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secret.Ⅰ
09.
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「神子様を呼んでくる」
風呂で散々溶け合って、放心したまま拭かれて乾かされて、潤いを与えられる。ずっと触れているウルフとまた繋がって、繋がったままウルフに手ずから食べさせられて、身支度を整えられる。
「すぐに戻るからいい子にしてろよ」
もうずっとウルフと繋がっているから、ふと引き抜かれると急に不安になって、細胞が無意識にウルフの温もりを探す。そんな俺を慰めるみたいにウルフが引き寄せて柔らかくキスした。
別に寂しくないし。
俺よりずっと、俺の身体のことも、心までも分かっているみたいなウルフが悔しい。ふてくされた態度で布団にもぐる俺を、ウルフが上から布団ごと抱きしめて、髪にまたキスを落とした。
…甘い。
ウルフは最初から俺をメタクソに甘やかしているけれど、ウルフは元来そういう奴なのか。レイのことが好きだからか。もしくは、青龍国の男はみんなそうなのか。
結婚したのが俺じゃなくても、ウルフはこんな風に甘やかすんだろうか。
ふとした疑問が脳裏をよぎり、それと同時にずくんと全身に衝撃が走った。
身体が燃えるように熱くなる。目が回って瞼を開けていられない。空間が歪んで、自分がどこにいるのか、どうなっているのか、分からなくなる。
これは、この衝撃は、経験がある。
脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような衝撃の中で、冷静な一部分がそう伝えてきた。身体ごと全てが作り替えられるような熱を感じながら、予感があった。
股の間に懐かしい重みを感じる。
部屋を出ていったウルフの気配が遠のいたのを確認して、布団の中で衣服を開いて自分の身体を観察した。
ウルフに散々弄ばれて、うっかり最初から自分のもののような気がしていた胸の膨らみがない。まっ平。見下ろすと、遮るものなく腹が見える。更には、その下の、ぶら下がっているものまで。
最初に感じたのは喜びじゃなくて痛みだった。
男に戻った。これで終わりだ。
レイだと偽ってウルフの隣にいることはもう出来ない。至上の喜びに耽ることも。ウルフの一途な愛情を向けられることも。
これが正しいんだけど。最初からこのつもりだったんだけど。
いずれにしても婆に話して出ていくつもりだったけど。薬の効果が切れて本来の姿に戻れたのは喜ばしいことだけど。
胸が痛い。苦しい。心がちぎれる。
もともと俺のもんじゃなかったけど、もう永遠に手に入らない。
底なしの悲しみにも心に穴が空いたような喪失感にも、浸っている暇はなかった。
ウルフが戻ってきた気配がする。
ベッドから抜け出した。ふらつきはない。身体の動きに問題はなく、慣れ親しんだ本来の自分に間違いなかった。
「ハッ、悪いな、王子。俺はレイじゃねえんだよ」
婆を従えて部屋に戻ってきたウルフが、何か発するよりも前に、寝台から王宮の窓枠に飛び移る。王子の居室が何階にあるのか、外を見ても遥か下まで地面は見えない。
跳躍力はある方だけど、この高さから落ちて無事に済むとは思えない。
でも。それでいい。それがいい。
ウルフに恨まれて疎まれて生きていくくらいなら、このまま、あの瞳を夢に見たまま、終わりにしたい。
「…婆、ごめん」
婆は真実を知っている。でもまさか俺が、王子相手にまんまと恋に落ちたなんて、思わないだろうな。
「…バイバイ、ウルフ。婆のこと、怒んなよ?」
後ろ手に窓を開けて、そのまま後ろに重心を倒した。支えるものが何もなくなって、ほんの一瞬虚空に浮かぶ。
「待て! ライっ!!」
血相を変えたウルフが窓辺に駆け寄ってくる途中、銀色の塊に変化したような錯覚を覚えた。
ゆっくり落ちていく。
本当は猛スピードで落下してるんだろうけど、身体から意識が浮遊して、落ちていく自分を離れたところから観察しているような気がした。
鉄砲玉のように窓から飛び出した銀色の塊がいち早く地面に降り立って、地上に叩きつけられる寸前の俺の身体を受け止める。
不思議だ。
落下の衝撃でもうろうとする意識の中、懐かしい銀狼のアオと愛しいウルフに抱かれている夢を見た。
「…全く。バカだな」
夢の中で、アオがウルフになって、俺の喉奥に舌を差し込み、俺に何かを飲み込ませた。
なんだよ? 最初に薬飲ませてやったの、俺なんだからな。
しょうもない奴を見るような目で見られて、文句の一つも言いたくなって口を開く。でも代わりに出てきたのは、言いたくて言いたくて、言えない想いだった。
「…、きだ」
嘘で固めた俺の、たった一つ、偽りのない本心。
ウルフが好きだ。
「…ライ。早く俺に落ちてこい」
ウルフが俺をかけがえのない宝物のような目で見て優しく口付ける。
最後にそんな、幸せな夢を見た。
風呂で散々溶け合って、放心したまま拭かれて乾かされて、潤いを与えられる。ずっと触れているウルフとまた繋がって、繋がったままウルフに手ずから食べさせられて、身支度を整えられる。
「すぐに戻るからいい子にしてろよ」
もうずっとウルフと繋がっているから、ふと引き抜かれると急に不安になって、細胞が無意識にウルフの温もりを探す。そんな俺を慰めるみたいにウルフが引き寄せて柔らかくキスした。
別に寂しくないし。
俺よりずっと、俺の身体のことも、心までも分かっているみたいなウルフが悔しい。ふてくされた態度で布団にもぐる俺を、ウルフが上から布団ごと抱きしめて、髪にまたキスを落とした。
…甘い。
ウルフは最初から俺をメタクソに甘やかしているけれど、ウルフは元来そういう奴なのか。レイのことが好きだからか。もしくは、青龍国の男はみんなそうなのか。
結婚したのが俺じゃなくても、ウルフはこんな風に甘やかすんだろうか。
ふとした疑問が脳裏をよぎり、それと同時にずくんと全身に衝撃が走った。
身体が燃えるように熱くなる。目が回って瞼を開けていられない。空間が歪んで、自分がどこにいるのか、どうなっているのか、分からなくなる。
これは、この衝撃は、経験がある。
脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような衝撃の中で、冷静な一部分がそう伝えてきた。身体ごと全てが作り替えられるような熱を感じながら、予感があった。
股の間に懐かしい重みを感じる。
部屋を出ていったウルフの気配が遠のいたのを確認して、布団の中で衣服を開いて自分の身体を観察した。
ウルフに散々弄ばれて、うっかり最初から自分のもののような気がしていた胸の膨らみがない。まっ平。見下ろすと、遮るものなく腹が見える。更には、その下の、ぶら下がっているものまで。
最初に感じたのは喜びじゃなくて痛みだった。
男に戻った。これで終わりだ。
レイだと偽ってウルフの隣にいることはもう出来ない。至上の喜びに耽ることも。ウルフの一途な愛情を向けられることも。
これが正しいんだけど。最初からこのつもりだったんだけど。
いずれにしても婆に話して出ていくつもりだったけど。薬の効果が切れて本来の姿に戻れたのは喜ばしいことだけど。
胸が痛い。苦しい。心がちぎれる。
もともと俺のもんじゃなかったけど、もう永遠に手に入らない。
底なしの悲しみにも心に穴が空いたような喪失感にも、浸っている暇はなかった。
ウルフが戻ってきた気配がする。
ベッドから抜け出した。ふらつきはない。身体の動きに問題はなく、慣れ親しんだ本来の自分に間違いなかった。
「ハッ、悪いな、王子。俺はレイじゃねえんだよ」
婆を従えて部屋に戻ってきたウルフが、何か発するよりも前に、寝台から王宮の窓枠に飛び移る。王子の居室が何階にあるのか、外を見ても遥か下まで地面は見えない。
跳躍力はある方だけど、この高さから落ちて無事に済むとは思えない。
でも。それでいい。それがいい。
ウルフに恨まれて疎まれて生きていくくらいなら、このまま、あの瞳を夢に見たまま、終わりにしたい。
「…婆、ごめん」
婆は真実を知っている。でもまさか俺が、王子相手にまんまと恋に落ちたなんて、思わないだろうな。
「…バイバイ、ウルフ。婆のこと、怒んなよ?」
後ろ手に窓を開けて、そのまま後ろに重心を倒した。支えるものが何もなくなって、ほんの一瞬虚空に浮かぶ。
「待て! ライっ!!」
血相を変えたウルフが窓辺に駆け寄ってくる途中、銀色の塊に変化したような錯覚を覚えた。
ゆっくり落ちていく。
本当は猛スピードで落下してるんだろうけど、身体から意識が浮遊して、落ちていく自分を離れたところから観察しているような気がした。
鉄砲玉のように窓から飛び出した銀色の塊がいち早く地面に降り立って、地上に叩きつけられる寸前の俺の身体を受け止める。
不思議だ。
落下の衝撃でもうろうとする意識の中、懐かしい銀狼のアオと愛しいウルフに抱かれている夢を見た。
「…全く。バカだな」
夢の中で、アオがウルフになって、俺の喉奥に舌を差し込み、俺に何かを飲み込ませた。
なんだよ? 最初に薬飲ませてやったの、俺なんだからな。
しょうもない奴を見るような目で見られて、文句の一つも言いたくなって口を開く。でも代わりに出てきたのは、言いたくて言いたくて、言えない想いだった。
「…、きだ」
嘘で固めた俺の、たった一つ、偽りのない本心。
ウルフが好きだ。
「…ライ。早く俺に落ちてこい」
ウルフが俺をかけがえのない宝物のような目で見て優しく口付ける。
最後にそんな、幸せな夢を見た。
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