【完結】双き狼の相愛 人狼シリーズ③

remo

文字の大きさ
上 下
25 / 46
Ⅴユイの章【鹿王】

01.

しおりを挟む
冷たい、痛い、苦しい。

氷の谷間に落ちて、凍り付きそうに冷たい水の中を漂う。鉛が付いたように身体が重く、浮かび上がろうともがけばもがくほど、暗い底に引きずり込まれる。

冷たい、痛い、苦しい、苦しい、…―――


暗い氷の湖に沈んでいくユイの脳裏には走馬灯のようにこれまでの出来事がよぎっていった。

ロウとおかしくなるくらい繋がり合って、溢れるくらい注がれて、何もかも全部をロウでいっぱいにしてもらったこと。嬉しくて、幸せで、もう他に何もいらないからずっとこのままロウといさせて欲しいと、愚かな望みを抱いてしまったこと。

人狼の群れの安寧を願う人たちに、反感を買わないわけがなかったのに。

「ユイ様、スケートに出かけませんこと?」

ロウに優しいキスをもらって眠りにつき、目覚めたらロウの姿は見えず、代わりに番候補のカルナとナツナに呼ばれた。

「お怪我も随分回復なさったでしょう」
「少し気分転換をなさってもよろしいんじゃないかと」

確かに。
ロウは過保護だからユイに張り付いて世話をしてくれているが、体調はすこぶる良いし、傷跡ももうだいぶ薄くなっている。このままロウと二人で居室に閉じこもってひたすら睦び合っていたら、どうしようもなくロウに溺れて破滅する気がする。耐え切れず、ロウへの思いが溢れ出してしまうだろう。

「スケート、お好きでしたわよね」
「童心に戻れると思いますわよ」

カルナとナツナはロウの番候補として選び抜かれた雌なので、当然ロウと番ったことがあり、ユイは一方的に焼きもちを焼いていたのだが、同性として一緒に遊びに興じてくれる貴重な存在でもあった。彼女たちとは一緒にお菓子を作ったり、雪山を走ったり、水遊びを楽しんだりした。もちろん人狼と人間でその能力に差はあるが、二人はいつもユイをフォローし気遣ってくれた。ユイがロウを思っていなければ、普通に女友だちと呼べる間柄だったかもしれない。

「…そうね」

カルナとナツナに連れられて、人狼の森とはやや隔たりのある北の高山までやってきた。
人間であるユイには容易に行き着けないが、人狼の移動能力は凄い。いくつかの山を越えることなど造作もない。その日の、まだ明るいうちに高山にある凍湖に辿り着いた。

凍湖は夏でも氷に覆われていて、氷上のスケートが楽しめる。動き回って身体は暑いくらいなのに、頬をよぎる風が心地よく、幼い頃、ユイはよく遊びに来ていた。ロウに連れられて。

ユイはスケート靴を履くが、ロウは素足で滑る。引っ張ってもらって、スピードをつけてもらって、大騒ぎしながら汗だくになって遊んだ。それをカルナたちも知っている。

久しぶりに手を引いてもらって、スピードにのって氷上を滑る。勢いにのって遠くまで。更にその遠くまで。

爽快感に気を取られていると、いつの間にか広い湖の真ん中まで来ており、突然足元が崩れた。あっという間もなく、ユイは冷たい氷の中に落ちていた。さっきまで繋いでくれていたカルナとナツナの手は、そこになかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...