81 / 98
feel.14
05.
しおりを挟む蒼くて深い。暗くて冷たい。
世界の深淵。究極の孤独。
広大な海の中は寄る辺がなく、世界の果てにたった一人で投げ出されたかのようだった。
ここは。
ずっと私が望んでいた世界かもしれない。
人との摩擦に疲れて、感情の攻撃に疲れて、静かに眠りたい、と。
けたたましい色と果てのない悪臭。
めくるめく感情が渦巻く地上は恐怖。
人はみんな。
ここから生まれてここに還る。
母なる海。生命の源。安らぎ。
もう。いい。もう。十分だ。十分頑張った。十分耐えた。
もう。許して。もう。静かに眠ってもいいでしょう。
暗くて透明で奥深く、圧倒的に広い海の藻屑になる。
ちょうどいい。私にちょうどいい死に場所。どうせいつかはみんな死ぬ。
水圧と息苦しさと恐怖と孤独に負けて、全てを諦めた。目を閉じて意識を手放そうとした。その時、目の端に一瞬水中を漂うブレスレットがよぎった。
『お守りね』
煌めき。光。希望。温もり。想い。
…黎くん。
大切過ぎて泣きたくなる。
ここに還る時はあの人と一緒がいい。
私に生きる意味をくれたあの人と、
まだ、もう少し、できればずっと、一緒にいたい。
手足に力を入れる。
海中で向きを変え、海面を目指す。
息が苦しい。水面がはるか遠くに感じられる。
コンテナ船の船底が見えた。
船尾側でスクリューエンジンが渦を作っているのが見える。
榊さん、…っ‼
その向こうにゆっくりと沈んでいく榊さんの姿があった。
榊さんの周りの海水は、血が滲んで赤く染まっているように見えた。
榊さんはまるで動く様子がなく、恐らく、もう意識がない。早く。一緒に。上に。近づこうとして気ばかり焦るのに、身体が言うことを聞かない。溜めていた最後の空気を吐いてしまった。
苦しい。
もがけばもがくほど海面からも榊さんからも遠ざかっていく。
息が苦しい。空気が欲しい。呼吸が出来ない。
しこたま水を飲んで、飲んだ分、沈んでいく。
身体が重い。闇雲にもがいても浮かべない。苦しい。
苦しい。苦しい。苦しい、…
『ずっと好きだよ』
黎くんに。会いたい。
黎くんにもっとちゃんと好きって言いたかった。呆れるくらいキスしたかった。黎くんの喜ぶ顔が見たかった。いっぱい笑って欲しかった。手を繋いで歩きたかった。デートしてみたかった。好きなことを教えて欲しかった。誕生日をお祝いしたかった。ご飯を作ってあげたかった。仕事しているところを見てみたかった。作品作りを応援したかった。もっと。
一緒に生きたかった。
深い海の懐に抱かれて、抵抗する力を失い、沈みゆくままに身を任せた。
大量に水を飲んで、苦しくて苦しくて視界が暗くなり意識に靄がかかる。
「…一緒に捜すって言ったのに」
優しい手。優しい声。優しい温もり。
甘い唇から注がれる清らかな空気。
「無茶して、…」
見えないけれど分かった。黎くん。黎くんだ。
神様が最後のお願いを聞いてくれたんだと思った。
「ゆの。…もう、俺を置いていくなよ」
もう。苦しくない。
黎くんがいてくれるなら、怖いものは何もない。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】背中に羽をもつ少年が32歳のこじらせ女を救いに来てくれた話。【キスをもう一度だけ】
remo
ライト文芸
ーあの日のやり直しを、弟と入れ替わった元カレと。―
トラウマ持ちの枯れ女・小牧ゆりの(32)
×
人気モデルの小悪魔男子・雨瀬季生(19)
↓×↑
忘れられない元カレ警察官・鷲宮佑京(32)
―――――――――
官公庁で働く公務員の小牧ゆりの(32)は、男性が苦手。
ある日、かつて弟だった雨瀬季生(19)が家に押しかけてきた。奔放な季生に翻弄されるゆりのだが、季生ならゆりののコンプレックスを解消してくれるかも、と季生に男性克服のためのセラピーを依頼する。
季生の甘い手ほどきにドキドキが加速するゆりの。だが、ある日、空き巣に入られ、動揺している中、捜査警察官として来た元カレの鷲宮佑京(32)と再会する。
佑京こそがコンプレックスの元凶であり、最初で最後の忘れられない恋人。佑京が既婚だと知り落ち込むゆりのだが、再会の翌日、季生と佑京が事故に遭い、佑京は昏睡状態に。
目覚めた季生は、ゆりのに「俺は、鷲宮佑京だ」と告げて、…―――
天使は最後に世界一優しい嘘をついた。
「もう一度キスしたかった」あの日のやり直しを、弟と入れ替わった元カレと。
2021.12.10~
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる