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poppin' 4. 昴
03.
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昴には父親がいない。
「学生のうちに出来ちゃって退学になったらしいよ」
「家族にも縁を切られたんだって」
「水商売掛け持ちして身体を壊したとか」
「一体どんな事させられてたんだかね」
物心ついた時からいないのが普通で、昴の家に父親を思わせるものは何一つなかった。
「ひ、ちゃくしゅつし?」
非嫡出子。私生児。戸籍。父親空欄。
自分の状況をある程度理解したのは小学校に入学する前。保育園で周りがランドセルを見に行った話で盛り上がっている中、何かに使うために母親が取り寄せた書類を偶然見て、自分は望まれなかった子だと知った。
「元はいいところのお嬢さんだったらしいのに」
「子どもさえいなかったらねえ」
実際、苦しくて夜中に目を覚ますと、母親が泣きながら昴の首を絞めていることもあった。ごめん。ごめんね、昴。ごめんね、ごめんなさい、…
母を不幸にしたのは自分だ。
「昴の家は、俺んちが払った税金で生かされてるんだって」
「だから、謝れよ」「土下座しろよ」
「食べさせてくれてありがとうございますって言えよ」
学校生活は地獄だった。
「俺のスマホがない」「昴じゃねえの」
「羨ましいんだろう」「触ってみたかったのか」
「じゃあ取って来いよ」「焼却炉から」
校内で紛失したというクラスメイトのスマートフォンを燃え盛る焼却炉から取るよう迫られ、負わされた火傷の痕は今でも残っている。知らない。見たこともない。触りたくもない。昴の主張は何一つ聞いてもらえず、母親は相手の家に頭を下げて焦げたスマートフォンを弁償した。
「じゃあ好きな人と2人でペアになって」
「お前、昴と組めよ」「やだよ、あいつ、臭いじゃん」
「大原さん、相手見つからない?」「せんせー、昴くん、余ってます」
「やだー、大原さん泣いちゃったー」
死ぬって何だろう。
死んだら楽になれるだろうか。母は喜んでくれるだろうか。
「昴の雑巾、汚ったねー」「それゴミだろ」「新しいの持って来るんだぞ」
「あいつんちの母ちゃん、ウイルス持ってるんだって」「うわぁ、菌がうつる」「感染る」「きゃあ、触っちゃった」「押すなよ」「うお、ギリセーフ」
なぜ子どもは学校に行かなければいけないのか。
なぜ人は生きていかなければいけないのか。
やせ細り薄汚れてお腹を空かせた昴が、裏山の上にある神社で首を吊ろうとして登った木の上から、弓道場が見えた。空を切って真っすぐに飛ぶ矢。美しくしなる弓。張りつめた空気。真理を求める精神。その風景に魅せられた。
毎日毎日何時間でも道場の練習風景を眺めている昴に気づいた範士が、ある時昴に弓を引かせてくれた。自らが放った矢が初めて的を射た時、昴の心は震えた。
母を幸せにする。そのために生きる。
雑音は無視した。理不尽は受け流した。不条理にも目を瞑った。肉体的な苦痛も精神的な苦痛も感じないよう努めた。悲しい苦しい寂しい辛い。感情は全て放棄する努力をした。
やがて、情けで弓矢を持たせてくれていた範士が、類まれなる昴の才能に気づき、無償で昴の指導を引き受けてくれてから、昴を取り巻く環境は劇的に変化した。
元々頭脳的にも身体的にも優れた能力を持っていた昴は、弓道の大会で名を馳せ、一躍時の人となる。恵まれない境遇を乗り越えた薄幸の美少年とネットで話題になり、スポンサーも現れて、中学に上がる頃には、表立って昴を馬鹿に出来る人は居なくなった。
覚えのない親せきが沸いて出て、いじめ倒してきた奴らは幼少期からの友だちと名を変え、バイ菌がうつると泣いていた女子たちは束になって媚びへつらってきた。
ホントはずっと好きだった? 前からずっといいなと思っていた?
反吐が出る。
変わり身の早い世間の反応は、とっくに放棄した昴の感情を更に頑なに喪失させただけだった。
「学生のうちに出来ちゃって退学になったらしいよ」
「家族にも縁を切られたんだって」
「水商売掛け持ちして身体を壊したとか」
「一体どんな事させられてたんだかね」
物心ついた時からいないのが普通で、昴の家に父親を思わせるものは何一つなかった。
「ひ、ちゃくしゅつし?」
非嫡出子。私生児。戸籍。父親空欄。
自分の状況をある程度理解したのは小学校に入学する前。保育園で周りがランドセルを見に行った話で盛り上がっている中、何かに使うために母親が取り寄せた書類を偶然見て、自分は望まれなかった子だと知った。
「元はいいところのお嬢さんだったらしいのに」
「子どもさえいなかったらねえ」
実際、苦しくて夜中に目を覚ますと、母親が泣きながら昴の首を絞めていることもあった。ごめん。ごめんね、昴。ごめんね、ごめんなさい、…
母を不幸にしたのは自分だ。
「昴の家は、俺んちが払った税金で生かされてるんだって」
「だから、謝れよ」「土下座しろよ」
「食べさせてくれてありがとうございますって言えよ」
学校生活は地獄だった。
「俺のスマホがない」「昴じゃねえの」
「羨ましいんだろう」「触ってみたかったのか」
「じゃあ取って来いよ」「焼却炉から」
校内で紛失したというクラスメイトのスマートフォンを燃え盛る焼却炉から取るよう迫られ、負わされた火傷の痕は今でも残っている。知らない。見たこともない。触りたくもない。昴の主張は何一つ聞いてもらえず、母親は相手の家に頭を下げて焦げたスマートフォンを弁償した。
「じゃあ好きな人と2人でペアになって」
「お前、昴と組めよ」「やだよ、あいつ、臭いじゃん」
「大原さん、相手見つからない?」「せんせー、昴くん、余ってます」
「やだー、大原さん泣いちゃったー」
死ぬって何だろう。
死んだら楽になれるだろうか。母は喜んでくれるだろうか。
「昴の雑巾、汚ったねー」「それゴミだろ」「新しいの持って来るんだぞ」
「あいつんちの母ちゃん、ウイルス持ってるんだって」「うわぁ、菌がうつる」「感染る」「きゃあ、触っちゃった」「押すなよ」「うお、ギリセーフ」
なぜ子どもは学校に行かなければいけないのか。
なぜ人は生きていかなければいけないのか。
やせ細り薄汚れてお腹を空かせた昴が、裏山の上にある神社で首を吊ろうとして登った木の上から、弓道場が見えた。空を切って真っすぐに飛ぶ矢。美しくしなる弓。張りつめた空気。真理を求める精神。その風景に魅せられた。
毎日毎日何時間でも道場の練習風景を眺めている昴に気づいた範士が、ある時昴に弓を引かせてくれた。自らが放った矢が初めて的を射た時、昴の心は震えた。
母を幸せにする。そのために生きる。
雑音は無視した。理不尽は受け流した。不条理にも目を瞑った。肉体的な苦痛も精神的な苦痛も感じないよう努めた。悲しい苦しい寂しい辛い。感情は全て放棄する努力をした。
やがて、情けで弓矢を持たせてくれていた範士が、類まれなる昴の才能に気づき、無償で昴の指導を引き受けてくれてから、昴を取り巻く環境は劇的に変化した。
元々頭脳的にも身体的にも優れた能力を持っていた昴は、弓道の大会で名を馳せ、一躍時の人となる。恵まれない境遇を乗り越えた薄幸の美少年とネットで話題になり、スポンサーも現れて、中学に上がる頃には、表立って昴を馬鹿に出来る人は居なくなった。
覚えのない親せきが沸いて出て、いじめ倒してきた奴らは幼少期からの友だちと名を変え、バイ菌がうつると泣いていた女子たちは束になって媚びへつらってきた。
ホントはずっと好きだった? 前からずっといいなと思っていた?
反吐が出る。
変わり身の早い世間の反応は、とっくに放棄した昴の感情を更に頑なに喪失させただけだった。
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