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secret.Ⅲ

07.

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ウルフの居室を出た後、後宮に忍び込むと、警備の役人を不意打ちで後ろから気絶させ、土下座で謝ってから上着と冠を拝借した。にわか作りで役人に成りすまし、「ウルフ様が至急持ってくるようにと仰せで」と嘘八百を突き通して、お茶会で後宮内を騒がせた美橙酒の偽酒を手に入れ、庭陰でこっそりがぶ飲みして男になった。

女の姿で見つかればウルフに強制送還されるだろうが、男の姿で見つかればただの怪しい変態。よくよく調べればレイを語って青龍国をたばかった満月一族の兄貴の方ということになり、せっかく修行の旅に出たとか何とか上手いこと脚色された俺の名声は地に落ちて、打ち首獄門、…

悲しい顛末は敢えて考えないようにして、ウルフが俺の長風呂を不審に思わないうちにと大急ぎで厩舎に忍び込み、シーザーを拝み倒して背中に乗せてもらった。

王太子様の軍馬が夜中に厩舎を抜け出したのだから、警備の役人が気づいたら、大騒ぎになるだろう。俺が気絶させた役人もそのうち気づくだろうし、なくなっている偽酒も、庭に転がした空瓶も怪しさしかもたらさない。すぐに追手がかかるだろうが、それでも優秀な駿馬しゅんめであるシーザーは、追随ついずいを許さないスピードで城から遠ざかってくれた。

まあ前回、恥の極みである野外プレイにちゃっかり参加したシーザーからしたら、姿かたちは違えど、俺の匂いもウルフの匂いも、何もかもお見通しなのかもしれない。なんだかんだと文句を言いながら(鼻息がすこぶる荒々しい)、先日視察に行った橙龍国との国境にある光月湖畔まで疾走してくれた。

…で、そこから、現在。
橙龍国に続く険しい山道である。

「向こうからお出ましとは、手間が省けて幸いだ」

周りに矢を射かけられて足留めされた俺らは、黒づくめの見るからに怪しい、馬上の集団に取り囲まれた。逃げられないようにぐるりを矢先で狙われている。

「ライ・ハニームーン。青龍国王太子ウルフ・ブルーの寵姫ちょうきだな」

中から進み出てきた黒づくめ一号が、俺の顎に手をかけて侮蔑とともに吐き捨てた。俺がレイを語ってウルフとヤリまくってたことをあざけっている。本来、俺の性別は男なのだから、そう思われても仕方ない。かもしれないけど、ムカつく。

「あんたたちは? 人にものを問うときはまず自分から名乗れよ」

顎にかけられた手を振り払って、俺に近づいてきた一号に目をすがめる。すらりとした体躯で動作に無駄がなく、声も低めだが、…女性、と思われる。

「先のお茶会で顔を合わせたな。ミラベル付のカズハだ」
「同じく、ヤスナ。後宮の女どもはウルフ狂いのバカばかりで助かる」

なんだろう、この、隙あらば人を小バカにしてくる態度。こいつら絶対友だちいねえ。

続けて近づいてきた黒づくめ二号と交互に見比べながら断定した。

つーか、こいつらの名前、ウルフに聞いたな。後宮に入り込んでいた橙龍国の間者。最初から俺の正体を疑っていて、ミラベル嬢を焚きつけたっぽい奴ら。

「…で? ずいぶん荒っぽい歓迎の仕方だけど、俺に何の用だよ?」

せいぜい、大事な時に見捨てられて己の人生を悔やむがいい、と心の中で呪いを吐いて黒づくめ集団を見回した。

「もちろん、我が橙龍国に招待しようと思ってさ」
「我が皇帝陛下のもとで本物の満月姫君がお待ちかねなのでね」

レイが橙龍国に捕まっている。レイのところに連れて行ってくれるならこっちこそ手間が省けるってもんだ。

「レイは無事なんだろうな?」
「もちろん、今頃は陛下とよろしくやってるさ」

言うなり、一号カズハが俺を乱暴に抱えて、シーザーの上から自分の馬上に乗り移させ、二号ヤスナが躊躇なくシーザーに矢を突き立てた。

「シーザーっ!!」

女だと思って侮ってたけど、一号カズハの馬鹿力で羽交い締めにされて全く動けない。シーザーは男の意地を見せて鳴き声一つ上げなかったけど、矢に何か塗りこめられていたのか、足元が震えている。

「てんめえっ! シーザーに何すんだっ!!」

「…主君思いの忠馬に助けを呼びに行かれでもしたら厄介なんでな」

最低っ! こいつらマジで最低っ!!

怒りのままに暴れるも、俺を押さえるカズハはびくともしない。相当鍛錬を積んでいる。

シーザーの濡れたような漆黒の瞳が、大丈夫、心配するな、と言っている。クッソ、全然大丈夫じゃねえ。俺がシーザーを頼りにしたばっかりに。

「出立っ!」「続けっ!!」

数時間前の自分の選択を心の底から呪っている俺を無情にも引き連れて、カズハとヤスナの号令で黒づくめ集団がその場から駆け出した。

振り返ると暗闇に遠ざかるシーザーが片脚を付いているのが見え、悔しさで視界が曇った。
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