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1章.奪われた花嫁は海の藻屑に
03.逢瀬
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ディアマナス国第二王子レオン・ディアベルトは退屈な王城から抜け出し、身分を隠して民衆に紛れ、街を歩き森を渡り、庶民の暮らしを体感することが常だった。
その日は夜通し酒場で力自慢の商人たちと飲み明かし、森の木陰で朝を迎えた。
目が覚めて最初に感じたのは、木陰を抜ける爽やかな風、朝露の匂い、そして、透き通るような美しい歌声。二日酔いの頭を優しく包み、柔らかくひそやかに、それでいて凛として美しく、魂を愛でるように澄み渡る声。一瞬にして魅了され、そっと身を起こして歌声の主を探したところ、泉の水を汲みながら、森の動物たちと楽し気に歌う少女の姿が目に入った。
少女はそこにレオンがいることにはまるで気づかず、のびのびと朗らかに歌いながら、狐、リス、鹿、小鳥といった森の小動物たちと戯れる。少女と動物たちは互いに心を通い合わせているようだった。レオンは奇跡のような歌声に聞き惚れ、癒しの光景に見惚れた。やがて少女はいっぱいになった大きな水瓶をよろめきながら持ち上げた。足元には励ますように森の小動物たちが寄り添っている。
「…手伝おう」
差し伸べた手が、もう少しだけ早かったら、運命は変わっていたかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
突如木陰から現れた人影にココリーネは動揺して水瓶を取り落してしまった。しかし現れた男性が素早く受け止め、せっかく汲んだ水が零れることはなかった。
「驚かせてすまない。私も水汲みに来たんだ。今日はいつもより足を延ばしてこの泉まで来てみたんだが、こんな素敵な出会いがあるならもっと早くに来るんだったな」
穏やかに笑う日に焼けた顔がココリーネを優しく見つめた。
男性は軽々と水瓶を持ち上げ、森に繋いであった馬まで運んだ。それから素早く自分の水瓶も泉の水で満たす。
「街まで一緒に行こう。私はその先にある牧場の者だ」
男性は水瓶を馬に積むと、ココリーネを誘う。
おずおずと馬に歩み寄ったココリーネは、ふいに抱き上げられて馬に乗せられた。男性は自分も馬にまたがると、ココリーネの馬の手綱を引いてゆっくりと歩を進める。二人乗りなどしたことのないココリーネの胸は騒ぎっぱなしだったが、男性は慣れた手つきで二頭の馬を操り、森を抜け、街に降り立った。牧場の者というだけあって、逞しく精悍で力強い。動物の扱いにも長けていた。男性は再びココリーネを抱え降ろして馬に乗せ換えると、爽やかに手を上げて去って行った。
その日から、男性は毎朝現れた。ココリーネの水汲みを手伝ってくれ、軽い会話を交わし、麓まで二人で馬に乗って戻る。彼はマルス・レゴリーという牧場主の跡取りで、いつしかココリーネは彼と過ごすわずかな時間を心待ちにするようになっていた。
その日は夜通し酒場で力自慢の商人たちと飲み明かし、森の木陰で朝を迎えた。
目が覚めて最初に感じたのは、木陰を抜ける爽やかな風、朝露の匂い、そして、透き通るような美しい歌声。二日酔いの頭を優しく包み、柔らかくひそやかに、それでいて凛として美しく、魂を愛でるように澄み渡る声。一瞬にして魅了され、そっと身を起こして歌声の主を探したところ、泉の水を汲みながら、森の動物たちと楽し気に歌う少女の姿が目に入った。
少女はそこにレオンがいることにはまるで気づかず、のびのびと朗らかに歌いながら、狐、リス、鹿、小鳥といった森の小動物たちと戯れる。少女と動物たちは互いに心を通い合わせているようだった。レオンは奇跡のような歌声に聞き惚れ、癒しの光景に見惚れた。やがて少女はいっぱいになった大きな水瓶をよろめきながら持ち上げた。足元には励ますように森の小動物たちが寄り添っている。
「…手伝おう」
差し伸べた手が、もう少しだけ早かったら、運命は変わっていたかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
突如木陰から現れた人影にココリーネは動揺して水瓶を取り落してしまった。しかし現れた男性が素早く受け止め、せっかく汲んだ水が零れることはなかった。
「驚かせてすまない。私も水汲みに来たんだ。今日はいつもより足を延ばしてこの泉まで来てみたんだが、こんな素敵な出会いがあるならもっと早くに来るんだったな」
穏やかに笑う日に焼けた顔がココリーネを優しく見つめた。
男性は軽々と水瓶を持ち上げ、森に繋いであった馬まで運んだ。それから素早く自分の水瓶も泉の水で満たす。
「街まで一緒に行こう。私はその先にある牧場の者だ」
男性は水瓶を馬に積むと、ココリーネを誘う。
おずおずと馬に歩み寄ったココリーネは、ふいに抱き上げられて馬に乗せられた。男性は自分も馬にまたがると、ココリーネの馬の手綱を引いてゆっくりと歩を進める。二人乗りなどしたことのないココリーネの胸は騒ぎっぱなしだったが、男性は慣れた手つきで二頭の馬を操り、森を抜け、街に降り立った。牧場の者というだけあって、逞しく精悍で力強い。動物の扱いにも長けていた。男性は再びココリーネを抱え降ろして馬に乗せ換えると、爽やかに手を上げて去って行った。
その日から、男性は毎朝現れた。ココリーネの水汲みを手伝ってくれ、軽い会話を交わし、麓まで二人で馬に乗って戻る。彼はマルス・レゴリーという牧場主の跡取りで、いつしかココリーネは彼と過ごすわずかな時間を心待ちにするようになっていた。
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