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「へええ、お弁当も作ってくれるの? すごいね、彼氏さん」
「あ、いえ。弟です」
極めつけに、南条さん自ら昼食のお誘いに来てくれて、お弁当を持ってきたと言うと、それじゃあ休憩スペースで一緒に食べようということになり、南条さんに魅せられているフロアの皆さんと和気あいあいと昼食休憩をとるという不思議現象まで発生した。
「小牧課長代理、弟さんいたんですね。全然知らなかった。おいくつですか。今度紹介してくださいよ」
新人の向井ちゃんに笑顔で肩を叩かれた。
「そうよ、抜け駆けなんてずるいわよ。ねえ、南条くん?」
他部署の新見課長も昨日キスマークを咎めたことなど忘れたかのように、南条さんの隣をキープして、にこやかだ。
「そうだな、そんな優秀な弟くん、ぜひ拝見してみたいな」
忙しいだろうに、南条さんは今日も穏やか。売店で買ってきたというお弁当を上品な箸づかいで食べている。さりげなくみんなにマシュマロプリンを買って来てくれるところなど、さすがに卒がない。
季生くんネタを散々突っ込まれたけど、こんな風にみんなに自分の話をすることなんて久しくなかったな、と思う。必要最低限の仕事上の付き合いしかしてこなかった。
和やかなうちにお昼休みが終了し、午後の仕事に向かっていると、
「ゆりのさんて、結構話せるんですね」
「嫌われてるかと思ってました」
課の男性職員、森くんと林くんから耳打ちされた。
「嫌いとかじゃないよ。ごめん、男の人がちょっと苦手で。嫌な思いさせてたら、ホントごめんね」
彼らとはここの部署に移ってから3年目の付き合いになるけど、そう言えば事務連絡以外で言葉を交わした記憶がない。
「いえ全然。話してみたかったので嬉しかったです」
「これからも、仕事の相談とかさせて下さい」
「うんうん、もちろん」
低く垂れこめていた靄がすうっと晴れていくような思いだった。
関係を変えることなんて、自分には無理だと最初から壁を作っていた。一生一人だと卑屈になって閉じこもって、でも私は今までに、何かを変える努力をしてみただろうか。
きっかけをくれたのは、…
朝、季生くんが巻いてくれた髪がふわりと揺れる。身も心もとても軽くて、午後は、仕事が怖いくらいはかどった。業務内容はいつもと同じなのに、周りの同僚たちとの一体感を感じた。各々の仕事をこなしながら、チームというか、みんなで頑張って、一つの大きな船をこいでいるような気がした。
私の生きるこの世界も、理不尽な思いをすることもある仕事だって、そう悪くないんじゃないかと思えた。
…季生くん。
今、何してるのかな。お土産とか買って帰ってみようかな。季生くんは何が好きなんだろう。喜ぶものってなんだろう。考えてみたら私は自分のことばかりで、季生くんのこと、全然知らない。
夕方に差し掛かった頃、その季生くんから着信があった。仕事中にかけてくるってことは、よっぽど急用なんだろう。スマートフォンを持って急いで通話ブースに移動した。
「え? 空き巣?」
季生くんが、何を言っているのか一瞬分からなかった。言葉としては理解できるけど、実感が伴わない。そのくせ胃の底が重く沈むような嫌な緊張感が、これは現実だと告げていた。
「あ、いえ。弟です」
極めつけに、南条さん自ら昼食のお誘いに来てくれて、お弁当を持ってきたと言うと、それじゃあ休憩スペースで一緒に食べようということになり、南条さんに魅せられているフロアの皆さんと和気あいあいと昼食休憩をとるという不思議現象まで発生した。
「小牧課長代理、弟さんいたんですね。全然知らなかった。おいくつですか。今度紹介してくださいよ」
新人の向井ちゃんに笑顔で肩を叩かれた。
「そうよ、抜け駆けなんてずるいわよ。ねえ、南条くん?」
他部署の新見課長も昨日キスマークを咎めたことなど忘れたかのように、南条さんの隣をキープして、にこやかだ。
「そうだな、そんな優秀な弟くん、ぜひ拝見してみたいな」
忙しいだろうに、南条さんは今日も穏やか。売店で買ってきたというお弁当を上品な箸づかいで食べている。さりげなくみんなにマシュマロプリンを買って来てくれるところなど、さすがに卒がない。
季生くんネタを散々突っ込まれたけど、こんな風にみんなに自分の話をすることなんて久しくなかったな、と思う。必要最低限の仕事上の付き合いしかしてこなかった。
和やかなうちにお昼休みが終了し、午後の仕事に向かっていると、
「ゆりのさんて、結構話せるんですね」
「嫌われてるかと思ってました」
課の男性職員、森くんと林くんから耳打ちされた。
「嫌いとかじゃないよ。ごめん、男の人がちょっと苦手で。嫌な思いさせてたら、ホントごめんね」
彼らとはここの部署に移ってから3年目の付き合いになるけど、そう言えば事務連絡以外で言葉を交わした記憶がない。
「いえ全然。話してみたかったので嬉しかったです」
「これからも、仕事の相談とかさせて下さい」
「うんうん、もちろん」
低く垂れこめていた靄がすうっと晴れていくような思いだった。
関係を変えることなんて、自分には無理だと最初から壁を作っていた。一生一人だと卑屈になって閉じこもって、でも私は今までに、何かを変える努力をしてみただろうか。
きっかけをくれたのは、…
朝、季生くんが巻いてくれた髪がふわりと揺れる。身も心もとても軽くて、午後は、仕事が怖いくらいはかどった。業務内容はいつもと同じなのに、周りの同僚たちとの一体感を感じた。各々の仕事をこなしながら、チームというか、みんなで頑張って、一つの大きな船をこいでいるような気がした。
私の生きるこの世界も、理不尽な思いをすることもある仕事だって、そう悪くないんじゃないかと思えた。
…季生くん。
今、何してるのかな。お土産とか買って帰ってみようかな。季生くんは何が好きなんだろう。喜ぶものってなんだろう。考えてみたら私は自分のことばかりで、季生くんのこと、全然知らない。
夕方に差し掛かった頃、その季生くんから着信があった。仕事中にかけてくるってことは、よっぽど急用なんだろう。スマートフォンを持って急いで通話ブースに移動した。
「え? 空き巣?」
季生くんが、何を言っているのか一瞬分からなかった。言葉としては理解できるけど、実感が伴わない。そのくせ胃の底が重く沈むような嫌な緊張感が、これは現実だと告げていた。
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