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04.ガマ王太子の素顔
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「王子!」「おーじ!」
「お嫁様、来た」「来た来た」
ガマ獣人たちに連れられて入った蛙国の王城は、中も薄暗く、じめじめとしていた。高い天井。太い支柱。吹抜けのテラス。街を一望できる渡り回廊。それらを抜けて大広間に行き当たると、大勢のガマ獣人たちが集まってそろって頭を垂れていた。
正面の祭壇に設えられた玉座には、王冠をかぶったガマ獣人、ティアラをのせたガマ獣人が鎮座していたが、そんなものは目に入らないほどの圧倒的な存在感で、巨大なガマガエルの妖怪が中心に君臨していた。
その姿にアヤメは思わず息を呑み、
「グ、グロい、上に、キモい」
ばあやは思わず本音を漏らした。
体長は通常獣人の2倍、横幅は3倍を優に超えている。顔は不気味な濃茶色の斑模様に覆われ、ギョロリと突き出た目玉、イボイボした突起物のあるぬらりとした皮膚、うねうねと見え隠れする長い舌。それら全てが相まって、何とも言えない醜悪さを醸し出している。
「ひ、姫さま、さすがにグロテスク過ぎますわ。よもやあれが婿さまでは、…」
ばあやはガマ妖怪を前に二の句が告げなくなっているが、その醜悪な物体が唯一アヤメを受け入れてくれたガマ王太子であることは、もはや疑いようがなかった。
「姫さまは、あんなものと生涯を共に、…っ」
しばらく呆然としていたばあやの落ち窪んだ目から涙が溢れ出し、皺の刻まれた頬を濡らす。アヤメはそっとばあやの頭に手を伸ばして優しく触れた。
それから震えそうな手を握り締めて、しっかりと背筋を伸ばした。
真っ直ぐに玉座を見つめ、心を込めて頭を下げる。
「ガマ王太子さま。ボッチャリ国第三皇女のアヤメと申します。この度は私の嫁入りをご了承下さり、ありがとうございます」
衣擦れの音がして、頭を下げたままのアヤメの前に気配が近づく。隣にいるばあやが、ヒィッと悲鳴にならない声を上げて後ろにのけぞり尻もちをついた。
「…うん」
アヤメが目を上げると、目の前に醜悪なガマガエルの妖怪が立ちはだかっていた。
その大きすぎる目玉は、泥だらけの古いドレスを着たちっぽけな牛蒡のような人間の、凛とした瞳を見つめた。その小さな瞳は、いっぱいに醜い化け物を映しながら、何の翳りも見せていない。曇りのない澄んだ色をしていた。
「よく来た、アヤメ」
アヤメは思わず、頬を緩めた。
ガマ王太子は、低音で優しく沁みる甘やかな声をしている。その声が自分の名前を呼んだ時、心にひと筋の灯りがともったような気がした。
「皆のもの、祝言じゃ。我が蛙国の王太子ガマニエル・ドゥ・ニコラス・シャルルと、ボッチャリ国第三皇女アヤメ姫との婚姻をここに執り行う!」
王冠をかぶったガマ獣人が立ち上がると、高々と宣言し、大広間は歓声に沸いた。
「…ひとまず、風呂にでも入ってこい」
一同が祝言の準備に沸く中、王太子の声が上から落ちてくる。
「はい」
アヤメは微笑んでガマ王太子を見返しながら、ふと一抹の違和感を覚えた。
「お嫁様、お風呂」「お風呂」
ガマ獣人たちが再びアヤメとばあやを担ぎ上げる。
「あのっ」
ガマ王太子から遠ざかることに焦って、思わずアヤメは声を上げた。
「旦那様もご一緒に入られますか!?」
場が凍る。
沸き立っていた大広間が痛いくらい静まり返り、巨大な化けガエルも凍りついたように動きを止めた。
「…ひっ、姫さまは旅の疲れで世迷いごとを」
焦ったばあやが裏返った愛想笑いを繰り出し、口裏合わせのために担ぎ上げているガマ獣人を密かに蹴り出す。
「お、オヨメサマ、ツカレタ」「ツカレタ」
ガマ獣人が完全な棒読みでばあやに加勢する。
「…俺は。後でいい」
ガマ王太子はギョロ目をわずかに細めてそう言うと、踵を返した。
「ばあやは寿命が縮まるかと思いましたわ」
王城にある居室に案内され、流れるような早さで天然の露天風呂に導かれ、湯浴みをさせてもらっている間もばあやの嘆きは止まらない。
「姫さま、正気ですか!? 一緒にお風呂など、あのような化け物と? 床を共にすることだに汚らわしいというか、おいたわしいというか、…ですのにっ」
しかし、アヤメは気がかりがあり、ばあやの嘆きを適当に受け流していた。
旦那様はなぜ。
「だいたいあの化けガエル、お風呂などと情けをかけたふりで、ワタクシどもを綺麗に洗って食べるつもりかもしれませんわよ。ワタクシ、そんな物語を読んだことがございますわ。祝宴のメインディッシュはワタクシとか、そういう、…あ。いえ、決してロマンスの話ではなくてですね、やたら注文の多い料理店の話でしてね、…」
敢えて、あのようなお姿をしていらっしゃるのかしら。
「お嫁様、来た」「来た来た」
ガマ獣人たちに連れられて入った蛙国の王城は、中も薄暗く、じめじめとしていた。高い天井。太い支柱。吹抜けのテラス。街を一望できる渡り回廊。それらを抜けて大広間に行き当たると、大勢のガマ獣人たちが集まってそろって頭を垂れていた。
正面の祭壇に設えられた玉座には、王冠をかぶったガマ獣人、ティアラをのせたガマ獣人が鎮座していたが、そんなものは目に入らないほどの圧倒的な存在感で、巨大なガマガエルの妖怪が中心に君臨していた。
その姿にアヤメは思わず息を呑み、
「グ、グロい、上に、キモい」
ばあやは思わず本音を漏らした。
体長は通常獣人の2倍、横幅は3倍を優に超えている。顔は不気味な濃茶色の斑模様に覆われ、ギョロリと突き出た目玉、イボイボした突起物のあるぬらりとした皮膚、うねうねと見え隠れする長い舌。それら全てが相まって、何とも言えない醜悪さを醸し出している。
「ひ、姫さま、さすがにグロテスク過ぎますわ。よもやあれが婿さまでは、…」
ばあやはガマ妖怪を前に二の句が告げなくなっているが、その醜悪な物体が唯一アヤメを受け入れてくれたガマ王太子であることは、もはや疑いようがなかった。
「姫さまは、あんなものと生涯を共に、…っ」
しばらく呆然としていたばあやの落ち窪んだ目から涙が溢れ出し、皺の刻まれた頬を濡らす。アヤメはそっとばあやの頭に手を伸ばして優しく触れた。
それから震えそうな手を握り締めて、しっかりと背筋を伸ばした。
真っ直ぐに玉座を見つめ、心を込めて頭を下げる。
「ガマ王太子さま。ボッチャリ国第三皇女のアヤメと申します。この度は私の嫁入りをご了承下さり、ありがとうございます」
衣擦れの音がして、頭を下げたままのアヤメの前に気配が近づく。隣にいるばあやが、ヒィッと悲鳴にならない声を上げて後ろにのけぞり尻もちをついた。
「…うん」
アヤメが目を上げると、目の前に醜悪なガマガエルの妖怪が立ちはだかっていた。
その大きすぎる目玉は、泥だらけの古いドレスを着たちっぽけな牛蒡のような人間の、凛とした瞳を見つめた。その小さな瞳は、いっぱいに醜い化け物を映しながら、何の翳りも見せていない。曇りのない澄んだ色をしていた。
「よく来た、アヤメ」
アヤメは思わず、頬を緩めた。
ガマ王太子は、低音で優しく沁みる甘やかな声をしている。その声が自分の名前を呼んだ時、心にひと筋の灯りがともったような気がした。
「皆のもの、祝言じゃ。我が蛙国の王太子ガマニエル・ドゥ・ニコラス・シャルルと、ボッチャリ国第三皇女アヤメ姫との婚姻をここに執り行う!」
王冠をかぶったガマ獣人が立ち上がると、高々と宣言し、大広間は歓声に沸いた。
「…ひとまず、風呂にでも入ってこい」
一同が祝言の準備に沸く中、王太子の声が上から落ちてくる。
「はい」
アヤメは微笑んでガマ王太子を見返しながら、ふと一抹の違和感を覚えた。
「お嫁様、お風呂」「お風呂」
ガマ獣人たちが再びアヤメとばあやを担ぎ上げる。
「あのっ」
ガマ王太子から遠ざかることに焦って、思わずアヤメは声を上げた。
「旦那様もご一緒に入られますか!?」
場が凍る。
沸き立っていた大広間が痛いくらい静まり返り、巨大な化けガエルも凍りついたように動きを止めた。
「…ひっ、姫さまは旅の疲れで世迷いごとを」
焦ったばあやが裏返った愛想笑いを繰り出し、口裏合わせのために担ぎ上げているガマ獣人を密かに蹴り出す。
「お、オヨメサマ、ツカレタ」「ツカレタ」
ガマ獣人が完全な棒読みでばあやに加勢する。
「…俺は。後でいい」
ガマ王太子はギョロ目をわずかに細めてそう言うと、踵を返した。
「ばあやは寿命が縮まるかと思いましたわ」
王城にある居室に案内され、流れるような早さで天然の露天風呂に導かれ、湯浴みをさせてもらっている間もばあやの嘆きは止まらない。
「姫さま、正気ですか!? 一緒にお風呂など、あのような化け物と? 床を共にすることだに汚らわしいというか、おいたわしいというか、…ですのにっ」
しかし、アヤメは気がかりがあり、ばあやの嘆きを適当に受け流していた。
旦那様はなぜ。
「だいたいあの化けガエル、お風呂などと情けをかけたふりで、ワタクシどもを綺麗に洗って食べるつもりかもしれませんわよ。ワタクシ、そんな物語を読んだことがございますわ。祝宴のメインディッシュはワタクシとか、そういう、…あ。いえ、決してロマンスの話ではなくてですね、やたら注文の多い料理店の話でしてね、…」
敢えて、あのようなお姿をしていらっしゃるのかしら。
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