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2章.なりそこねた少女は水龍王に愛でられる
05.さざ波
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踊るように華麗に跳び回りながら手にした棒を操り、相手の喉笛に突きつける。その動作は優雅で美しいのに鋭くて、一分の隙もない。
「ま、参った、…っ」
相手が地面に手をついて降参すると、周囲で見物していた大勢の者たちから大きな歓声が上がった。
「わああ、レオ、強い」「かっこいい」
「今度はぼくの相手して」「ぼくにも教えて」
水の国の生物の中でも格闘好きな鮫族を相手に、棒術を教授しているのはリーネと同じ人間の男性だ。白蛇と取引をして水の国にやってきた。名をレオという。呼び名を問われ、いくつか挙げた中からその名で頷いたので、そう呼ばれている。
彼は相当鍛えられていたようで身体能力が高く、棒術に長け、剣捌きが得意だが、武道に於いても所作がとても美しい。荷物を運んでも食事をしても、立ち振る舞いに気品がある。龍宮の仕事は何でも手伝ってくれるし、彼を慕う鮫族の男子や水に住まうものとも気さくに戯れるが、リーネのように労働を常としていたであろう者とは何か違う。とても高貴な身分だったのではないかと思われる。
「レオってすごくかっこいいよね」「人間の雄はみんなそうなの?」
加えて、太陽を映したような金色の髪と深く澄んだ藍色の瞳。至極整った顔立ち。長い手足。柔らかい身のこなし。水の国の乙女たちがさざめき立つのも無理はない。
そんなレオは時々憂いを帯びた眼差しでリーネを見つめる。
地上で何があったのか。
レオは語れないし語る気もなさそうだが、リーネを見つけて人目もはばからず号泣したことからも、相当の思い入れと覚悟を持って行方を探していたのであろうことは想像がつく。人魚の砦に流れ着いたレオは身体中傷だらけで衣服はボロボロで危険なほど衰弱していた。最初にレオを見つけたアウラはとっくに死んでいると思ったそうだ。どれほどの長い間、どれほどの過酷な状況で彷徨っていたのだろう。声を失い、命さえ賭して、リーネに会いに来たのだ。
「レオはお前に恋慕しているのだな」
レオが龍宮にきてしばらく経つが、レオが来てからリヴァイアサンはリーネに注ぐことをしなくなった。
慈しみに溢れた声でリーネを呼び、リーネを愛で、抱いて撫でて舐めて慰め、昼といい夜といい睦み合うことに変わりはないが、
「や、…リヴ、…っ、もっと、…っ」
「…リーネ。お前は人の子だから、…」
どんなにリーネが求めても、もう中に溢れるほど注がれることはない。
リヴァイアサンは変わらず優しく、大きく温かく愛情深い。深く深くリーネを満たしてくれるけれど、ほんの小さな砂粒が一つ、水面に落ちたのが分かる。二人の間には目を背けられない違いがある。
「どんなに私を注いでも、お前は人の子。永遠に近い時を生きる我らとは違い、いつかはお前を見送らねばならぬ」
リヴァイアサンの青く蒼く碧い、水より澄んだ瞳が寂し気に翳ると胸の奥が痛くなる。
レオはリーネに何かを求めることはしない。リヴァイアサンと身も心も繋がっているリーネをただ優しく見つめるだけ。それでも、リーネが歌うと切ないほど美しい微笑みを見せて涙を浮かべるレオのことも、放っておけない。
多分、レオと共に人の世に帰ることが正解なのだ。
「ま、参った、…っ」
相手が地面に手をついて降参すると、周囲で見物していた大勢の者たちから大きな歓声が上がった。
「わああ、レオ、強い」「かっこいい」
「今度はぼくの相手して」「ぼくにも教えて」
水の国の生物の中でも格闘好きな鮫族を相手に、棒術を教授しているのはリーネと同じ人間の男性だ。白蛇と取引をして水の国にやってきた。名をレオという。呼び名を問われ、いくつか挙げた中からその名で頷いたので、そう呼ばれている。
彼は相当鍛えられていたようで身体能力が高く、棒術に長け、剣捌きが得意だが、武道に於いても所作がとても美しい。荷物を運んでも食事をしても、立ち振る舞いに気品がある。龍宮の仕事は何でも手伝ってくれるし、彼を慕う鮫族の男子や水に住まうものとも気さくに戯れるが、リーネのように労働を常としていたであろう者とは何か違う。とても高貴な身分だったのではないかと思われる。
「レオってすごくかっこいいよね」「人間の雄はみんなそうなの?」
加えて、太陽を映したような金色の髪と深く澄んだ藍色の瞳。至極整った顔立ち。長い手足。柔らかい身のこなし。水の国の乙女たちがさざめき立つのも無理はない。
そんなレオは時々憂いを帯びた眼差しでリーネを見つめる。
地上で何があったのか。
レオは語れないし語る気もなさそうだが、リーネを見つけて人目もはばからず号泣したことからも、相当の思い入れと覚悟を持って行方を探していたのであろうことは想像がつく。人魚の砦に流れ着いたレオは身体中傷だらけで衣服はボロボロで危険なほど衰弱していた。最初にレオを見つけたアウラはとっくに死んでいると思ったそうだ。どれほどの長い間、どれほどの過酷な状況で彷徨っていたのだろう。声を失い、命さえ賭して、リーネに会いに来たのだ。
「レオはお前に恋慕しているのだな」
レオが龍宮にきてしばらく経つが、レオが来てからリヴァイアサンはリーネに注ぐことをしなくなった。
慈しみに溢れた声でリーネを呼び、リーネを愛で、抱いて撫でて舐めて慰め、昼といい夜といい睦み合うことに変わりはないが、
「や、…リヴ、…っ、もっと、…っ」
「…リーネ。お前は人の子だから、…」
どんなにリーネが求めても、もう中に溢れるほど注がれることはない。
リヴァイアサンは変わらず優しく、大きく温かく愛情深い。深く深くリーネを満たしてくれるけれど、ほんの小さな砂粒が一つ、水面に落ちたのが分かる。二人の間には目を背けられない違いがある。
「どんなに私を注いでも、お前は人の子。永遠に近い時を生きる我らとは違い、いつかはお前を見送らねばならぬ」
リヴァイアサンの青く蒼く碧い、水より澄んだ瞳が寂し気に翳ると胸の奥が痛くなる。
レオはリーネに何かを求めることはしない。リヴァイアサンと身も心も繋がっているリーネをただ優しく見つめるだけ。それでも、リーネが歌うと切ないほど美しい微笑みを見せて涙を浮かべるレオのことも、放っておけない。
多分、レオと共に人の世に帰ることが正解なのだ。
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