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Ⅰユイの章【帝都】
02.
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帝都には「ハイイロ」と呼ばれる人狼が跋扈している。
「これは、…」「むごい」
ハイイロたちは、人間を襲い、欲しいままに犯し、喰らう。
特に満月の夜は凶暴性を増し、若い娘を好んで凌辱した末に無残に食い散らすため、警備隊は夜通し、帝都中に放置される娘たちの亡骸の回収作業に追われる。
「酷い奴らだ」「可哀想に、…」
その凄惨さは作業に慣れた警備隊員でも吐き気を催すほどに残虐で、彼らの非情な暴行を何とか未然に防ぐべく奔走しているが、ハイイロは俊敏で獰猛、武器をもってしても人間に勝機はほとんどない。
ハイイロは頭が良く、視力聴力嗅覚に優れ、警備隊の狙撃も機敏にかわし、罠や囮にもかからない。並外れた身体能力をもつが、特に跳躍力に長けており、一蹴りで千メートルほど飛ぶこともある。また、その爪と牙は、ひと噛みで相手を致死させるため、目を付けられたらほぼ逃げおおすことは不可能である。
したがって警備隊はハイイロを防御、または捕獲することが出来ず、最新兵器を用いた対ハイイロ討伐隊も彼らにダメージを与えることは出来なかった。
貴族階級の娘たちは夜街に出ることを固く禁じられている。
特に満月の夜には屋敷に厳重に鍵をかけ、幾重にも壁に隔てられた屋敷の奥の奥に隠されるのであった。
が、
「そんなところで何をしている! 危ないじゃないかっ」
そんな満月の夜に、たった一人で街に佇んでいる身なりの良い娘を見つけ、京月院スミカは運転手に車を止めさせた。
見たことのない娘である。
しかし、一度見たら忘れられないほどに美しく、目を奪われる娘でもある。
白いフードからのぞく栗色の髪は艶やかに風に揺れ、長いまつ毛に縁どられた琥珀色の瞳は美しく澄み透っている。
車を降りて駆け寄ったスミカはその深い琥珀色の瞳に見つめられて言葉を失った。ひどく儚げで哀しそうな風貌に声が出ない。人知を超えた美しさに魂を吸い取られたかのように、身動きできない。
「スミカ様、このようなところに長居しては危のうございまする」
やはり同じように娘の美しさに見惚れながら、車を降りてきた運転手の北山に声をかけられ、スミカはようやく我に返った。そうだ。今宵は満月。いつ何時ハイイロに襲われるか分からない。
「…怖がらせてすみません。ここは危険です。私は京月院侯爵家の京月院スミカと申します。もしも、行く先に迷われておられるなら、どこなりとお送りいたします」
スミカは道路に片膝をつき、怖がらせないようにそっと下から娘の手に手を添えた。消えてしまいそうに儚く見える娘だったが、手を取るとしっかりと生身の感触があった。ただし、娘の手はひどく冷たい。
それではこの寒さの中、こんな危険な場所に長らく立っていたのか。
「これは、…」「むごい」
ハイイロたちは、人間を襲い、欲しいままに犯し、喰らう。
特に満月の夜は凶暴性を増し、若い娘を好んで凌辱した末に無残に食い散らすため、警備隊は夜通し、帝都中に放置される娘たちの亡骸の回収作業に追われる。
「酷い奴らだ」「可哀想に、…」
その凄惨さは作業に慣れた警備隊員でも吐き気を催すほどに残虐で、彼らの非情な暴行を何とか未然に防ぐべく奔走しているが、ハイイロは俊敏で獰猛、武器をもってしても人間に勝機はほとんどない。
ハイイロは頭が良く、視力聴力嗅覚に優れ、警備隊の狙撃も機敏にかわし、罠や囮にもかからない。並外れた身体能力をもつが、特に跳躍力に長けており、一蹴りで千メートルほど飛ぶこともある。また、その爪と牙は、ひと噛みで相手を致死させるため、目を付けられたらほぼ逃げおおすことは不可能である。
したがって警備隊はハイイロを防御、または捕獲することが出来ず、最新兵器を用いた対ハイイロ討伐隊も彼らにダメージを与えることは出来なかった。
貴族階級の娘たちは夜街に出ることを固く禁じられている。
特に満月の夜には屋敷に厳重に鍵をかけ、幾重にも壁に隔てられた屋敷の奥の奥に隠されるのであった。
が、
「そんなところで何をしている! 危ないじゃないかっ」
そんな満月の夜に、たった一人で街に佇んでいる身なりの良い娘を見つけ、京月院スミカは運転手に車を止めさせた。
見たことのない娘である。
しかし、一度見たら忘れられないほどに美しく、目を奪われる娘でもある。
白いフードからのぞく栗色の髪は艶やかに風に揺れ、長いまつ毛に縁どられた琥珀色の瞳は美しく澄み透っている。
車を降りて駆け寄ったスミカはその深い琥珀色の瞳に見つめられて言葉を失った。ひどく儚げで哀しそうな風貌に声が出ない。人知を超えた美しさに魂を吸い取られたかのように、身動きできない。
「スミカ様、このようなところに長居しては危のうございまする」
やはり同じように娘の美しさに見惚れながら、車を降りてきた運転手の北山に声をかけられ、スミカはようやく我に返った。そうだ。今宵は満月。いつ何時ハイイロに襲われるか分からない。
「…怖がらせてすみません。ここは危険です。私は京月院侯爵家の京月院スミカと申します。もしも、行く先に迷われておられるなら、どこなりとお送りいたします」
スミカは道路に片膝をつき、怖がらせないようにそっと下から娘の手に手を添えた。消えてしまいそうに儚く見える娘だったが、手を取るとしっかりと生身の感触があった。ただし、娘の手はひどく冷たい。
それではこの寒さの中、こんな危険な場所に長らく立っていたのか。
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