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1章.奪われた花嫁は海の藻屑に

01.水龍の泉

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「待て、早まるなっ!!」

王都を囲む巨大な森の中に龍神が住むと謂われる『水龍の泉』がある。深く広大で豊かな湧水を湛え、古くからディアマナス国とその国民を潤してきた。月の見えない暗い暗い夜、一人の少女が泉の淵に佇み、祈りを捧げるとゆっくりと泉に分け入った。裸足のまま歩いてきたのか足は傷だらけで、身に纏う薄い衣が森を抜ける風にあおられてはためき、暗がりに白く浮かび上がる。白い衣は水に濡れて軽さを失い、静かに泉の中を漂う。やがて水面にその白さが見えなくなった時。

「ココリーネっ! 違う、俺はお前を、…っ」

森から抜け出してきた青年が泉の光景を見て、声を限りに叫んだ。
湖水遥かに頭しか見えなくなった白い衣の少女に駆け寄らんと必死に手を伸ばし、躊躇することなく泉に飛び込む。青年はひどく見目麗しく、身に着けているものから一目で高貴な地位にあることが伺える。

「愛しているから、…っ」

冷たい泉の中を懸命に泳ぎ、少女に追いすがろうとする青年は水中から水面から少女の行方を探るが、白い衣の少女はほぼ全身が水に沈み、もはやその面影は見えない。

「待てっ、待ってくれ、ココリーネっ!!」

頭から水を滴らせ全身ずぶぬれの青年は必死に叫び、水中に潜って少女の姿を探すが、それを嘲笑うかのように面影は手を擦り抜けて、泉の遥か水底に沈んでいく。

「…―――王子っ」
「…なりませんっ」

更に奥深くに潜ろうとする青年は後から来た数名の男性たちにつかまれた。
水中で抗う青年を後ろから横から羽交い絞めにして、男性たちは湖上へと引き上げる。

「離せ、…離せっ! ココリーネっ!」

水上でもがく青年を、しかし男性たちは決して放そうとせず、湖畔に連れ戻す。湖畔に戻ってからも尚、泉に飛び込もうとする青年を男性たちは数名がかりで押さえつけた。

「ココリーネ、愛して、…」

月の見えない暗い暗い夜では泉に沈んだ少女の姿はどこにも見えない。喉が枯れんばかりにその名を呼び、狂ったように吠え声を上げる青年は、やがて力なく地面に膝をついた。

「愛しているんだ、…」

少女を掴み損ねた自らの手を握りしめ、地面に叩きつける。一陣の風が森を抜け、湖上をさざめかせる。泉に消えた少女を想い、人目もはばからず号泣する青年の頬を風が抜け、絶望に打ちひしがれる青年の姿を漠々と広がる闇が包む。

悠久の時を湛える水龍の泉。その奥底深くに何があるのかは、誰も知らない。
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