それは全て、
「あ、葉山さん。お邪魔しています。木瀬昴と言います。葉山さんは何でもできるって、よく蓮多に聞かされてるんで、お会いできて嬉しいです」
「るせーな、木瀬。余計なこと言うなよ」
なんとまあ、神は二物も三物も与えたもうたな、と思わずにはいられない、坊ちゃまに勝るとも劣らない好青年、木瀬昴さまのためらしかった。
坊ちゃまは木瀬さまにご好意を抱いている。
というのは、一目見ればすぐに分かった。
坊ちゃまにはこれまでもガールフレンドが多数いらしたが、あのように本気になられたのは初めてだと思う。心から木瀬さまをお慕いし、切磋琢磨してお互いを高め合っておられる。坊ちゃまを成長させたのはこの方なのだ。
そのような方には、そう何度も出会えるものではない。坊ちゃまは木瀬さまと生涯のお付き合いになるだろう。
しかしながら、…
躊躇なく自らの後ろの方まで差し出そうとなされていることに関して、いささか不安があることも否めない。いいのか? 本当にいいのか!?
坊ちゃまは本当にそちらでよろしいのだろうか。いや、違う。どちらがどうということではない。どうということかもしれないけど、そういうことを言いたいのではなく。つまり、だから、やっぱり、…
葉山が蓮多の部屋の前で狼狽しながらウロウロしていると、
「…すばる、…っ」
切羽詰まったような蓮多の甘い声がほのかに聞こえて、
星丸家万能使用人葉山幸祐は、最大限音を立てないよう気を遣いながら足早にその場を立ち去った。
坊ちゃまのおしめ替えからトイレトレーニングから、皮むきのお手伝いまでさせて頂いた葉山幸祐。蓮多坊ちゃまのために出来ることなら何でもする心持だった。
しかし、出来ることなど何もなかった。
坊ちゃまはこれから、痛い思いをすることも、傷つくことも、偏見にさらされることも、将来的につらい選択を迫られることもあるだろう。
それでも、蓮多坊ちゃまにとって木瀬さまとともにいる以上に幸せなことはないだろうと確信できた。
星丸家の一人息子、星丸蓮多坊っちゃまがご学友の木瀬昴さまをお連れになり、お部屋に籠られた。
先代から星丸家に仕えて50年。今や星丸家の家老頭とも呼べる存在で、自他ともに認める星丸家の万能使用人である葉山 幸祐は動揺していた。坊ちゃまの閉ざされたお部屋を盗み見ることはまかりならないが、しかし黙って立ち去ることも出来ない。
なぜなら。
坊ちゃまはあの、…あのピンクな物体を今日こそお使いになるに違いないからだ。
先代が始めた不動産業が急成長を遂げ、ご当主に代替わりした頃には全国でも屈指の大企業となった星丸ホールディングス。その跡取り息子にして、眉目秀麗、質実剛健、文武両道、と何事においても優れたご功績を発揮される輝かしいご子息が星丸蓮多坊ちゃまである。
坊ちゃまは明朗闊達にして、素直で真っすぐで大変お優しいお人柄。
幼少期より女性にも男性にも人気が高く、ご学友との仲も大変よろしく、明るく健やかにお育ちになられたのだが、…
この春、名門都立霞が関高等学校にご入学されてからご様子が一変した。
なんとある日、眩しいばかりのオレンジ色の頭になされたのである。
旦那様はお笑いになり、奥様はお嘆きになり、私は言葉を尽くしてお止めしたのだが、蓮多坊ちゃまは取り合わなかった。
坊ちゃまが不良になられた、…!!
と悲しんだのも束の間。
どうやら坊ちゃまには譲れないものが出来たらしいと気が付いた。
朝が苦手な坊ちゃまが夜も明けきらぬ早朝から起き出してジョギングをされ、社会勉強のため氷菓店でご労働に励まれ、ご学友と夜分遅くまでお勉強会をなさったり、自らお料理に勤しまれたりなさる。武道にもご興味を持たれ、熱心に弓道を学ばれたりもなさる。私の手を借りたり借りなかったりしたけれど、坊ちゃまはこの短期間で驚くほど逞しくなられた。
そして。
『なあ、親父。どうしたら親父みたいに会社経営とかできるようになる?』
将来の展望までお考えになっておられた。
それは全て、
「あ、葉山さん。お邪魔しています。木瀬昴と言います。葉山さんは何でもできるって、よく蓮多に聞かされてるんで、お会いできて嬉しいです」
「るせーな、木瀬。余計なこと言うなよ」
なんとまあ、神は二物も三物も与えたもうたな、と思わずにはいられない、坊ちゃまに勝るとも劣らない好青年、木瀬昴さまのためらしかった。
坊ちゃまは木瀬さまにご好意を抱いている。
というのは、一目見ればすぐに分かった。
坊ちゃまにはこれまでもガールフレンドが多数いらしたが、あのように本気になられたのは初めてだと思う。心から木瀬さまをお慕いし、切磋琢磨してお互いを高め合っておられる。坊ちゃまを成長させたのはこの方なのだ。
そのような方には、そう何度も出会えるものではない。坊ちゃまは木瀬さまと生涯のお付き合いになるだろう。
しかしながら、…
躊躇なく自らの後ろの方まで差し出そうとなされていることに関して、いささか不安があることも否めない。いいのか? 本当にいいのか!?
坊ちゃまは本当にそちらでよろしいのだろうか。いや、違う。どちらがどうということではない。どうということかもしれないけど、そういうことを言いたいのではなく。つまり、だから、やっぱり、…
葉山が蓮多の部屋の前で狼狽しながらウロウロしていると、
「…すばる、…っ」
切羽詰まったような蓮多の甘い声がほのかに聞こえて、
星丸家万能使用人葉山幸祐は、最大限音を立てないよう気を遣いながら足早にその場を立ち去った。
坊ちゃまのおしめ替えからトイレトレーニングから、皮むきのお手伝いまでさせて頂いた葉山幸祐。蓮多坊ちゃまのために出来ることなら何でもする心持だった。
しかし、出来ることなど何もなかった。
坊ちゃまはこれから、痛い思いをすることも、傷つくことも、偏見にさらされることも、将来的につらい選択を迫られることもあるだろう。
それでも、蓮多坊ちゃまにとって木瀬さまとともにいる以上に幸せなことはないだろうと確信できた。
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