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1章.奪われた花嫁は海の藻屑に
08.虚偽
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「まあ町娘などどうとでも出来るからいいのですけど」
「いっそ私たちに手を出して下さらないかしら」
「町娘なんかよりよっぽど具合がいいのにね」
「ご成婚されたらさすがに街で遊ぶのも難しくなるから、最後に珍味を味わわれたんじゃなくて?」
「あらやだ、珍味じゃなくてゲテモノよ」
居室の向こうから侍女らしき人たちの笑い声が聞こえてきて、ひどく胸が痛んだが、納得もした。王族の酔狂。今宵の出来事に意味などない。
着てきた服はなかったので、ベッドの下に落ちていた白いドレスを拝借して、侍女たちがいなくなるのを待ち、王子の部屋を抜け出した。腰が重く、腹部と股の異物感が凄い。よろめきそうになるのを耐えて厩を探した。迷路のように広く入り組んだ王城で警備の目をかいくぐるのに時間を要したが、何とか馬を見つけると、頼んで背に乗せてもらった。いつでも、動物たちは人間よりもずっとココリーネに優しい。
夜気が身に沁みる中、王都を抜け牧場を目指した。
『私はお前を信じている』
日はとっくに沈んでしまったけれど、マルスの元へ行かなければ。王城の馬は優秀で、夜の街を軽やかに駆けた。ようやくたどり着いた牧場は明るく開けていて、夜も更けているというのに妙に賑わって活気がある。馬を降りて近づいてみると、酒宴の真っ只中だった。
「ああ可愛い可愛いメアリ。君と結婚できるなんて夢のようだ」
「まあマルス、あなたって本当に悪い男ね。こんな簡単に心変わりするなんてココリーネが可哀想」
「大胆華麗な君の前じゃ、あんな醜女見るに堪えないよ。君が素敵な計画を思いついてくれて助かった」
「あら、本当はココリーネを味わってから捨てたかったんじゃなくて?」
「まさか。どんなに大金を積まれてもごめんだ。ベンが気の毒だよ」
宴の中心には、牧場の跡取り息子マルスと粉屋の義妹メアリが並んでいた。二人はお祝いの言葉や祝杯を受けながら仲睦まじく寄り添っている。マルスはココリーネに求婚したその口でメアリに愛を囁き、ココリーネを抱き上げたその腕でメアリを引き寄せて、熱い口づけを交わしていた。
「ねえ、今宵の婚礼、マルス様のお相手は姉上のココリーネ様じゃなかった?」
「まさか。あんな醜女、マルス様が見初めるわけないじゃない。マルス様は最初からメアリ様にご執心だったのよ」
物陰で立ち尽くすココリーネの傍を使用人たちがしゃべりながら通り過ぎていく。
「じゃあどうしてココリーネ様に求婚を?」
「メアリ様の自尊心を煽ったのよ」
「まあ、それじゃココリーネ様は利用されたってこと?」
「何もかも釣り合わないのにマルス様に求婚されるわけないじゃない。考えれば分かることよ」
「…ふうん、可哀想にね」
祝宴の酒や料理を運んだり片づけたり、忙しく立ち働きながらもしゃべり続けている。
悪寒がした。
夜気は寒くないのに、足元から立ち昇ってくる寒気が内側から身体を蝕み、空洞にしていった。
「いっそ私たちに手を出して下さらないかしら」
「町娘なんかよりよっぽど具合がいいのにね」
「ご成婚されたらさすがに街で遊ぶのも難しくなるから、最後に珍味を味わわれたんじゃなくて?」
「あらやだ、珍味じゃなくてゲテモノよ」
居室の向こうから侍女らしき人たちの笑い声が聞こえてきて、ひどく胸が痛んだが、納得もした。王族の酔狂。今宵の出来事に意味などない。
着てきた服はなかったので、ベッドの下に落ちていた白いドレスを拝借して、侍女たちがいなくなるのを待ち、王子の部屋を抜け出した。腰が重く、腹部と股の異物感が凄い。よろめきそうになるのを耐えて厩を探した。迷路のように広く入り組んだ王城で警備の目をかいくぐるのに時間を要したが、何とか馬を見つけると、頼んで背に乗せてもらった。いつでも、動物たちは人間よりもずっとココリーネに優しい。
夜気が身に沁みる中、王都を抜け牧場を目指した。
『私はお前を信じている』
日はとっくに沈んでしまったけれど、マルスの元へ行かなければ。王城の馬は優秀で、夜の街を軽やかに駆けた。ようやくたどり着いた牧場は明るく開けていて、夜も更けているというのに妙に賑わって活気がある。馬を降りて近づいてみると、酒宴の真っ只中だった。
「ああ可愛い可愛いメアリ。君と結婚できるなんて夢のようだ」
「まあマルス、あなたって本当に悪い男ね。こんな簡単に心変わりするなんてココリーネが可哀想」
「大胆華麗な君の前じゃ、あんな醜女見るに堪えないよ。君が素敵な計画を思いついてくれて助かった」
「あら、本当はココリーネを味わってから捨てたかったんじゃなくて?」
「まさか。どんなに大金を積まれてもごめんだ。ベンが気の毒だよ」
宴の中心には、牧場の跡取り息子マルスと粉屋の義妹メアリが並んでいた。二人はお祝いの言葉や祝杯を受けながら仲睦まじく寄り添っている。マルスはココリーネに求婚したその口でメアリに愛を囁き、ココリーネを抱き上げたその腕でメアリを引き寄せて、熱い口づけを交わしていた。
「ねえ、今宵の婚礼、マルス様のお相手は姉上のココリーネ様じゃなかった?」
「まさか。あんな醜女、マルス様が見初めるわけないじゃない。マルス様は最初からメアリ様にご執心だったのよ」
物陰で立ち尽くすココリーネの傍を使用人たちがしゃべりながら通り過ぎていく。
「じゃあどうしてココリーネ様に求婚を?」
「メアリ様の自尊心を煽ったのよ」
「まあ、それじゃココリーネ様は利用されたってこと?」
「何もかも釣り合わないのにマルス様に求婚されるわけないじゃない。考えれば分かることよ」
「…ふうん、可哀想にね」
祝宴の酒や料理を運んだり片づけたり、忙しく立ち働きながらもしゃべり続けている。
悪寒がした。
夜気は寒くないのに、足元から立ち昇ってくる寒気が内側から身体を蝕み、空洞にしていった。
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