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Ⅴユイの章【鹿王】
04.
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「苦しいのなら、我とともに来るがよい。一切の苦しみを忘れ、安寧に漂うことになろう」
ラキの言葉が胸にしみて、じわじわと沸き上がり、涙となって零れ落ちた。
「…ロウが好き。好きで苦しい。だけど私、…ロウを忘れたくない」
涙と共に、心の奥底にあるユイの願いが込み上げてぽろりと漏れた。
そうだ。どんなに苦しくても、報われなくても、居場所がなくても。
ユイはロウのそばにいたいのだ。
「なるほど。よく分かった。主はまだ我と来るには早すぎるようだ。主は行くところがないと言うがな、主を心から必要としている者がおる。あの時のように、その者はどこまでも追いかけてくるであろうな」
「必要としている者…?」
ユイが見上げると、涙の膜の向こうにラキの微笑みが見えた。
その時、ラキの長い角よりずっと上、遥か上方、どこまでも続く狭間の高い天井辺りで、わずかに白い光が爆ぜた。
「やはりな。来たようだ」
ラキの髭がまた震えた。時の番人は全てを見通す目を天井の白い光に向けた。
白い光はものすごい勢いでぐんぐん近づいてくる。
冷水も暗闇も時間さえ超えて。何もかもを捨てて。
ただ一つ。心から必要とする者のために。
「ユイ、…っ、ユイ―――――っ」
弾丸のような白い光はやがて麗しい獣の姿を象る。
神の使いのように、気高く美しい白き獣。類まれなる白き人狼。
「ロウ? …ロウ――――っ」
その正体に気づいたユイをラキは大きな手のひらからそっと下ろした。
「ユイ――――っ」
超光速で飛び込んできた白き人狼は、一点の迷いもなくユイのもとに降り立ち、その強靭な身体で強く抱きしめた。
「行くな。行くな、ユイ。頼む。お願いだから、俺を置いていくな」
がんじがらめにユイを抱きしめるロウは震えている。
まさか。泣いてる?
誰よりも強く、誇り高く、何にも屈しない最強の人狼であるロウが。
「ユイがいなければ、俺には生きる意味がない」
ロウの美しい金の瞳が濡れている。
ただまっすぐに、一心に、ユイだけを映して。
「愛してる」
「あ、…い、…っ?」
ロウの口から漏れた言葉があまりにも意外過ぎて、ユイの思考は固まった。
意味は分かるが理解が追い付かない。
愛? え、…愛って、え?
「愛してる、ユイ」
再度。強く真剣な瞳がユイを射抜く。真摯に深い声がユイを包む。
芳しく優しい匂いがユイに触れ、ユイはロウでいっぱいになる。
ロウが迎えに来てくれた。
ロウがユイだけを見てる。
理解は追い付かなくとも、ロウがどれだけ真剣なのかはよく分かる。全てを捨ててこの奥底の狭間までユイを迎えに来てくれたのだ。
早く何か、言わなければ。答え、答えを。
「あ、…え、ええ、と、……ええと、つまり、それは、兄として?」
焦るあまり、なんだか卑屈な返答になってしまった。
ロウは少しいらだったように低くうなった。
「全部だ。何としてでもいい。お前は俺の唯一の相手だ。最初からお前だけなんだ」
それから、涙をたたえた深く美しい瞳を揺らす。
「俺はお前と生きたい。俺の女はお前だ。お前が人間でも、双子の妹でも、俺にはお前しか選べない。もうずっと、ずっとお前だけ愛してる」
頭で理解するよりも早く、身体の奥から喜びが弾けた。
つまり、…ロウは。ユイと同じ思いということではないか。
ラキの言葉が胸にしみて、じわじわと沸き上がり、涙となって零れ落ちた。
「…ロウが好き。好きで苦しい。だけど私、…ロウを忘れたくない」
涙と共に、心の奥底にあるユイの願いが込み上げてぽろりと漏れた。
そうだ。どんなに苦しくても、報われなくても、居場所がなくても。
ユイはロウのそばにいたいのだ。
「なるほど。よく分かった。主はまだ我と来るには早すぎるようだ。主は行くところがないと言うがな、主を心から必要としている者がおる。あの時のように、その者はどこまでも追いかけてくるであろうな」
「必要としている者…?」
ユイが見上げると、涙の膜の向こうにラキの微笑みが見えた。
その時、ラキの長い角よりずっと上、遥か上方、どこまでも続く狭間の高い天井辺りで、わずかに白い光が爆ぜた。
「やはりな。来たようだ」
ラキの髭がまた震えた。時の番人は全てを見通す目を天井の白い光に向けた。
白い光はものすごい勢いでぐんぐん近づいてくる。
冷水も暗闇も時間さえ超えて。何もかもを捨てて。
ただ一つ。心から必要とする者のために。
「ユイ、…っ、ユイ―――――っ」
弾丸のような白い光はやがて麗しい獣の姿を象る。
神の使いのように、気高く美しい白き獣。類まれなる白き人狼。
「ロウ? …ロウ――――っ」
その正体に気づいたユイをラキは大きな手のひらからそっと下ろした。
「ユイ――――っ」
超光速で飛び込んできた白き人狼は、一点の迷いもなくユイのもとに降り立ち、その強靭な身体で強く抱きしめた。
「行くな。行くな、ユイ。頼む。お願いだから、俺を置いていくな」
がんじがらめにユイを抱きしめるロウは震えている。
まさか。泣いてる?
誰よりも強く、誇り高く、何にも屈しない最強の人狼であるロウが。
「ユイがいなければ、俺には生きる意味がない」
ロウの美しい金の瞳が濡れている。
ただまっすぐに、一心に、ユイだけを映して。
「愛してる」
「あ、…い、…っ?」
ロウの口から漏れた言葉があまりにも意外過ぎて、ユイの思考は固まった。
意味は分かるが理解が追い付かない。
愛? え、…愛って、え?
「愛してる、ユイ」
再度。強く真剣な瞳がユイを射抜く。真摯に深い声がユイを包む。
芳しく優しい匂いがユイに触れ、ユイはロウでいっぱいになる。
ロウが迎えに来てくれた。
ロウがユイだけを見てる。
理解は追い付かなくとも、ロウがどれだけ真剣なのかはよく分かる。全てを捨ててこの奥底の狭間までユイを迎えに来てくれたのだ。
早く何か、言わなければ。答え、答えを。
「あ、…え、ええ、と、……ええと、つまり、それは、兄として?」
焦るあまり、なんだか卑屈な返答になってしまった。
ロウは少しいらだったように低くうなった。
「全部だ。何としてでもいい。お前は俺の唯一の相手だ。最初からお前だけなんだ」
それから、涙をたたえた深く美しい瞳を揺らす。
「俺はお前と生きたい。俺の女はお前だ。お前が人間でも、双子の妹でも、俺にはお前しか選べない。もうずっと、ずっとお前だけ愛してる」
頭で理解するよりも早く、身体の奥から喜びが弾けた。
つまり、…ロウは。ユイと同じ思いということではないか。
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