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secret.Ⅰ

05.

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『その子は犬じゃねくて、狼なんじゃねえかの』

夢を見た。

まだ俺が幼かった頃。
霧の谷の先まで木苺を探しに行った帰り、大雨に降られた。ずぶぬれになりながら、せっかく摘んだ籠いっぱいの苺を大事に抱えて家に走る途中、谷底に銀色の塊が見えた。

「…犬?」

一緒にいたレイが止めるのも聞かず、谷底に下りた俺は、そこに丸まって横たわっている犬のような動物を見つけた。雨に濡れて光る毛並みは見たこともないような美しい銀色で、一瞬見惚れたが、すぐに身体の下に血がにじんでいることに気づいて、慌てて抱き起こした。

「…生きてる」

誰かに襲われたのか。
銀色の犬は身体に深い傷を負い、意識を失っていたものの、まだ息があり、温かい。迷わず苺を捨てて上着を脱ぎ、犬をそっとくるんで籠に乗せると、背負って崖を登った。苺と違って、犬は結構な重さだ。濡れて滑る岩肌にしがみつき、木の根をたどってなんとか落ちずにようやく谷の上に出た時には、肩で息をしながらへたり込みそうになっていた。

霧の谷と呼ばれるこの谷は、昼間でも霧に覆われて見通しが悪い。物心ついた時からこの地で遊び育ってきた俺たちのような谷の者でなければ、うかつに入り込むと帰れなくなる。この犬も他所よそから来て、迷ってしまったのだろう。

「ちょっと、ライ。何拾ってきたの? 苺、どうしたのよ?」

谷の上でゼイゼイ息を切らせていた俺にレイが駆け寄る。律儀に待っていたらしい。急いで帰って、瀕死の犬の手当てをしたいと婆に知らせてくれるよう頼んだ。背中から弱弱しい息遣いが聞こえる。頑張れ。絶対に助けてやるから。稲妻が鳴りだし、大雨と強風にさらされる中を、家に向かって死に物狂いで走った。

「…狼なんじゃねえかの」

清潔な水で傷口を洗い、止血して包帯を巻き、乾いた布で身体を拭いて暖炉のそばに寝かせる。婆が出してくれた化膿止めの飲み薬を飲ませようとするも、なかなか飲み込んでくれない。無理やり口を開いて頑張ったがうまくいかず、結局俺の口伝いに押し込んだ。そのかいあってか、銀色の犬はぐったりと目を閉じたままだったけど、弱弱しく苦しげだった呼吸がだいぶ安定してきた。

ぴったりそばに付いたまま、乾いて更に艶が増した銀色の毛並みをそっと撫でていると、婆がぽつりとつぶやいた。

「…狼?」

かっこいい!! と胸が躍った俺とは対照的に、

「…襲わない?」

レイは婆の後ろに隠れた。

「銀の狼はかつて始龍神と共に生きた半獣半人だという伝説がある。この子が何者かは分からぬが、始龍の血を引く我が一族に仇なすことはあるまい。むしろ、ライがこの子を見つけたのは運命なのかもしれぬ」

婆は狼を遠巻きに見つめるレイの頭を撫でながら、見えないものが見えるその特異な目で、じっと銀色の狼を見つめていた。

難しいことはよくわからないけど、銀の狼かっこいい!!

俺は狼の隣に寝転んで単純にワクワクしていた。早く目を覚まさないかな。どんな目をしているんだろう。どんな声で鳴くんだろう。期待ではちきれそうだ。

「…ん、くすぐった、…」

鼻の辺りを舐められている。
柔らかくて温かい。滑らかで優しい。くすぐったくてソワソワして目を覚ますと、深く澄んで美しくどこか神聖な青い瞳がこっちを覗き込んでいた。

「おおかみっ」

跳ね起きる。
狼の隣りでいつの間にか眠り、一夜明けたらしい。狼は吸い込まれそうに綺麗な瞳で俺をじっと見て、長い舌で俺の鼻をペロリと舐めた。

「お前、めちゃくちゃかっこいいな!!」

青い瞳に銀色の毛並み。気高く厳かで目が覚めるほど美しい。狼の想像以上のカッコ良さに、俺のテンションは爆上がりだった。思わず抱きつくと、狼も応えるように飛びついてきて俺の口元を何度も舐めた。

「ハハッ、懐っこい奴」

狼と揉みくちゃになってごろごろ床を転がる。俺を包む銀の毛並みは艶やかで柔らかく、触り心地が抜群だった。

「…って、お前、怪我は!?」

狼が元気に乗り掛かってきたので思わずはしゃいでしまったが、こいつは瀕死の大怪我を負っていたのだ。村人が何人も死傷している凶暴なヒグマの仕業ではないかと婆が言っていた。

慌てて傷跡を見てみると、

「…え!? 治ってる!?」

包帯の下は綺麗な毛におおわれた滑らかな皮膚が続いている。深くえぐれた傷はどこにも見当たらない。え、そんなことってあるか??

信じられずに傷のあった狼の胴の部分と奴の目を交互に見つめていたら、ふと狼が微笑んだような気配を見せて、俺の口元を優しく舐めた。
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