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19.旅は道連れ世は情け
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「姫さま、姫さまっ、帰ってらっしゃいましたよっ」
様子を見て戻ってきたばあやの声に、弾かれたように立ち上がったアヤメは、部屋を飛び出すと宿屋の玄関を目指して一目散に走った。
木造りのドアを開ける手間ももどかしく外に出たアヤメを、ひんやりとした外気が包み、無意識に身体が震える。まだ明けきらない暁の空に白い月が朧に溶けていく。
首を巡らせて薄暗い通りを見た。目を凝らすと街の向こうから近づいてくる大柄な影とそれを取り囲むいくつかの影が見える。
ひと際目立つガマニエルの影に向かって、瞬時に駆け出した。
この手で、この目で、無事を確かめたい。ちゃんと帰ってきてくれたことを確かめたい。
「旦那様っ」
ガマニエルの姿をはっきりと認め、その身体に傷などが見当たらないことに安堵した。
思わず手を伸ばして駆け寄ると、
「…あ、アヤメだあ」
ガマニエルがふにゃっと相好を崩してアヤメを抱き上げた。そのまま高く掲げ上げ、
「いいだろう、俺のアヤメ」
その場でくるくる回り始めた。
「…だんな、さま?」
不意にもたらされたガマニエルのハイテンション状態に困惑が隠し切れない。
なんだかいつもより、旦那様が緩い? というか、幼い? というか、ご機嫌??
「あー、くるくるズルい~~~」
「あたしもっ、あたしもしてぇ、ガマニエル様~~~」
無事に連れ帰られたらしい姉姫たちの高い甘えた声が聞こえ、
「姉姫さま、暴れない」「落ちる、落ちる」
2人を担ぎ運んでいるガラコスとルキオの慌てたような声もする。
「大将、くるくるっ」「大将、くーるくるっ」
次いで何の合唱だか分からない掛け声が一斉に響くがその全てを一切無視して、ガマニエルは高所で回されてあわあわしているアヤメを楽しそうに見ると、
「アヤメ、ただいま」
甘い声で微笑んで、ぎゅううっと抱きすくめた。
旦那様、もしかして、酔ってる? お姉様たちもここにいる皆さまも、多分、…
ガマニエルを取り囲む一行からは結構なアルコールの匂いがした。
「アヤメ、可愛いな。何でそんな可愛いんだ」
ガマニエルは、低くかすれた声で可愛い可愛いと繰り返し、頬を擦り寄せてくる。
くすぐったい。懐っこい。尻尾を振ってる大型犬、ならぬ大型ガエル。(グロテスクさも慣れれば気にならない。)可愛いのは、旦那様の方。
アヤメがくすぐったさに笑い声を上げると、ガマニエルは心底嬉しそうに満開の笑顔を見せた。
酔っぱらった旦那さま、可愛いな。
「大将アニキ。そのちっこいのは誰っすか」
つられて思わず微笑んでしまうアヤメを、隣から見たことのない顔がひょっこり覗き込んできた。厳つく鋭い面持ち。大柄でごつい鱗。黒ずくめの衣服に覆われた身体。狡猾そうなトカゲ頭。一見すると恐ろしさを感じさせる風貌だが、口調が軽快で妙にガマニエルに懐いている。
「ん~? 俺の嫁」
トカゲ頭には振り向きもせず、ガマニエルがご機嫌な声で答えると、
「なんとっ、奥さんっすか。めっちゃ! 普通っすね!」
トカゲ頭が率直過ぎる感想を述べて、ガマニエルに速攻で叩かれた。
「あ? 見んなよ、お前は」
ガマニエルが一気に酔いがさめたような地底に響く重く凄みのある低音を放つ。が、
「冗談っすよ、アニキっ! アニキの奥さんってことは、俺たちトカゲ族の姐さんっす!」
トカゲ頭は全くめげずに軽々しく受け流し、またアヤメを覗き込んだ。
「姐さん。俺、ガマニエル兄貴の舎弟、マーカス・マルボスティンと言います! トカゲ族のヘッドしてます。
以後お見知り置きを願いやす!」
「いや、姐さんじゃないし。俺の可愛い嫁さんだし。お前なんか知らないし」
ガマニエルがふて腐れたような顔をして、トカゲ頭から隠すようにアヤメを抱え込む。
「…ははぁ、アニキ、ベタ惚れなんすね」
マーカス・マルボスティンと名乗ったトカゲ頭は会得したようにつぶやき、
「真の強者は弱者を愛す」
と決め顔で告げると、
「べったぼれ」「べったぼれ」
周囲に控えていた黒ずくめの一行と共にコールを巻き起こした。
アヤメに追いついたばあやも、その後から追いかけて来た金と銀の王子も、夜明け前に何の騒ぎかと家々の窓から外を覗いていた街の人も、戸惑いながら一行を見やるのだった。
「うお~い、酒が足りないわよ~~~」
「野蛮な蜥蜴以外の男はいないのか~~~」
相当酔っぱらってへべれけ状態な金銀王女たち。
「アマリリス~、無事で良かったよ」
「野蛮と無縁な男は僕さ」
を、蛙獣人から受け取る金銀王子たち。
「…ってか、重っ」「暴れるなし」
それを取り囲むトカゲ頭と同種のメンツ。すなわち、二足歩行の巨大なトカゲ族が楽しそうに揺れながらベタ惚れコールを繰り返している。これは一体何の集団か。
どうやら街に来た旅人の巨大ガマ妖怪一行が、トカゲ族を仲間にしたらしい。
という情報が風の速さでオアシスの街に広がり、朝一番で街の首長がガマニエルとトカゲ族に会いに来た。
「これからは俺たち、アニキを見習って弱者に優しく、砂漠の運び人になることに決めやした」
トカゲ族は奪った財宝の数々や食料品、衣料品をオアシスの街に納め、トカゲ族の砂漠に適している優れた身体機能を提供して、友好関係を結ぶことにしたらしい。砂漠を渡る商人や旅人を案内する役どころを担うという。
「で、その最初の客がアニキたちってことっすね。ま、俺は魔界までご一緒しますけど」
マーカスがその第一印象にそぐわない人懐っこい笑顔を見せて街の首長と握手する。
なんだか、気が付けば北へ向かう旅メンが増えている。
旦那様が側室より姫さまを大事に思ってらっしゃるっぽいのは良かったけれど、どうして姫さまの周りにはゲテモノばかりが集まるのだろうかと、ばあやは蛙と蜥蜴を交互に見ながら一人唸るのだった。
様子を見て戻ってきたばあやの声に、弾かれたように立ち上がったアヤメは、部屋を飛び出すと宿屋の玄関を目指して一目散に走った。
木造りのドアを開ける手間ももどかしく外に出たアヤメを、ひんやりとした外気が包み、無意識に身体が震える。まだ明けきらない暁の空に白い月が朧に溶けていく。
首を巡らせて薄暗い通りを見た。目を凝らすと街の向こうから近づいてくる大柄な影とそれを取り囲むいくつかの影が見える。
ひと際目立つガマニエルの影に向かって、瞬時に駆け出した。
この手で、この目で、無事を確かめたい。ちゃんと帰ってきてくれたことを確かめたい。
「旦那様っ」
ガマニエルの姿をはっきりと認め、その身体に傷などが見当たらないことに安堵した。
思わず手を伸ばして駆け寄ると、
「…あ、アヤメだあ」
ガマニエルがふにゃっと相好を崩してアヤメを抱き上げた。そのまま高く掲げ上げ、
「いいだろう、俺のアヤメ」
その場でくるくる回り始めた。
「…だんな、さま?」
不意にもたらされたガマニエルのハイテンション状態に困惑が隠し切れない。
なんだかいつもより、旦那様が緩い? というか、幼い? というか、ご機嫌??
「あー、くるくるズルい~~~」
「あたしもっ、あたしもしてぇ、ガマニエル様~~~」
無事に連れ帰られたらしい姉姫たちの高い甘えた声が聞こえ、
「姉姫さま、暴れない」「落ちる、落ちる」
2人を担ぎ運んでいるガラコスとルキオの慌てたような声もする。
「大将、くるくるっ」「大将、くーるくるっ」
次いで何の合唱だか分からない掛け声が一斉に響くがその全てを一切無視して、ガマニエルは高所で回されてあわあわしているアヤメを楽しそうに見ると、
「アヤメ、ただいま」
甘い声で微笑んで、ぎゅううっと抱きすくめた。
旦那様、もしかして、酔ってる? お姉様たちもここにいる皆さまも、多分、…
ガマニエルを取り囲む一行からは結構なアルコールの匂いがした。
「アヤメ、可愛いな。何でそんな可愛いんだ」
ガマニエルは、低くかすれた声で可愛い可愛いと繰り返し、頬を擦り寄せてくる。
くすぐったい。懐っこい。尻尾を振ってる大型犬、ならぬ大型ガエル。(グロテスクさも慣れれば気にならない。)可愛いのは、旦那様の方。
アヤメがくすぐったさに笑い声を上げると、ガマニエルは心底嬉しそうに満開の笑顔を見せた。
酔っぱらった旦那さま、可愛いな。
「大将アニキ。そのちっこいのは誰っすか」
つられて思わず微笑んでしまうアヤメを、隣から見たことのない顔がひょっこり覗き込んできた。厳つく鋭い面持ち。大柄でごつい鱗。黒ずくめの衣服に覆われた身体。狡猾そうなトカゲ頭。一見すると恐ろしさを感じさせる風貌だが、口調が軽快で妙にガマニエルに懐いている。
「ん~? 俺の嫁」
トカゲ頭には振り向きもせず、ガマニエルがご機嫌な声で答えると、
「なんとっ、奥さんっすか。めっちゃ! 普通っすね!」
トカゲ頭が率直過ぎる感想を述べて、ガマニエルに速攻で叩かれた。
「あ? 見んなよ、お前は」
ガマニエルが一気に酔いがさめたような地底に響く重く凄みのある低音を放つ。が、
「冗談っすよ、アニキっ! アニキの奥さんってことは、俺たちトカゲ族の姐さんっす!」
トカゲ頭は全くめげずに軽々しく受け流し、またアヤメを覗き込んだ。
「姐さん。俺、ガマニエル兄貴の舎弟、マーカス・マルボスティンと言います! トカゲ族のヘッドしてます。
以後お見知り置きを願いやす!」
「いや、姐さんじゃないし。俺の可愛い嫁さんだし。お前なんか知らないし」
ガマニエルがふて腐れたような顔をして、トカゲ頭から隠すようにアヤメを抱え込む。
「…ははぁ、アニキ、ベタ惚れなんすね」
マーカス・マルボスティンと名乗ったトカゲ頭は会得したようにつぶやき、
「真の強者は弱者を愛す」
と決め顔で告げると、
「べったぼれ」「べったぼれ」
周囲に控えていた黒ずくめの一行と共にコールを巻き起こした。
アヤメに追いついたばあやも、その後から追いかけて来た金と銀の王子も、夜明け前に何の騒ぎかと家々の窓から外を覗いていた街の人も、戸惑いながら一行を見やるのだった。
「うお~い、酒が足りないわよ~~~」
「野蛮な蜥蜴以外の男はいないのか~~~」
相当酔っぱらってへべれけ状態な金銀王女たち。
「アマリリス~、無事で良かったよ」
「野蛮と無縁な男は僕さ」
を、蛙獣人から受け取る金銀王子たち。
「…ってか、重っ」「暴れるなし」
それを取り囲むトカゲ頭と同種のメンツ。すなわち、二足歩行の巨大なトカゲ族が楽しそうに揺れながらベタ惚れコールを繰り返している。これは一体何の集団か。
どうやら街に来た旅人の巨大ガマ妖怪一行が、トカゲ族を仲間にしたらしい。
という情報が風の速さでオアシスの街に広がり、朝一番で街の首長がガマニエルとトカゲ族に会いに来た。
「これからは俺たち、アニキを見習って弱者に優しく、砂漠の運び人になることに決めやした」
トカゲ族は奪った財宝の数々や食料品、衣料品をオアシスの街に納め、トカゲ族の砂漠に適している優れた身体機能を提供して、友好関係を結ぶことにしたらしい。砂漠を渡る商人や旅人を案内する役どころを担うという。
「で、その最初の客がアニキたちってことっすね。ま、俺は魔界までご一緒しますけど」
マーカスがその第一印象にそぐわない人懐っこい笑顔を見せて街の首長と握手する。
なんだか、気が付けば北へ向かう旅メンが増えている。
旦那様が側室より姫さまを大事に思ってらっしゃるっぽいのは良かったけれど、どうして姫さまの周りにはゲテモノばかりが集まるのだろうかと、ばあやは蛙と蜥蜴を交互に見ながら一人唸るのだった。
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