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Ⅷ章.龍王城で直接対決
08.アクア王の心臓は悲しみで出来ている
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〈…クライ。コワイ。サミシイ、…〉
誰かが泣いている。
アクア王の心臓は、全てを覆い隠し、世界を黒く染めてしまった。
龍王城ごと飲み込んでしまったのだろうか。明かりや建物もない。誰もいない。とにかく暗い。
ルオはチューリッピとお互いの存在を確認しながらそろりそろりと周囲の様子を探った。本当に光が全くなく、暗闇に目が慣れても何も見えない。手探りでそろそろと進むが、突然何かが飛び出してきたら、間違いなくぶつかってしまう自信がある。
〈…クライ。コワイ。サミシイ、…〉
恐る恐る手探りしながら歩いていると、小さな音が聞こえてきた。
最初は水の流れる音かと思ったけれど、……すすり泣きのように聞こえる。おまけに暗がりにぼんやりと白く浮かび上がるものが見えてきた。
「…って、お化け!?」
「チュッチュ―――?」
真っ暗闇に幽霊って出来すぎたシチュエーションじゃないか!?
思わずチューリッピと手に手を取り合ってしまう。
〈…クライ。コワイ。サミシイ、…ダレモイナイ〉
回れ右して帰ろうかと思ったが、帰り道が分からない。そもそもこの暗闇に出口などあるのだろうか。
ルオはチューリッピと固く手を取り合ったままじっと立ちすくんでいたが、そんなことをしていてもらちが明かない。勇気を出して近づいてみるしかない。だいたい、この暗くて黒い闇の世界に明かりを持った誰かがいるなんて奇跡じゃないか。この際お化けでもいい。帰り道を教えてくれるかもしれない。
〈…クライ。コワイ。サミシイ、…ダレモイナイ〉
「あのぅ、…――――――」
ルオは正体不明の白く発光するものに近づいた。近くで見ると、ふわりと浮いているそれは、手のひらくらいの大きさだと分かった。…火の玉? いや、ちょっと違う。よく絵に描かれるお化けのような、てるてる坊主みたいな形をしている。
「どうかしたんですか」
そのふんわりとしたものが振り返ると、顔がなかった。やっぱお化けじゃん!
と、一瞬ビビったが違った。
「クラゲ、…?」
半透明でぼんやりと発光するてるてる坊主のような形のそれは、海を漂う小さなクラゲの子どものように見えた。
〈…クー、イッパイ食ベタ。海、汚スモノ。黒イモノ。汚イモノ〉
クラゲの子どもはクーというらしい。
クーはふるふる震えながらぽろぽろと涙をこぼす。
……や、正確に言うと目はないんだけど。クーの周りに宝石のような水滴が浮かんで、煌めきながら闇に溶けていくのが、泣いているように見える。
〈…クー、汚イ。汚レタ。黒クナッテ、暗クナッテ。一人ボッチ、……〉
ぽろぽろぽろぽろ、宝石のようなクーの涙が闇に溶ける。
夜空にちりばめられた星屑のように。触れたいけれど手が届かない。それほどに神聖で、美しく、切ない。
「もしかして、だけどさ、……」
チューリッピと顔を見合わせる。クーが放つ光で自分の姿と手を取り合ったままのチューリッピがおぼろげに見える。クーの話を聞いていて、ルオには思い当たることがあった。
「クー、って、アクアのクー?」
小さくて透明ではかなげ。弱弱しくて無知で寂しがりや。
似ても似つかないけれど、ここがアクア王の心臓の中なら、目の前にいるこのクラゲはアクア王の本体なのではないだろうか。
〈ウン。クー、アクアッテ言ウンダ。アノネ、クーネ、海ガ大好キナノ。広クテ、綺麗デ、穏ヤカデ。タダ漂ッテイレバイイノ。流レノママニ。気持チヨクテ、幸セデ、……〉
透明で美しいクラゲの子どもアクアは、海を漂っていた。
広く美しい海を。何も考えず、何も憂えず。ただ流れに身を任せ。のんびりと穏やかに。幸福に漂っていたのだ。
〈デモ、黒クテ汚クテ嫌ナ匂イノスルモノガ来テ、海ガ汚レテ、仲間ガ死ンデ、……。ダカラ、クー、食ベタノ。黒イモノ全部飲ミ込ンダノ。海、綺麗ニ戻ルヨウニ〉
ああ、そういうことだったのか。
ルオはアクアの言うことがよく分かった。なぜこんなにも繊細で美しいクラゲが醜悪なアクア王になったのか。
アクアの涙が美しいのに悲しいのはなぜか。
アクアは汚された海を守るために自分の中に汚れを溜めたんだ。
ヘドロのように、黒く、醜く、誰にも顧みられることなく、捨てられたゴミのように見えたアクア王の心臓は、悲しみで出来ていたんだ。
誰かが泣いている。
アクア王の心臓は、全てを覆い隠し、世界を黒く染めてしまった。
龍王城ごと飲み込んでしまったのだろうか。明かりや建物もない。誰もいない。とにかく暗い。
ルオはチューリッピとお互いの存在を確認しながらそろりそろりと周囲の様子を探った。本当に光が全くなく、暗闇に目が慣れても何も見えない。手探りでそろそろと進むが、突然何かが飛び出してきたら、間違いなくぶつかってしまう自信がある。
〈…クライ。コワイ。サミシイ、…〉
恐る恐る手探りしながら歩いていると、小さな音が聞こえてきた。
最初は水の流れる音かと思ったけれど、……すすり泣きのように聞こえる。おまけに暗がりにぼんやりと白く浮かび上がるものが見えてきた。
「…って、お化け!?」
「チュッチュ―――?」
真っ暗闇に幽霊って出来すぎたシチュエーションじゃないか!?
思わずチューリッピと手に手を取り合ってしまう。
〈…クライ。コワイ。サミシイ、…ダレモイナイ〉
回れ右して帰ろうかと思ったが、帰り道が分からない。そもそもこの暗闇に出口などあるのだろうか。
ルオはチューリッピと固く手を取り合ったままじっと立ちすくんでいたが、そんなことをしていてもらちが明かない。勇気を出して近づいてみるしかない。だいたい、この暗くて黒い闇の世界に明かりを持った誰かがいるなんて奇跡じゃないか。この際お化けでもいい。帰り道を教えてくれるかもしれない。
〈…クライ。コワイ。サミシイ、…ダレモイナイ〉
「あのぅ、…――――――」
ルオは正体不明の白く発光するものに近づいた。近くで見ると、ふわりと浮いているそれは、手のひらくらいの大きさだと分かった。…火の玉? いや、ちょっと違う。よく絵に描かれるお化けのような、てるてる坊主みたいな形をしている。
「どうかしたんですか」
そのふんわりとしたものが振り返ると、顔がなかった。やっぱお化けじゃん!
と、一瞬ビビったが違った。
「クラゲ、…?」
半透明でぼんやりと発光するてるてる坊主のような形のそれは、海を漂う小さなクラゲの子どものように見えた。
〈…クー、イッパイ食ベタ。海、汚スモノ。黒イモノ。汚イモノ〉
クラゲの子どもはクーというらしい。
クーはふるふる震えながらぽろぽろと涙をこぼす。
……や、正確に言うと目はないんだけど。クーの周りに宝石のような水滴が浮かんで、煌めきながら闇に溶けていくのが、泣いているように見える。
〈…クー、汚イ。汚レタ。黒クナッテ、暗クナッテ。一人ボッチ、……〉
ぽろぽろぽろぽろ、宝石のようなクーの涙が闇に溶ける。
夜空にちりばめられた星屑のように。触れたいけれど手が届かない。それほどに神聖で、美しく、切ない。
「もしかして、だけどさ、……」
チューリッピと顔を見合わせる。クーが放つ光で自分の姿と手を取り合ったままのチューリッピがおぼろげに見える。クーの話を聞いていて、ルオには思い当たることがあった。
「クー、って、アクアのクー?」
小さくて透明ではかなげ。弱弱しくて無知で寂しがりや。
似ても似つかないけれど、ここがアクア王の心臓の中なら、目の前にいるこのクラゲはアクア王の本体なのではないだろうか。
〈ウン。クー、アクアッテ言ウンダ。アノネ、クーネ、海ガ大好キナノ。広クテ、綺麗デ、穏ヤカデ。タダ漂ッテイレバイイノ。流レノママニ。気持チヨクテ、幸セデ、……〉
透明で美しいクラゲの子どもアクアは、海を漂っていた。
広く美しい海を。何も考えず、何も憂えず。ただ流れに身を任せ。のんびりと穏やかに。幸福に漂っていたのだ。
〈デモ、黒クテ汚クテ嫌ナ匂イノスルモノガ来テ、海ガ汚レテ、仲間ガ死ンデ、……。ダカラ、クー、食ベタノ。黒イモノ全部飲ミ込ンダノ。海、綺麗ニ戻ルヨウニ〉
ああ、そういうことだったのか。
ルオはアクアの言うことがよく分かった。なぜこんなにも繊細で美しいクラゲが醜悪なアクア王になったのか。
アクアの涙が美しいのに悲しいのはなぜか。
アクアは汚された海を守るために自分の中に汚れを溜めたんだ。
ヘドロのように、黒く、醜く、誰にも顧みられることなく、捨てられたゴミのように見えたアクア王の心臓は、悲しみで出来ていたんだ。
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