1 / 22
1章.奪われた花嫁は海の藻屑に
01.水龍の泉
しおりを挟む
「待て、早まるなっ!!」
王都を囲む巨大な森の中に龍神が住むと謂われる『水龍の泉』がある。深く広大で豊かな湧水を湛え、古くからディアマナス国とその国民を潤してきた。月の見えない暗い暗い夜、一人の少女が泉の淵に佇み、祈りを捧げるとゆっくりと泉に分け入った。裸足のまま歩いてきたのか足は傷だらけで、身に纏う薄い衣が森を抜ける風にあおられてはためき、暗がりに白く浮かび上がる。白い衣は水に濡れて軽さを失い、静かに泉の中を漂う。やがて水面にその白さが見えなくなった時。
「ココリーネっ! 違う、俺はお前を、…っ」
森から抜け出してきた青年が泉の光景を見て、声を限りに叫んだ。
湖水遥かに頭しか見えなくなった白い衣の少女に駆け寄らんと必死に手を伸ばし、躊躇することなく泉に飛び込む。青年はひどく見目麗しく、身に着けているものから一目で高貴な地位にあることが伺える。
「愛しているから、…っ」
冷たい泉の中を懸命に泳ぎ、少女に追いすがろうとする青年は水中から水面から少女の行方を探るが、白い衣の少女はほぼ全身が水に沈み、もはやその面影は見えない。
「待てっ、待ってくれ、ココリーネっ!!」
頭から水を滴らせ全身ずぶぬれの青年は必死に叫び、水中に潜って少女の姿を探すが、それを嘲笑うかのように面影は手を擦り抜けて、泉の遥か水底に沈んでいく。
「…―――王子っ」
「…なりませんっ」
更に奥深くに潜ろうとする青年は後から来た数名の男性たちにつかまれた。
水中で抗う青年を後ろから横から羽交い絞めにして、男性たちは湖上へと引き上げる。
「離せ、…離せっ! ココリーネっ!」
水上でもがく青年を、しかし男性たちは決して放そうとせず、湖畔に連れ戻す。湖畔に戻ってからも尚、泉に飛び込もうとする青年を男性たちは数名がかりで押さえつけた。
「ココリーネ、愛して、…」
月の見えない暗い暗い夜では泉に沈んだ少女の姿はどこにも見えない。喉が枯れんばかりにその名を呼び、狂ったように吠え声を上げる青年は、やがて力なく地面に膝をついた。
「愛しているんだ、…」
少女を掴み損ねた自らの手を握りしめ、地面に叩きつける。一陣の風が森を抜け、湖上をさざめかせる。泉に消えた少女を想い、人目もはばからず号泣する青年の頬を風が抜け、絶望に打ちひしがれる青年の姿を漠々と広がる闇が包む。
悠久の時を湛える水龍の泉。その奥底深くに何があるのかは、誰も知らない。
王都を囲む巨大な森の中に龍神が住むと謂われる『水龍の泉』がある。深く広大で豊かな湧水を湛え、古くからディアマナス国とその国民を潤してきた。月の見えない暗い暗い夜、一人の少女が泉の淵に佇み、祈りを捧げるとゆっくりと泉に分け入った。裸足のまま歩いてきたのか足は傷だらけで、身に纏う薄い衣が森を抜ける風にあおられてはためき、暗がりに白く浮かび上がる。白い衣は水に濡れて軽さを失い、静かに泉の中を漂う。やがて水面にその白さが見えなくなった時。
「ココリーネっ! 違う、俺はお前を、…っ」
森から抜け出してきた青年が泉の光景を見て、声を限りに叫んだ。
湖水遥かに頭しか見えなくなった白い衣の少女に駆け寄らんと必死に手を伸ばし、躊躇することなく泉に飛び込む。青年はひどく見目麗しく、身に着けているものから一目で高貴な地位にあることが伺える。
「愛しているから、…っ」
冷たい泉の中を懸命に泳ぎ、少女に追いすがろうとする青年は水中から水面から少女の行方を探るが、白い衣の少女はほぼ全身が水に沈み、もはやその面影は見えない。
「待てっ、待ってくれ、ココリーネっ!!」
頭から水を滴らせ全身ずぶぬれの青年は必死に叫び、水中に潜って少女の姿を探すが、それを嘲笑うかのように面影は手を擦り抜けて、泉の遥か水底に沈んでいく。
「…―――王子っ」
「…なりませんっ」
更に奥深くに潜ろうとする青年は後から来た数名の男性たちにつかまれた。
水中で抗う青年を後ろから横から羽交い絞めにして、男性たちは湖上へと引き上げる。
「離せ、…離せっ! ココリーネっ!」
水上でもがく青年を、しかし男性たちは決して放そうとせず、湖畔に連れ戻す。湖畔に戻ってからも尚、泉に飛び込もうとする青年を男性たちは数名がかりで押さえつけた。
「ココリーネ、愛して、…」
月の見えない暗い暗い夜では泉に沈んだ少女の姿はどこにも見えない。喉が枯れんばかりにその名を呼び、狂ったように吠え声を上げる青年は、やがて力なく地面に膝をついた。
「愛しているんだ、…」
少女を掴み損ねた自らの手を握りしめ、地面に叩きつける。一陣の風が森を抜け、湖上をさざめかせる。泉に消えた少女を想い、人目もはばからず号泣する青年の頬を風が抜け、絶望に打ちひしがれる青年の姿を漠々と広がる闇が包む。
悠久の時を湛える水龍の泉。その奥底深くに何があるのかは、誰も知らない。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる