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終章.そして、水龍王の花嫁は幸福に微笑む
02.龍の皇子
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豊かな自然と資源に恵まれ、個人を尊重し福祉に厚い政策を取って、国民の幸福度が最も高い国と言われるディアマナス王国で、空から龍が降りてきたような稲妻と嵐の夜に、一人の男児が誕生した。父王と同じ陽に透ける金色の髪を持ち、勇ましい産声を上げた世継ぎの皇子は、青く蒼く碧い不思議な色の瞳をしていた。
「リヴィア! リヴィ――っ、どこにいるの!?」
リヴィア・ディアベルトと名付けられた皇子は、好奇心旺盛で少しもじっとしていてくれない、怖いもの知らずで母親泣かせの腕白坊主であったが、
「あ、母様。雛がね、巣から落ちちゃったんだよ」
枝に引っかかれた傷だらけの小さな手の中に、震える雛鳥を抱えてそっと巣に戻す優しさを持った子どもでもあった。
「リヴィアはまた勝手に街をうろついてるのか」
父王以上に自由奔放だったが、聡明で慈悲深く、成年を迎える頃には父王の片腕として各国に同行し、難解な交渉をまとめてしまう手腕も見せた。
更に。
「リディ、蓬莱地方に雨を降らせ過ぎじゃない?」
「だって、蓬莱の大樹が言うんだよ。地下水が足りない足りないって、…」
目と耳を澄ませて、風の音を聞き葉擦れに頷き、雨を呼ぶ。母王妃の雨使いの能力を見事に受け継いでいた。
やがて、誰からともなく『龍の皇子』と呼ばれるようになり、父王から王位を継承したリディア・ディアベルトは、ディアマナス国他、大陸を分かつ七つの大国を統一し、人々に平和と幸福を与えた名君として歴史に名を残した。
「…行ってしまうのか、ココ。俺もすぐに行くから。行って、…あいつとの仲をねちねち邪魔してやる」
先王レオンが、年老いた両手で、もう自力では動かせなくなった最愛の王妃ココリーネの細い手を大切に包み込む。レオン・ディアベルトは長い王族の歴史の中で初めて出自の分からない平民の妻を娶り、一切の妾妃を持たず、王妃ただ1人だけを愛し抜いた王として人々から憧憬を受けていた。
「泣かないで、レオン」
皺だらけの美しい顔に微笑みを浮かべて、ココリーネがほとんど聞き取れないほど微かな声で囁く。その吐息ほどの声であっても尚、レオンを魅了してやまない。
「私を見つけてくれてありがとう。あなたは私に居場所をくれた。この世界で、私は私のままで生きて良いと教えてくれた。長い間、ずっとそばにいてくれてありがとう」
涙の膜の向こうで、白髪ばかりのココリーネが出会った頃と変わらない可憐な笑みを見せる。何十年もの時間が一瞬に溶ける。もう少しだけ。あと、少しだけ。永遠の時を願いたくなる。
「俺はお前を、ちゃんと愛せたかな」
「はい。とても幸せでした。ありがとう、レオン、…」
微笑みを残して閉じられた瞳は、もう再び開くことはなかった。ココリーネの瞳を涙に濡らして、数え切れないほど触れた最愛の唇に、レオンは最後のキスをした。
「リヴィア! リヴィ――っ、どこにいるの!?」
リヴィア・ディアベルトと名付けられた皇子は、好奇心旺盛で少しもじっとしていてくれない、怖いもの知らずで母親泣かせの腕白坊主であったが、
「あ、母様。雛がね、巣から落ちちゃったんだよ」
枝に引っかかれた傷だらけの小さな手の中に、震える雛鳥を抱えてそっと巣に戻す優しさを持った子どもでもあった。
「リヴィアはまた勝手に街をうろついてるのか」
父王以上に自由奔放だったが、聡明で慈悲深く、成年を迎える頃には父王の片腕として各国に同行し、難解な交渉をまとめてしまう手腕も見せた。
更に。
「リディ、蓬莱地方に雨を降らせ過ぎじゃない?」
「だって、蓬莱の大樹が言うんだよ。地下水が足りない足りないって、…」
目と耳を澄ませて、風の音を聞き葉擦れに頷き、雨を呼ぶ。母王妃の雨使いの能力を見事に受け継いでいた。
やがて、誰からともなく『龍の皇子』と呼ばれるようになり、父王から王位を継承したリディア・ディアベルトは、ディアマナス国他、大陸を分かつ七つの大国を統一し、人々に平和と幸福を与えた名君として歴史に名を残した。
「…行ってしまうのか、ココ。俺もすぐに行くから。行って、…あいつとの仲をねちねち邪魔してやる」
先王レオンが、年老いた両手で、もう自力では動かせなくなった最愛の王妃ココリーネの細い手を大切に包み込む。レオン・ディアベルトは長い王族の歴史の中で初めて出自の分からない平民の妻を娶り、一切の妾妃を持たず、王妃ただ1人だけを愛し抜いた王として人々から憧憬を受けていた。
「泣かないで、レオン」
皺だらけの美しい顔に微笑みを浮かべて、ココリーネがほとんど聞き取れないほど微かな声で囁く。その吐息ほどの声であっても尚、レオンを魅了してやまない。
「私を見つけてくれてありがとう。あなたは私に居場所をくれた。この世界で、私は私のままで生きて良いと教えてくれた。長い間、ずっとそばにいてくれてありがとう」
涙の膜の向こうで、白髪ばかりのココリーネが出会った頃と変わらない可憐な笑みを見せる。何十年もの時間が一瞬に溶ける。もう少しだけ。あと、少しだけ。永遠の時を願いたくなる。
「俺はお前を、ちゃんと愛せたかな」
「はい。とても幸せでした。ありがとう、レオン、…」
微笑みを残して閉じられた瞳は、もう再び開くことはなかった。ココリーネの瞳を涙に濡らして、数え切れないほど触れた最愛の唇に、レオンは最後のキスをした。
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