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2章.なりそこねた少女は水龍王に愛でられる
07.地上
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「この水を抜けたら、レオは声を、リーネは記憶を取り戻す」
水龍王リヴァイアサンの背に乗って、水の中を飛んだ。文字通り、広く深く澄んだ水の中を渡り、彼方まで飛んでいった。時間と空間を超えて。水の国は泉の底にあるのではなかった。そこは許されたものだけが通れる異世界への入り口だったのだ。
「リヴ、…ありがとう」
水面が見える。あれは、地上に繋がる水龍の泉。水汲みをして、森で歌って、最後に身を投げた、…―――
すぐそこまで記憶が押し寄せてきて、リーネはとっさにリヴァイアサンにしがみ付いた。
本当は。地上に帰るのが怖い。
リヴに抱かれて心地良さしか知らない世界でずっと守られていたらダメなのか。自ら幸せを手放して地獄の業火に身を焦がす必要が本当にあるのか。
「…リーネ」
リヴは振り返り、青く蒼く碧い、水の色をした瞳でリーネを見つめた。
リヴァイアサンの瞳に呼応して、リーネの体内を巡る水が脈打つ。リヴァイアサンに注がれて作り替えられた新しい自分。愛を刻まれた細胞の一つ一つが寂しさに疼いて泣いている。昨夜、本能に貪られるまま、溶けて溶けて溶け合ったのに、全然足りない。これ以上ないほど深く交わって、腕も足も舌も鼓動も全て混ざり合って、気持ち良さだけに浮かんで。あのまま、一つになれたら良かったのに。
「案ずるな。お前は私の花嫁だ」
リヴァイアサンの水の瞳が緩んで、弾力のある唇がリーネの頬をくすぐる。
「離れていても共に在る」
リヴァイアサンの舌に撫でられて、水以外のものが頬を濡らしていたことを知る。
「お前たちに幸を。水龍の加護を」
最後のキスは、涙の味がした。それはリーネに、勇気と自分自身を与えてくれた。
どんなに望んでも、深く繋がっても、自分は自分にしかなれない。誰かに代わってはもらえない。だからこそ、自分自身を全うして、ちゃんと胸を張ってもう一度リヴに会いに行くんだ。
『…待っている』
気がつくと水を抜けて泉の畔に横たわっていた。
髪を揺らす風を感じる。乾いた大気の匂いがする。木の葉のざわめきが聞こえる。大地の温もりを感じる。地上に帰ってきた。
「…ココリーネ」
傍らにいた男性が身体を起こして、自分を覗き込んでいる。陽に透ける金色の髪。憂いを湛えた藍色の瞳。大切な宝物のように自分を呼ぶ声。
「…おう、じ」
急に、唐突に、つい今しがた泉に飛び込んだかのように、全ての記憶が蘇った。
共にリヴァイアサンの背に乗って、地上に戻ってきたレオは、レオン・ディアベルト。ディアマナス国の第二王子で、襲われたココリーネを救い、怖いくらい優しく、甘やかにココリーネを抱いた人。
「お前を愛している」
レオン王子はココリーネを引き寄せるとそっとその胸に抱きしめた。
「俺と一緒に生きて欲しい」
震える王子の体温を感じた。共鳴する二つの鼓動が聞こえる。
あの夜自分が王城から去った理由も思い出したけれど、今はレオン王子を信じられた。
「…はい」
レオン王子はココリーネをしっかりと抱きしめてから立ち上がった。
「城に戻らなければ」
焦げ臭いような匂いがする。空を仰ぐと森の向こうが赤黒く焦げて見える。夕焼けとは違う。不吉な予感がして王子と共に森を抜けると、一面焼け落ちて見る影もなく変わり果てた街並みと火の手が上がり煙に包まれた王都が目に映った。
水龍王リヴァイアサンの背に乗って、水の中を飛んだ。文字通り、広く深く澄んだ水の中を渡り、彼方まで飛んでいった。時間と空間を超えて。水の国は泉の底にあるのではなかった。そこは許されたものだけが通れる異世界への入り口だったのだ。
「リヴ、…ありがとう」
水面が見える。あれは、地上に繋がる水龍の泉。水汲みをして、森で歌って、最後に身を投げた、…―――
すぐそこまで記憶が押し寄せてきて、リーネはとっさにリヴァイアサンにしがみ付いた。
本当は。地上に帰るのが怖い。
リヴに抱かれて心地良さしか知らない世界でずっと守られていたらダメなのか。自ら幸せを手放して地獄の業火に身を焦がす必要が本当にあるのか。
「…リーネ」
リヴは振り返り、青く蒼く碧い、水の色をした瞳でリーネを見つめた。
リヴァイアサンの瞳に呼応して、リーネの体内を巡る水が脈打つ。リヴァイアサンに注がれて作り替えられた新しい自分。愛を刻まれた細胞の一つ一つが寂しさに疼いて泣いている。昨夜、本能に貪られるまま、溶けて溶けて溶け合ったのに、全然足りない。これ以上ないほど深く交わって、腕も足も舌も鼓動も全て混ざり合って、気持ち良さだけに浮かんで。あのまま、一つになれたら良かったのに。
「案ずるな。お前は私の花嫁だ」
リヴァイアサンの水の瞳が緩んで、弾力のある唇がリーネの頬をくすぐる。
「離れていても共に在る」
リヴァイアサンの舌に撫でられて、水以外のものが頬を濡らしていたことを知る。
「お前たちに幸を。水龍の加護を」
最後のキスは、涙の味がした。それはリーネに、勇気と自分自身を与えてくれた。
どんなに望んでも、深く繋がっても、自分は自分にしかなれない。誰かに代わってはもらえない。だからこそ、自分自身を全うして、ちゃんと胸を張ってもう一度リヴに会いに行くんだ。
『…待っている』
気がつくと水を抜けて泉の畔に横たわっていた。
髪を揺らす風を感じる。乾いた大気の匂いがする。木の葉のざわめきが聞こえる。大地の温もりを感じる。地上に帰ってきた。
「…ココリーネ」
傍らにいた男性が身体を起こして、自分を覗き込んでいる。陽に透ける金色の髪。憂いを湛えた藍色の瞳。大切な宝物のように自分を呼ぶ声。
「…おう、じ」
急に、唐突に、つい今しがた泉に飛び込んだかのように、全ての記憶が蘇った。
共にリヴァイアサンの背に乗って、地上に戻ってきたレオは、レオン・ディアベルト。ディアマナス国の第二王子で、襲われたココリーネを救い、怖いくらい優しく、甘やかにココリーネを抱いた人。
「お前を愛している」
レオン王子はココリーネを引き寄せるとそっとその胸に抱きしめた。
「俺と一緒に生きて欲しい」
震える王子の体温を感じた。共鳴する二つの鼓動が聞こえる。
あの夜自分が王城から去った理由も思い出したけれど、今はレオン王子を信じられた。
「…はい」
レオン王子はココリーネをしっかりと抱きしめてから立ち上がった。
「城に戻らなければ」
焦げ臭いような匂いがする。空を仰ぐと森の向こうが赤黒く焦げて見える。夕焼けとは違う。不吉な予感がして王子と共に森を抜けると、一面焼け落ちて見る影もなく変わり果てた街並みと火の手が上がり煙に包まれた王都が目に映った。
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