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secret.Ⅱ
08.
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「王太子妃さま、お加減が悪くてらっしゃいますの?」
鈴を転がすような声、というのは、こういう声を言うのだろう。と思われるような涼やかで可愛らしい女性の声に呼び止められた。ウルフの居室にたどり着く手前、王宮の通路に施されたガラス張りの窓からは夜の王都が見える。
「ああ、まあ。…久しぶりの外出に少し疲れたようだ」
俺をしっかりと抱え直したウルフが答えると、ウルフの背後から声をかけた女性は、俺を見ようと前面に回り込んできた。ふわりと軽やかなレースが揺れる。花の蜜のような甘い匂いがする。
「まあ、レイ様。おかわいそうに。慣れない王宮での生活、お疲れになることもありましょう。同じ女性としてぜひ胸の内を分かち合いたいものですわ」
…エロバカがハレンチなだけだけどな。
という俺の心の声は、俺を覗き込む可憐な女性の姿にかき消された。
同じ女、…とは思えない。たおやかで美しく、華奢そうで可愛らしい。童話の中のお姫様、世の理想、かくやあらん。
女性には何人かの供人が付き従っていて、身分の高さを思わせた。
「ああ、まあ、レイは、…」
ウルフがほんの少し気まずそうに口を濁し、可憐な女性の視線から遮るように俺を抱き寄せたが、女性はふんわりとした笑顔で更に近づくと、
「私、お初にお目にかかります、ミラベルと申します。レイ様にずっとお会いしたいと思っておりましたの。同じウルフ様の愛妃としてぜひ仲良くして頂きたいわ」
とんでもない爆弾を投下してきた。
「は、…?」
「ミラベル。すまないが、レイを早く休ませたいので。失礼する」
爆弾の威力に正確な事態の理解が追い付かない俺をぎゅっと抱きしめると、ウルフが足早にその場を後にする。
「レイ様。私たちの後宮にぜひいらしてくださいな。他のお姉さま方もお待ち申し上げておりますわ」
が、後方からミラベル嬢の容赦ない声が追い打ちをかけてきた。
愛妃? 後宮?? お姉さまぁあああ??
次々と投下された爆弾が俺の心をずたずたに破壊していく。
なんだ、これ。胸が痛い。
感じたことのない痛みに息が出来なくなる。
ウルフは、俺を好きじゃなくて、…って、それは知ってたけど。レイを一途に想ってるわけでもなくて。大陸を統一した大帝国の王太子で、かしずく女は星の数ほどいて、気分に合わせて選り取り見取り、あの綺麗な青い目で、手のひらで、指で、俺にするみたいに優しく触る、…
考えるだけで胸が詰まって泣きたくなる。
痛い。痛い。苦しい。焼け焦げる。
比べられないから分かんないけど、多分ウルフは巧い。めちゃくちゃ巧い。
俺はいつもいっぱいいっぱいだけど奴は余裕で、好き勝手に俺を翻弄する。それはつまり経験値が高いからで、それが許される環境だからで、要するにウルフは夜な夜な綺麗なお姉さんたちといちゃいちゃ、いちゃいちゃ、…
痛みと共にムカムカとした言いようのないむかつきが腹の底から湧き上がってくる。
「おいこら、ウルフ。てめ、可愛いお姉さまとやらをたくさん囲って随分と楽しそうじゃねえか」
あまりにも胸が痛いので、それを怒りにトレードして、居室に戻るや否や、ウルフにつかみかかった。
「この浮気者っ!! 俺が好きなんじゃねえのかよ!?」
いやまあホントは。俺じゃないけど。でも。
あの麻薬みたいな完璧に麗しい身体で俺を真っ逆さまに落としておいて、俺は単なるコレクションの一つか!?
「待て、落ち着け。後宮は俺の意思じゃない」
つかみかかったものの、蕩けた身体にはまるで力が入らず、降ろされたベッドの上でウルフにあっさり抱き止められた。
「青龍国の王族男子には、生まれた時から後宮が用意されている。そこに集められた女性は肩書的に全員妃を名乗ることになるが、俺がちゃんと婚姻関係を結んでいるのはお前だけだ」
「…ちゃんと、って何だよ?」
最大限にぶすくれた顔をしているであろう俺を優しく抱きしめて、ウルフが誓いを示すように俺の額にキスする。
「お前は大陸全土に正式に認められた結婚相手だし、俺が愛しているのはお前だけだ」
なんで。
ヤリまくってるのは否定しないんだよ。
愛してるが虚しく聞こえる。だって。俺は偽物だから。
俺には本当はウルフに愛を請う資格なんかない。俺の他に妻が何人いたって文句言えない。一番じゃなきゃ嫌だとか。特別じゃなきゃ嫌だとか。他の誰とも分かち合いたくないとか。ウルフの全部を独り占めしたいとか。そんなわがまま言う資格はない。
でも、…でも。
「…納得できねえ、後宮に乗り込んでやるっ!」
嫌なもんは嫌なんだよっ!!
鈴を転がすような声、というのは、こういう声を言うのだろう。と思われるような涼やかで可愛らしい女性の声に呼び止められた。ウルフの居室にたどり着く手前、王宮の通路に施されたガラス張りの窓からは夜の王都が見える。
「ああ、まあ。…久しぶりの外出に少し疲れたようだ」
俺をしっかりと抱え直したウルフが答えると、ウルフの背後から声をかけた女性は、俺を見ようと前面に回り込んできた。ふわりと軽やかなレースが揺れる。花の蜜のような甘い匂いがする。
「まあ、レイ様。おかわいそうに。慣れない王宮での生活、お疲れになることもありましょう。同じ女性としてぜひ胸の内を分かち合いたいものですわ」
…エロバカがハレンチなだけだけどな。
という俺の心の声は、俺を覗き込む可憐な女性の姿にかき消された。
同じ女、…とは思えない。たおやかで美しく、華奢そうで可愛らしい。童話の中のお姫様、世の理想、かくやあらん。
女性には何人かの供人が付き従っていて、身分の高さを思わせた。
「ああ、まあ、レイは、…」
ウルフがほんの少し気まずそうに口を濁し、可憐な女性の視線から遮るように俺を抱き寄せたが、女性はふんわりとした笑顔で更に近づくと、
「私、お初にお目にかかります、ミラベルと申します。レイ様にずっとお会いしたいと思っておりましたの。同じウルフ様の愛妃としてぜひ仲良くして頂きたいわ」
とんでもない爆弾を投下してきた。
「は、…?」
「ミラベル。すまないが、レイを早く休ませたいので。失礼する」
爆弾の威力に正確な事態の理解が追い付かない俺をぎゅっと抱きしめると、ウルフが足早にその場を後にする。
「レイ様。私たちの後宮にぜひいらしてくださいな。他のお姉さま方もお待ち申し上げておりますわ」
が、後方からミラベル嬢の容赦ない声が追い打ちをかけてきた。
愛妃? 後宮?? お姉さまぁあああ??
次々と投下された爆弾が俺の心をずたずたに破壊していく。
なんだ、これ。胸が痛い。
感じたことのない痛みに息が出来なくなる。
ウルフは、俺を好きじゃなくて、…って、それは知ってたけど。レイを一途に想ってるわけでもなくて。大陸を統一した大帝国の王太子で、かしずく女は星の数ほどいて、気分に合わせて選り取り見取り、あの綺麗な青い目で、手のひらで、指で、俺にするみたいに優しく触る、…
考えるだけで胸が詰まって泣きたくなる。
痛い。痛い。苦しい。焼け焦げる。
比べられないから分かんないけど、多分ウルフは巧い。めちゃくちゃ巧い。
俺はいつもいっぱいいっぱいだけど奴は余裕で、好き勝手に俺を翻弄する。それはつまり経験値が高いからで、それが許される環境だからで、要するにウルフは夜な夜な綺麗なお姉さんたちといちゃいちゃ、いちゃいちゃ、…
痛みと共にムカムカとした言いようのないむかつきが腹の底から湧き上がってくる。
「おいこら、ウルフ。てめ、可愛いお姉さまとやらをたくさん囲って随分と楽しそうじゃねえか」
あまりにも胸が痛いので、それを怒りにトレードして、居室に戻るや否や、ウルフにつかみかかった。
「この浮気者っ!! 俺が好きなんじゃねえのかよ!?」
いやまあホントは。俺じゃないけど。でも。
あの麻薬みたいな完璧に麗しい身体で俺を真っ逆さまに落としておいて、俺は単なるコレクションの一つか!?
「待て、落ち着け。後宮は俺の意思じゃない」
つかみかかったものの、蕩けた身体にはまるで力が入らず、降ろされたベッドの上でウルフにあっさり抱き止められた。
「青龍国の王族男子には、生まれた時から後宮が用意されている。そこに集められた女性は肩書的に全員妃を名乗ることになるが、俺がちゃんと婚姻関係を結んでいるのはお前だけだ」
「…ちゃんと、って何だよ?」
最大限にぶすくれた顔をしているであろう俺を優しく抱きしめて、ウルフが誓いを示すように俺の額にキスする。
「お前は大陸全土に正式に認められた結婚相手だし、俺が愛しているのはお前だけだ」
なんで。
ヤリまくってるのは否定しないんだよ。
愛してるが虚しく聞こえる。だって。俺は偽物だから。
俺には本当はウルフに愛を請う資格なんかない。俺の他に妻が何人いたって文句言えない。一番じゃなきゃ嫌だとか。特別じゃなきゃ嫌だとか。他の誰とも分かち合いたくないとか。ウルフの全部を独り占めしたいとか。そんなわがまま言う資格はない。
でも、…でも。
「…納得できねえ、後宮に乗り込んでやるっ!」
嫌なもんは嫌なんだよっ!!
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