23 / 46
Ⅳロウの章【探求】
02.
しおりを挟む
ユイに知らせなければならない。
この男のことをユイに知らせて、ユイをこの男に委ねるのか、と思うと死にたくなる。
未だ完治していないと引き留めても、いずれ、時間の問題だ。ユイを手放さなければならない。
「お前はいいな、ユイに愛されて」
結局、それが全てだ。異種族だとか血縁だとか後継ぎだとか、そう言ったものは取るに足らない。どんなに能力に優れていても関係ない。
思わずロウがつぶやくと、京月院スミカと名乗った人間の男は、驚いたように目をいっぱいに見開いた。未だむせび泣いた涙の跡が見える。
「え、…愛され、…? いえいえ、まさか。完全なる私の独りよがりです。ユイ様には他にお慕いしておられる方がいらっしゃって、…」
「…は!?」
涙の粒をさらしたまま、目をぱちくりさせている京月院スミカを前に、ロウは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
ユイが好きなやつは他にいる!?
「いやでもお前、…番おうとしていなかったか?」
「それはその、見せかけの祝言で、そのように周知した方が、ユイ様を守れると思ったのです。まさか羽菱があのような凶行に及ぶとは、…」
スミカは深く自省しているようだが、ロウはそれどころではなかった。
「誰だよ? ユイが好きなやつって?」
思わず声に出していた。
まるで思い当たらない。
京月院スミカではない、別の人間か。しかし、この男以外にユイと近しかったやつがいたか。
「私は存じ上げないのですが、…」
なんだと?
そんなお前、一番重要なところを、…
「叶わぬ恋のようでございました」
京月院スミカが儚い笑みを浮かべ、ロウは胃がキリキリ痛むのを感じた。
そうか。
ユイは叶わぬ相手に恋をしている。それは、…
ロウのような状態にユイも陥っているということだ。
どんなにツラいことだろう。
ユイには幸せでいて欲しい。
自分の思いが届かなくても。ユイが幸せならそれでいい。
そのためなら、何でもしてやるのに。
「なんで叶わないんだ?」
もはや同志となった人間の優男に尋ねると、奴は頼りなく首をひねった。
「詳細は存じませんが、ユイ様は帰れないと仰っていました」
帰れない? 相手は人狼なのか?
人狼は基本的に人間を餌としか見なさない。
ユイは人狼の娘だから、群れの奴らは餌とは思わないだろうが、番うべき伴侶とも思えないだろう。
ロウの父親とその前のボスは相当に稀有な存在だったと言える。
いやでも、相手が人狼なら、そいつ噛み殺そうかな。
そんなことしたら、ユイが悲しむか。
いやでも、俺より優れた人狼はいないが?
まあ、能力の優劣は恋心に作用しないか。
「あの、…人狼様」
黙り込んでしまったロウにスミカが声をかけると、
「ああ、うん。そうだな。ユイを連れて来よう。お前も、…強く生きろ」
「はあ、…」
類まれな美しさを持つ白き人狼に、なぜか励まされた。
この男のことをユイに知らせて、ユイをこの男に委ねるのか、と思うと死にたくなる。
未だ完治していないと引き留めても、いずれ、時間の問題だ。ユイを手放さなければならない。
「お前はいいな、ユイに愛されて」
結局、それが全てだ。異種族だとか血縁だとか後継ぎだとか、そう言ったものは取るに足らない。どんなに能力に優れていても関係ない。
思わずロウがつぶやくと、京月院スミカと名乗った人間の男は、驚いたように目をいっぱいに見開いた。未だむせび泣いた涙の跡が見える。
「え、…愛され、…? いえいえ、まさか。完全なる私の独りよがりです。ユイ様には他にお慕いしておられる方がいらっしゃって、…」
「…は!?」
涙の粒をさらしたまま、目をぱちくりさせている京月院スミカを前に、ロウは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
ユイが好きなやつは他にいる!?
「いやでもお前、…番おうとしていなかったか?」
「それはその、見せかけの祝言で、そのように周知した方が、ユイ様を守れると思ったのです。まさか羽菱があのような凶行に及ぶとは、…」
スミカは深く自省しているようだが、ロウはそれどころではなかった。
「誰だよ? ユイが好きなやつって?」
思わず声に出していた。
まるで思い当たらない。
京月院スミカではない、別の人間か。しかし、この男以外にユイと近しかったやつがいたか。
「私は存じ上げないのですが、…」
なんだと?
そんなお前、一番重要なところを、…
「叶わぬ恋のようでございました」
京月院スミカが儚い笑みを浮かべ、ロウは胃がキリキリ痛むのを感じた。
そうか。
ユイは叶わぬ相手に恋をしている。それは、…
ロウのような状態にユイも陥っているということだ。
どんなにツラいことだろう。
ユイには幸せでいて欲しい。
自分の思いが届かなくても。ユイが幸せならそれでいい。
そのためなら、何でもしてやるのに。
「なんで叶わないんだ?」
もはや同志となった人間の優男に尋ねると、奴は頼りなく首をひねった。
「詳細は存じませんが、ユイ様は帰れないと仰っていました」
帰れない? 相手は人狼なのか?
人狼は基本的に人間を餌としか見なさない。
ユイは人狼の娘だから、群れの奴らは餌とは思わないだろうが、番うべき伴侶とも思えないだろう。
ロウの父親とその前のボスは相当に稀有な存在だったと言える。
いやでも、相手が人狼なら、そいつ噛み殺そうかな。
そんなことしたら、ユイが悲しむか。
いやでも、俺より優れた人狼はいないが?
まあ、能力の優劣は恋心に作用しないか。
「あの、…人狼様」
黙り込んでしまったロウにスミカが声をかけると、
「ああ、うん。そうだな。ユイを連れて来よう。お前も、…強く生きろ」
「はあ、…」
類まれな美しさを持つ白き人狼に、なぜか励まされた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる